119. 魔物討伐特攻隊
魔法防衛省のとある事務室では、数多の事務員が各自目の前の仕事に取り組んでいた。
山積みの書類を仕分ける者、パーソナルコンピューターを中心に複数の画面を魔法で空中に浮かせながら情報整理する者、メモをとりながら電話対応する者、届いた備品を浮遊魔法で移動させる者。
様々な者達が行き来し動いていく中、作業を一段落させた一人が隣に座っている同僚に話しかけた。
「あ、その資料って魔物の異常発生に関するやつだよね」
「そうそう、最近こういうの多くて本当大変だよ。そっち手が空いたなら手伝ってくんない?」
「はいはい…うわー、画像と言えどいつ見ても怖そうな見た目してるのばっかり」
渡された複数の書類は魔物の異常発生に関する報告書であり、どのような魔物が出現したのか、何処で出現したのかなど具体的に記されている。
一番上にのせられている報告書には、モディフィゴーレムについての報告書だ。
「アケビア地区の森林一画で突如出現か。1体だけの出現で良かったよね…いや、出現した時点で良くはないんだけどさ」
「そりゃあ異常発生は無いのに越したことはないよ。今回は無事討伐されて被害の拡大が抑えられたものの…異常発生の原理が分からなさ過ぎて上も困ってるみたい」
「だろうねぇ…これを討伐したのってあの戦闘狂集団?」
「いいや、それが違うらしいよ。しかも匿名として報告されてる」
事務員の一人は眉を潜めながら報告書を上から下へ流すように見ていく。
同僚の言う通り、討伐者名には匿名としか書かれていない。
そんなことが有り得るのかと疑いの目でその文章を見つめるが、出来上がった報告書に文句を言っても仕方の無いことだ。
「これで報告書として通るなんて、上も何だか怪しいと言うか…」
「あまり大きな声で話さいでよ。…確かに謎だらけではあるけどね」
「…正直皆思っていることではあるよね」
同僚が声を抑えながら話したことで、事務員の一人もならって声を潜めさせた。
その後しばらくは書類整理に没頭していたが、上司から追加の仕事の指示を受けたことで二人は事務室を後にする。
倉庫に保管してある備品を運ぶという単純な指示だが、備品の数は多く大変な作業であるのを知っているが故に二人は溜息交じりに倉庫へと向かった。
「浮遊魔法を使うにしても体力使うんだよなぁ」
「まぁまぁ、座りっぱなしよりはマシだと思えば何とかなるって。…ところで、さっきの話の続きだけどさ」
事務員の一人は気怠そうな様子であったが、同僚の話の切り替えに対して興味を示してはぐっと伸びをしながら言葉の続きを待つ。
人が多くいる事務室とは違って今歩いている通路は比較的人通りが少ない場所で、ある意味話しやすい環境であった。
「上層部と絡んでる組織って沢山あるからさ。その分多くの情報を取り扱っているし、厳密に扱わないといけない情報もそりゃ存在するだろうね。組織の中でも代表的なのは裏魔法協会だけど、あそこも本当謎が多いよ…本当謎だらけ」
「異常発生に関する依頼は裏魔法協会でも取り扱われてるもんねー、でも裏魔法協会はあくまでもその依頼を提供するのであって、異常発生を特定している訳ではないよね」
「そうそう、別で異常発生の出現情報を取り扱っている組織が存在してる。例のモディフィゴーレム出現に関しても、その組織からの発言があったことで早めに対処できたとか」
「うひゃ~…匿名の討伐者と言い、謎の多い上層部や組織と言い、世の中とんでもないことだらけだね」
世間話のように軽いノリで話しながら地下にある倉庫へと向かって行く。
エレベーターを降りて真っ直ぐ倉庫がある部屋へと向かう途中で、倉庫部屋とは違う別の扉が開いた。
開いたのは地下車庫へと繋がる扉であり、そこから数名の者達が姿を現す。
事務員二人はその者達の姿を見てはぴしりと固まった。
その場に緊張感と鉄っぽい臭いが漂う。
「あぁ、驚かせてすまないな。お仕事お疲れ様」
薄っすらと笑みを浮かべながら挨拶したのは、魔物討伐特攻隊隊長のカネル。
続いて部下のアベル達も事務員の方を見ては各自軽く会釈する。
「は、はい…そちらもお疲れ様です」
事務員の一人は無理矢理引き攣った笑みをつくりながら返事をした。
その後直ぐに道を開けるように壁際に沿って固まってしまう。
事務員二人の前を魔物討伐特攻隊は何事も無かったかのようにすたすたと歩いて行く。
黒い軍服をまとい、各自腰元には愛用している武器を備えさせ、背筋を伸ばしては辺りに緊張感を漂わせる。
更に現在の軍服には所々に返り血のようなどす黒い模様が出来上がっていた。
彼等の姿が見えなくなったところで、事務員二人は脱力するかのように肩の力を抜かせて大きく息を吐いた。
「今日も出動していたんだ…」
「いつ見ても凄い迫力だよね、全員高い戦闘能力に高い魔力…あの人達もある意味とんでもない部類でしょ」
「だよねぇ…高難易度な魔物討伐をこなしていく戦闘狂集団。相変わらず圧が強い」
「頼もしい存在ではあるけど、正直あまり深く関わりたくないよね…」
その後、事務員二人は世間話を交わしながら倉庫へと向かって行ったのであった。
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「いやー本当さ、あの時のアベル凄かったからね。あれ絶対睨みだけで相手を殺せるよ」
「流石にそれは言い過ぎだろ。目付きの悪さはいつものことだし」
「それフォローになって無いんじゃねぇの…?」
魔法防衛省に併設されているシャワー室を利用し、先に上がったペーシェとレザン、プラットは脱衣所で身だしなみを整えながら言葉を交わしていた。
本日も数件の魔物討伐を引き受けていたのだが、ペーシェは最後に受けた討伐の出来事を思い出しては頷きながら言葉を続ける。
「だってあの凄まじく返り血を浴びた状態で振り返られてみなよ、子どもは絶対泣くよ。もしかしたら大人でも泣いちゃうかもしれない」
「近距離での攻撃となると仕方がないさ」
「そう言うプラットも近距離戦向きだろ。なのに槍先をえげつない程長く伸ばしちゃってさ」
「俺はなるべく最低限の汚れで済ませたいんだよ、洗うの大変だし。実際隊長とアベルはまだシャワー終わってないだろ」
プラットは溜息をついてからシャワー室の方へ軽く視線を向ける。
近接戦を行うアベルはより魔物に近付いた状態で討伐することが多く、魔物討伐特攻隊の中で特に返り血を浴びて帰ってきやすい。
カネルは複数のナイフを扱う攻撃方法で魔物に近付きすぎずとも攻撃は可能なのだが、時と場合によっては平然と魔物に接近して切り刻むこともある。
今回はそれに該当し、アベル程ではないが見事に浴びて帰って来たという訳だ。
「隊長も張り切ってたもんねぇ…いよいよ明日な訳だし?」
ペーシェはにやりと笑みを浮かべては、無邪気な子どものように爛々と瞳を輝かせる。
プラットとレザンははっとしてから互いに顔を見合わせ、満更でもないような表情を浮かばせた。
「そう考えると確かに張り切っちゃうよな。何度も要求しては断られ続けていたのを、ようやく許可を得られたわけだし」
「僕も楽しみにしてるんだからね。レザンも目を逸らさずにちゃんと見ときなよ~?」
「勿論分かってるよ!…大丈夫な、はず」
レザンは少しぎこちなさそうに視線を逸らし、そんな様子にプラットは溜息をついてから呆れた表情になる。
「レザンは戦闘技術だけじゃなく、女性との関わり方についても教えてもらったらどうだ」
「余計なお世話だよ!!」
「あはは、僕はレザンが顔を真っ赤にさせたまま固まっちゃうに一票~」
「俺は倒れるに一票だな」
「お前等…ッ」
レザンが顔を赤くさせながら震えているところで、シャワーを終えたカネルとアベルがやってくる。それぞれ返り血を洗い流せており、濡れたままの髪から透明の水がぽたぽたと落ちていた。
「待たせてすまないな。何やら盛り上がっていたようだが、その元気な状態のままこの後の報告書作成も頑張ろうな」
「うぐぁ…隊長ったら抜かりないですねぇ」
ペーシェの肩をがくりと落とす様子に対してカネルは悪戯っぽい笑みを返した。
そのまま各自新しい軍服に着替えていく中、アベルは鏡に映る自身の姿を見てから軽く目を伏せて脳裏にとある光景を思い浮かべていた。
本日の討伐で対峙したいくつもの魔物達の姿。魔物達に切り付けた傷の位置や深さ。魔物達が倒れていくまでにかかった時間。
ゆっくりと目を開け、再び自身の姿を見つめては続いて右手に視線を移し、握って開いてを数回繰り返す。
「なーにしてんの、また考え事?」
隣からペーシェが覗き込むようにしながら声をかけ、アベルははっとしてから視線を逸らす。
「…まだ鍛え足りないなと思ってな」
「えぇ、アベルは十分鍛えられた身体してるじゃん。僕よりも背が高くて筋肉質だってのに、更に求めるなんて強欲じゃない!?僕もアベルみたいに腹筋バキバキにしたいんだけどな~」
「だったらあの甘すぎる栄養剤飲むの止めろ」
「うーん…それはちょっと厳しいなぁ、栄養剤は僕の身体の一部となりつつあるから」
ペーシェのへらっとした笑いにアベルはジト目を向けてから溜息を零した。
こうして各自着替えを終えては脱衣所を後にし、会議室へと向かって行く。
途中ですれ違う事務員達は、魔物討伐特攻隊の姿を見かけては緊張感を漂わせていく。軽く会釈をする者もいれば、視線を合わせないように静かに去ろうとする者もいる。
カネル達にとってこの光景は慣れつつあるものであった。
魔物討伐特攻隊は高い戦闘能力と高魔力を備えた、一般的な魔法使い集団とは圧倒的に差がつけられた戦闘集団。
周りからひっそりと”戦闘狂集団”と言われているのを、カネル達は知っている。
寧ろ誇らしげに、堂々とした姿勢でその場を後にした。




