117. 再交渉
数分前までとてつもない騒音が響き渡っていたとは思えない程、静けさが森を支配していた。
モディフィゴーレムは頭部内に組み込まれていたコアを破壊されたことで再起不能となり、後ろへゆっくりと傾いてはそのまま地面に全身を叩きつけるように倒れ込んだ。
辺りに砂煙が薄く漂う中、シルクは倒れたモディフィゴーレムに近付いて頭部辺りで立ち止まり、静かにしゃがんでは宝石のように光輝くコアがバラバラに砕け散っているのを確認する。
ポシェットから手袋と小さい布袋を取り出し、手袋をはめた方の手でコアの一部をいくつか掴んでは布袋に入れていく。
ふと複数の足音が聞こえ、シルクは一旦回収を中断して立ち上がった。
狐面越しに魔物討伐特攻隊の姿を確認し、無言のままお辞儀をする。
「お疲れ様です、ご無事で何よりです」
カネル達は緊張感を漂わせながら倒れ伏したモディフィゴーレムの状態を横目で確認する。
いつものように淡々としているシルクを様子を見ては、カネルは軽く溜息をついてから苦笑いを浮かべた。
「此奴が現れた時は正直驚いたが、まさかシルクさんまで現れるとは思っていなかったよ。緊急で依頼を引き受けたんだって?」
「はい、ティピックさんから連絡を受けて直ぐに駆けつけました」
カネル達の脳内にティピックの姿が浮かび上がる。
これまでなら皮肉っぽく笑顔を浮かべている姿を想像していただろうが、今回に関しては違った。
シルクとの接触を避けさせるように仕事を組まれていたのが、緊急の依頼が発生したことによって予定が狂ってしまったのだ。
ティピックが実際どう考えているかはこれから直接会った時に確認するつもりだが、恐らく内心は焦っていたことだろう。
「皆さんの討伐は無事に終わりましたか?」
「あぁ、ゴーレムが現れる前には済ませていたよ」
「なら良かったです…では、私は続けて調べ物がありますので失礼します」
そのままシルクは背を向けようとする。
しかし無言の圧を感じ取り、途中でぴたりと止まってはゆっくりと振り返る。
カネルの笑顔が妙に黒く感じるのは気のせいだろうか、とシルクは無表情のまま冷や汗を流した。
「調べ物というのも依頼に含まれているのか?」
「…ティピックさんからの指示です。突発的な異常発生でしたので、発生源となる場所を詳しく調べてほしいと」
「なら僕達も同行しよう。ゴーレムの発見者でもあるし、発見者として報告する義務があるからな」
「位置的に僕達が一度通った場所には間違いなさそうですからねぇ」
「それに人手がある方が視点が広がるし、分かることも増えるんじゃないか」
カネルに続いてペーシェとプラットもずいとシルクに近付く。
ペーシェはカネルと違って爽やか且つ好奇心旺盛な笑顔で、プラットは真剣ながらもうずうずとした様子である。
シルクは視線を伏せて考える。
確かに目撃者としての報告義務は立場上決定事項であるだろうし、調べ物は一人よりも複数人の方が効率良くまわることもある。
そして魔物討伐特攻隊は魔物専門の部隊であり、様々な環境での討伐を経験している。
素人と行動するのとは訳が違うのだ。
数秒黙っている間もカネル達からの視線は刺さるように注がれる。
シルクは軽く肩を落としながら小さく溜息をついた。
「…では、よろしくお願いします」
再び質問攻めにあわないのを祈りながら、渋々そう答えたのであった。
―――
―――
数時間後、シルクは裏魔法協会へと足を運んでいた。
ティピックは笑顔を浮かべてロッキングチェアに座っているのだが、口角はぴくぴくと引き攣っていて無理矢理笑顔をつくっているようにも見えてしまう。
シルクの隣には爽やかな笑顔を浮かべているカネルが、その後ろには部下達が満更でもないとでも言うように堂々と立っている。
「…以前もこういうことがあった気がするんだけどな。私はシルク君に討伐と調査を依頼したんだけど?」
「討伐はシルクさんによって行われたさ。その後の調査は目撃者でもある僕達も同行した訳だし、一緒に報告しても問題ないだろう。…あぁ、安心してくれよ。シルクさんからきっちり許可を得てからの同行だからな?」
わざとらしくシルクの名前を強調したところで、ティピックの額に青筋がぴきりと立った。
シルクは軽く目を見開きながら驚き、横目でカネルに対してジト目を向ける。
この二人はどうにも馬が合わないようである。
ティピックとグレイの時はそのようなことは無かったというのに、グレイの友人であるカネルとはまさかこのような展開となってしまうとは。
やはり相性というのは実際に会ってからでないと判明しないものだな、と静かに考えながらこほんと咳払いをしてから一歩前に歩いた。
「…取り敢えず、先に報告をお願いするよ。シルク君よろしくね」
シルクの静かな対応にティピックははっとしてから先を促す。
ポシェットから取り出された依頼書には依頼完了を意味する濃い文様が描かれており、それに重なるように仕舞っていた追加の報告書を上にもってきてから口を動かした。
「異常発生として出現したモディフィゴーレムは1体のみ。ある地点で地中から這い上がるように現れた痕跡が残されていましたが、討伐時の大きさよりも明らかに小さな痕跡でした。辺りの木々の倒れ方や足跡の状態から、地上に出た後に巨大化したとみられます。地点周辺を調べましたが、これといった違和感や魔力の残留は見られませんでした…こちら、モディフィゴーレムのコアの一部になります」
シルクはティピックの前まで歩を進め、報告書と共に布袋に入れられたコアの一部を提出する。
宝石のように輝くもひび割れて粉々になっているコアの状態を確認し、ティピックは軽く頷いてからシルクに視線を向けた。
「しっかりと受け取ったよ、お疲れ様」
この時点では普段通りの落ち着いた笑顔である。
しかしシルクがお辞儀をして振り返ったところで、後ろ側にいるカネルと視線が合っては引き攣った笑顔で火花を散らせる。
何なんだこの空間は、とシルクは心の中で呆れるように溜息をついた。
「そうだねぇ…目撃者でもある君達からも報告をお願いしようか。モディフィゴーレム出現前の状況はどうだったんだい?」
「僕達はブラッドディア討伐の最中にその近辺を通ったが、当時は目立った異常は見られなかった。あんな高魔力な魔物が潜んでいるとなれば気付くはずなんだが、一切そういった魔力は感知されなかったな。ブラッドディアの魔力に紛れられるようなレベルじゃない」
互いに睨み合いながらも報告を進めていく光景に、シルクは深く考えるのを止めて情報だけに耳を傾ける。
凶暴的な魔物であるブラッドディアも高魔力の部類に入るのだが、モディフィゴーレムと比較すれば可愛いものである。
地中に身を潜めていたとしても、魔力を完全に隠し通すことはできない。それにも関わらずモディフィゴーレムは魔力を感知されずに身を潜め続け、突然地上に現れたのだ。
ここ暫く起こっている異常発生は、生息地では無いにも関わらず突然出現したものが多い。
しかも今回のように目の前で突然異常発生されたケースは初めてであり、出現パターンを判別するのは未だに困難と言えるだろう。
「…今回の件を踏まえて具体的な策を立てていく必要があるね、報告感謝するよ。回収したコアは専門の調査班にまわしておこう」
ティピックはふうと溜息をついてから得意の営業スマイルを浮かべる。
そのまま仕事机に両肘をつき、顔の前で軽く手を組んでからカネル達に視線を送った。
「では…魔物討伐特攻隊の皆もお疲れ様。また何かわかったことがあればこちらから報告しよう」
「あぁ、よろしく頼む」
「……」
そうして沈黙の時間が訪れる。
何なんだこの時間は、とシルクは遠くを見つめるかのように壁に視線をぶつけていた。
「…どうしたんだい?報告はもう終わったんじゃないのかい?」
「あぁ、今回の件については終わったが…別で要件がある」
カネルは目を軽く細め、対してティピックは眉間に皺を寄せて目を細める。
「三日程、シルクさんの時間をくれないか」
依頼に同行させてほしいではなく、時間をくれという何とも直球のような曖昧のような不思議な内容に、ティピックは目を見開かせて固まった。
現在ウィンは不在であるのだが、もしウィンがこの場にいたら発狂していたかもしれない。
「こちらは何度も依頼の同行を要求していたんだが、それを何度も断られてはな。シルクさん本人と話し合って時間を合わせようにも、その機会すらつくれない程仕事で多忙だと来た。…だったらいっそのこと仕事の無い期間をつくってもらって、その期間内に知恵や技術をご教授願おうかと考えたんだ」
「時間をくれとは…随分と我儘で勝手な要件だね」
「一応シルクさんには伝えている要件だ。それに、いつも断りを入れる時に言っていたよな。『私の独断では了承できない』…だっけ?」
ティピックは一瞬苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、ついシルクに視線を移してしまう。
シルクは無表情ながらも、揺るぎない瞳で視線を合わせていた。
『私もそろそろ覚悟を決めないといけません』
『真剣に応えを求められるのであれば、私も真剣に応えるべきかな、と』
モディフィゴーレム討伐前に言っていたシルクの言葉と、その後に浮かべた笑みを思い出す。
半ば諦めが含まれているとしても、拒否感は全く感じられていなかった。
シルクにとって良い変化を与える者はグレイ達だけでは留まらなかったか。
そう考えては脱力するように肩を落とし、不貞腐れた表情でカネルに向き直る。
「流石に三日も時間をくれというのは無理な要件だねぇ。そもそも君達に提供している依頼スケジュールからして、数的に三日も空きを作るのは厳しい」
「なら二日か?一日では流石に収まる気がしな――」
「シルク君、急遽今週の依頼の中でいくつかを魔物討伐に変更するよ」
一瞬難しい表情を浮かべていたカネルは目をぱちくりとさせ、部下達も軽く目を見開かせる。
「魔物討伐特攻隊に依頼する予定であったものをシルク君にまわす形になってしまうけど…まぁ、その空いた時間は敢えてそのままにしておこうか。どう使うかは君達に任せよう」
「承知しました」
シルクは何も反論なくぺこりとお辞儀をする。
ティピックは変わらず不貞腐れた表情だが、カネル達は喜びを噛み締めるように若干口角が上がっていた。
「言っておくが、時間をくれという要件自体に許可をおろしたわけでは無いからね。あくまでも依頼の同行を許可しただけだよ」
「はっ、ようやく許可がおりて安心したよ」
カネルはさり気なく部下達の方へと振り向くと、想像通り各自満足気に控えめな笑みを浮かべていた。




