118. 好意
その日の夜、シルクはグレイ達と夕食を共にしていた。
カネルから連絡を受けて事情を把握しているからか、グレイには昨日までのようなそわそわ感は見られない。
しかし何やら考えているようで、少々複雑そうな表情でシルクに問いかけた。
「そうそう、カネルから聞いたんだけど依頼に同行するのを許可したんだってね。…ティピック君は反対していたんだろう?」
「はい…ですが、最終的には私の判断に任せるとなりましたので」
シルクはスプーンで掬ったシチューから漂う湯気にふうと軽く息を吹いてから静かに口に含む。
続いてパンを取ろうとしたところで、ミュスカが苦笑いを浮かべながら言葉を発した。
「カネルさん達も凄いですよね。粘り強いと言いますか、言い方は悪くなりますけどしぶといと言いますか…」
「カネルだけじゃなく、ティピックに関しても十分過ぎる程の執着心だろ。シルクのことを考慮してと言えど、やり方があからさま過ぎるっての」
シャロンは呆れた様子でパンを千切っては口の中に放り込んで咀嚼する。
魔物討伐を一切振り分けず、ほとんどを魔物討伐特攻隊へ流すという確かにあからさまな対応だったなと振り返りつつ、シルクは咀嚼しているパンを飲み込んでからぽつりと呟いた。
「ティピックさんも優しいですから…その優しさに甘えてばかりではいられません」
「うーん、優しさと言うより独占欲が強いって言う方が合っているような気がするんだけど」
「…独占欲?」
シルクははて、と首を傾げてしまう。
グレイ達はきょとんとしたシルクの様子を見て冷や汗を流した。
「だってさ、この前の裏魔法協会での仕事ってほとんどがお茶会みたいな時間だったって言ってたじゃないか。沢山お菓子を与えられて結局その日の夕食は食べられなかったくらいなんだし…ティピック君ってなんだかんだ言って本当シルクに対して甘いよね!」
「あの日は本当僕も驚きましたからね、満腹になるほどお菓子を食べて帰って来るなんて…全く何も食べない時期のシルクさんを知っているが故の反動なのかは分かりませんが、限度というものがありますよ!」
「すみません…私もあんなに沢山食べることになるとは思っていなくて」
「シルクってお菓子も好きなんだろうな。どんなお菓子を食べたんだっけ?」
「クッキーとマカロンと…フィナンシェ、マドレーヌ…」
「結構食べてるねぇ」
「あと、バターサンドも少し重かったですが美味しかったです」
「どんだけ食べさせてるんですか…何だか幸せそうな顔してません!?」
「え」
シルクは目をぱちくりとさせる。
この時点では普段通りの無表情に近い状態ではあるが、ミュスカに指摘される直前のシルクは確かに笑みを零していた。
食事の際には比較的笑みを零すことが多くなってきている。
付き合いの長いティピック達もシルクの僅かな表情の変化に気付きやすいが、食事を共にする機会は圧倒的にグレイ達の方が多い。
食事中に零す笑顔を見たことで味を占めていないだろうか、とグレイ達の中で一抹の不安が浮かび上がった。
「成程な…シルクは甘いお菓子が好物だとよ」
「ちょっとシャロン、何故僕の方を見ながら言うんですか」
「そりゃあミュスカはうちの料理担当だからねぇ」
グレイとシャロンからにやにやと笑顔を向けられ、ミュスカはジト目を向ける。
実際は自分達も食べたいんだろうと見え見えな考えに呆れては溜息をついた。
「ミュスカさんの料理はどれも好きです」
直後にシルクから言葉をかけられ、ミュスカはばっとシルクの方へ振り向く。
シルクは至っていつも通りの様子である為、何だか調子が狂いそうになる。
「シルク…!今のは効果抜群だよ、というか前から思っていたけど本当そういうところ!」
「これはまたミュスカの料理魂に火がつくぞ…あ~ぁ、照れてる照れてる」
「シャロンは茶化さないでください!」
本当のことを言っただけなのに、とシルクは疑問符を浮かべながらミュスカが顔を真っ赤にさせながらあたふたとしている様子を見つめる。
内容は違えどウィンからも似たような反応をされたなと思い出すも、ウィンの場合は喜んでいた為、今のミュスカの反応はどのような感情なのだろうかと静かに疑問を続けて浮かび上がらせる。
グレイはそんなシルクの様子を見ては吹き出しそうな笑いを堪え、深呼吸してから落ち着いた笑みを零した。
「きっとティピック君も、シルクが少しずつ感情を表に出すようになってきているのが嬉しいんだよ。嬉しい反面、その状態を独占したくなるという複雑な気持ちになっているんだろう。秘書のウィン君は分かりやすいくらいだけど、ティピック君も本当シルクのこと好きだよねぇ~」
そう言ってからやれやれと肩を竦めては、サラダをもしゃもしゃと頬張っていく。
ここでシルクはふとお茶会時のティピックとウィンの様子を思い出す。
二人の優しい笑顔を脳裏に浮かべ、ほっと心が温かくなるような気がした。
「…はい、私も御二人のことは好きです」
シルクはそう呟いてからサラダを一口食べる。
しゃくしゃくと咀嚼音が響き、グレイ達が黙り込んだのに気付いてはシルクは目をぱちくりとさせた。
「…どうかされました?」
「えっと…シルクさん、今、好きって…」
「はい、好きですよ」
「好きってその、ティピックが…あれ、でも二人って…?」
「はい、ティピックさんとウィンさん。御二人とも好きですよ」
再び沈黙が訪れる。
そんな中でもシルクはサラダを口に含んではしゃくしゃくと音が小さく響いていく。
「これは…あれだね。好きは好きでも友情や尊敬に部類される方の好きだね、そうだよね?」
「待ってください、ウィンさんの方は分かりませんけどティピックさんとは250年の付き合いとか言ってませんでしたっけ。そうとなれば友情で済ませられるのかどうか…」
「でもシルクは二人ともってまとめて宣言してんだぞ、流石に先生の言う通りの部類なんじゃ…」
突然三人寄り添い合ってこそこそ話をし始め、シルクはぽかんとしたままその光景を見つめる。
何故このようなことに、と首を傾げては先程の返答を振り返ってははっとしてグレイ達に言葉を放った。
「博士も、ミュスカさんも、シャロンさんも…皆さんのことも好きですよ」
その後、グレイ達はぴくりと肩を揺らしてから振り返る。
先程までシルクは無表情であったのにも関わらず、よりによって今はほんのりと笑顔を浮かべているではないか。
ミュスカは顔を林檎のように真っ赤にさせ、シャロンもつい反射的に頬や耳元を赤く染め上げ、グレイも頬を若干赤く染めつつ口元に左手を添えた。
「シルクって天然たらしだね…」
「こ、この様子だとやっぱ友情の部類だろ」
「そそ、そ、そうだとしても、そう簡単に、好きと言ってしまうのは…」
シルクは再び無表情に戻ってはぽかんとしてしまう。
また本当のことをちゃんと言葉にしただけなのに、とつい視線を斜め下に向けたことで影ができてしまう。
その後グレイ達は慌てながらもお礼の言葉を返し、暫く熱は冷めずにほんのりと残っていた。
―――
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快晴な夜空に浮かぶ月は地上を静かに見守っている。
それは王都も同様であり、その中にそびえ立つ建物の中に紛れ込んでいる裏魔法協会事務所では、ティピックとウィンが丁度仕事を終えたところであった。
ウィンは不貞腐れた表情のままふうと溜息を零した。
「今日もご苦労様…何だか不機嫌だねぇ」
「そりゃそうですよ。私が不在の間にシルク様が戻ってこられてたんでしょう!しかも私が戻って来た時には既にお帰りになられていて…タイミングが悪すぎます!」
「あぁ…あの時は寧ろウィン君がいなくて正解だったかもしれないね。下手すればあの場が氷漬け状態だ」
「はぁ?まさかあの不届き者達がシルク様に何か無礼なことをしたのです?」
「おっと、これ以上は流石に~?気になるならシルク君に直接聞いてくれたまえ」
ティピックは苦笑いを浮かべながらわざとらしく視線を逸らす。
仕事としての意味で言っていたのであろうが、「時間をくれ」と直球に言われれば、仕事以外の時間もくれと言われているようにも捉えられてしまう。
実際ティピックは一瞬その考えが頭の中によぎっては不快に感じていたし、同様に独占欲が強いウィンが聞いていればブチ切れ案件である。
それで敢えて依頼の同行に対しての許可をおろしたのだ。
「あら、ではそうさせて頂きます。次回シルク様が来られる日は明後日でしょうか」
「そうだね…本来なら今日も休暇の筈だったのに、緊急の異常発生が起きるとは思わなかったよ」
ティピックはシルクから受け取った報告書の内容を思い出しては眉間に皺を寄せる。
全く魔力を感知しなかった場所から突然新種のゴーレムの出現。魔力には敏感な魔物討伐特攻隊でさえも気付かなかった程だ。
現場で異常発生を目撃するという初の事例でもある為、改めて現場検証を行う必要があるということで明日には専門の機関を向かわせる手筈となっている。
まるで無から有を生み出したような不可思議な現象。
しかし、ティピックには一つだけ懸念していることがあった。
「……まさか黒魔術が関係していないだろうね」
その小さな呟きはウィンには聞こえておらず、ウィンは変わらず口をへの字にさせて帰宅の準備を進めていた。
ティピックは安堵するように溜息を零し、けろっとした表情で言葉を発した。
「そうだ、次の茶会では何を出すのが良いかな。ウィン君程では無いが、シルク君も甘い物が好きそうだっただろう」
「あら、でしたらタルトはいかがでしょう。一般的なホールサイズではなく、小さいサイズで美味しいタルトが売られている店があります。日程に合わせて取り寄せましょうか?」
「あぁ、日程は確定次第伝えるよ」
「あとメレンゲクッキーもお出ししていませんね。ダックワーズも捨て難いです。チョコレート系もお好きでしょうか…」
「スイッチ入っちゃったなぁ…」
シルクの話題となると機嫌が良くなり、ぱぁと明るい表情に切り替わる。
そんな分かりやすい様子につい可笑しくなってしまい、ティピックは片手で口元を押さえてはくつくつと笑った。
ふと、シルクの普段通りの真剣な表情を思い出す。
そして同時に、ふんわりと笑顔を浮かべる様子も思い出す。
花束を携えた時のあのとびきりの笑顔はまだ再び見られてはいない。
それは自分に向けられた笑顔ではないのだが、もしいつか向けられる時が来れば…。
その時自分はどのように行動するだろうか。
こちらも笑顔になって笑い合うだろうか。
見惚れてしまって固まっているだろうか。
…愛しさのあまりに抱き締めているだろうか。
そう考えては軽く顔を横に振らせる。
目を伏せ、そのまま閉じてはふうと息を吐いた。
(……可能性があるとしても、現時点ではまだまだ遠いだろう)
ティピックは中折れハットを被り、静かに笑みを零した。
窓から射す月明かりが、ほんのりと赤く染まっている尖った耳先を照らしていた。




