113. サプライズ
裏魔法教会を後にしたシルクはいつものように箒に乗りながら帰路についていた。
休憩時間と言う名のお茶会が終われば再び書類整理が始まる思っていたのだが、結局それは行われず。
依頼に関する話はしたのだが、追加の飲み物とお茶菓子を出された時にはつい呆気にとられそうになった。
しかしティピックとウィンとはあのように長く語らいながらお茶を飲む事がこれまであまり無かったのもあり、貴重な時間を過ごす事ができたなとも感じていた。
アパートが見えてくると速度を下げながら降下し、ゆっくりと地面に着地する。
夕日は既に降りてしまっていて、空は真っ暗だ。
そんな空を見上げ、思ったよりも遅い帰宅になってしまったと思いながら玄関の扉を開ける。
シルクの帰りに気付いたグレイが広間からひょこりと顔を出し、待っていたよと言わんばかりに嬉しそうな表情を浮かべていた。
「おかえりシルク、仕事は無事終わったかい?」
「ただいま戻りました…はい、無事終わりました」
ほんの数時間書類整理をして、あとはほとんどお喋りの時間だったけど…と思いながらこっそり冷や汗を流す。
そんな中、シルクの前にずいととあるものが差し出される。
それは真っ赤で艶のある林檎だ。
「帰ってきて早々なんだけど、シルクにお願いがあってね…」
――
――
魔法防衛省、魔物討伐特攻隊の会議室にて。
カネル達は多忙な1日を乗り越え、報告書を提出した後は皆でテーブルに突っ伏した状態となっていた。
「皆お疲れ様…もう今日のようなスケジュールは流石に今後無いと思いたいな」
「むっっっちゃくちゃ疲れました〜!」
「書類整理より身体を動かす方がマシだと思ってましたけど、今回のはイレギュラー過ぎますよね」
本日のスケジュールとして、午前に討伐が三件、午後には五件もの討伐が待ち構えていた。
同じ地域のものだとしても午後の件はどれも魔物の数が多く、二手に分担して討伐を進めたものもあった。
最終的にはどれも見事に完遂したのだが、休憩時間を挟んだとしても体力の消耗は激しく、完全に体力切れな状態である。
「今日の依頼スケジュールを組んだのって、裏魔法教会の社長ですよね」
「…鬼畜な事しやがって」
流石に体力と魔力を使い過ぎたアベルは更に目付きを悪くさせながら、ティピックの腹の立つ笑顔を想像しては額に青筋を立たせる。
直後、テーブルに置かれていたカネルのスマートフォンが数回振動する。
画面を見るとメッセージ着信の通知が出ており、相手はグレイからだ。
『お仕事お疲れ様〜』
『簡単なものにはなるけど、ちょっとしたサプライズという事で』
『シルクには許可を得てるから安心しておくれ』
そんなメッセージに続いて、最後に一つの動画が送られてきていた。
疲労が溜まって反応が鈍くなってしまっているのもあり、カネルは何も考えずに再生ボタンを押した。
『やっほ〜〜!!!見えてる〜〜!?』
突如爆音と言える程のグレイの声が会議室内に響き渡る。
その際でカネルは勿論の事、部下達全員も飛び跳ねる勢いで身体を起き上がらせた。
『先生、そんなに叫ぶ必要ないでしょう』
『良いじゃないか、動画といえど出だしが重要なんだから』
「びっっくりした!え、グレイさんとミュスカ君の声?」
勢い余って椅子から落ちたぺーシェが腰を擦りながら立ち上がる。
スマホからはグレイとミュスカ、シャロンの声も次々と聞こえてくる。
『兎に角始めようぜ、シルクも準備万端だし』
『…よろしくお願いします』
そしてシルクの控えめな声が聞こえた頃には皆がスマートフォンを覗き込むように見ており、画面には無表情で林檎を一つ手にしているシルクの姿が映っていた。
『それじゃあシルク、やっちゃっていいよ』
そうグレイが合図すると、シルクの右手に一本のナイフが回転するように瞬時に召喚される。
左手に持っていた林檎が上へ投げられたと思えば、スパンと切れの良い音が鳴り響いた。
林檎は真っ二つに綺麗に切られ、一つはシルクの左手に、もう一つは近くにいたシャロンが受け止める。
『…何かリクエストはありますか?』
『良いのかい?じゃあそのまま細かく切ってみてよ』
するとシルクは半分になった林檎を再び上に軽く投げる。
直後に右手に握られているナイフは手の中で軽やかに舞うように回転してはスパパパンッと音を立てた。
林檎は空中から落下するよりも前に細かく賽子状に切り刻まれ、それらはシャロンが手にしていた皿の上にバラバラと落下していった。
『うひゃ~…一瞬でこんなに細かくできるんだね。しかも種も一緒に切っちゃってる!』
細かく切られた林檎の状態が大きく映し出されると、切られた断面はどれも真っ直ぐで、種の断面も同様に綺麗に真っ直ぐ切られていた。
シャロンは興味深そうに皿の上の細かくなった林檎を眺めては、もう片方の手にある半分の林檎をずいとシルクの方へと向けた。
『じゃあさ、今度は薄くスライスしてみてくれよ。シルクにとって限界だって思えるくらい薄ーくさ』
『薄く…』
その直後にシュッと軽い音が響いた。
『…え?』
『これで良いでしょうか?』
シャロンの手に持たれたままの半分の林檎にシルクが手を伸ばす。
断面の端を摘まんだと思えば、薄くスライスされた一枚がするりと離れた。
『はあぁぁ!?ちょ、一瞬過ぎて…てか怖ぇよ!俺まで切られたのかと思ったじゃねぇか!』
『安心してください、林檎にしか狙いを定めていませんので』
『こんなに薄くスライスできるなんて凄すぎません…?』
ミュスカはスライスされた一枚を慎重に受け取り、それに合わせてグレイがスライスされた林檎にピントを合わせる。
少し力を加えれば破けてしまいそうな程の薄さであり、ミュスカは指先だけで持つのが耐えられなくなっては掌に優しくのせた。
『これがシルクのナイフ捌きか。自由自在に回転させてたし、だいぶ扱い慣れているんだねぇ』
『はい…流石に大きな魔物相手の討伐には不向きですけどね。主に素材集めの時に扱います』
シルクはそう言いながらナイフを手品のように掌から消してしまう。
正確には指輪に吸い込ませるように収納させたのだが、傍から見れば消えたも同然の光景である。
『よし…てことで!シルクの即興パフォーマンスでした~!』
そうして動画は終了する。
カネルは参ったなとでも言うように溜息を軽くつきながら笑みを零した。
「…グレイの奴やってくれたな。更に直接この目で見たくなったじゃないか」
「隊長、その動画俺にもくれませんか」
「アベルったらちゃっかりしちゃって!隊長、弓矢を使ってるところも動画で撮ってもらうよう言ってくれませんか?」
「可能なら槍もお願いしたいです」
「狙い撃ちの動画は流石に厳しいですかね…?」
アベルに続いてペーシェ達も前のめりになり、しまいには追加で要求しようとする始末。
グレイの厚意によるサプライズは想像以上の反響となっていた。
――
――
「なぁ、本当に良かったのか?」
動画を送った後、シャロンは半分に切られた方の林檎を食べながらシルクに尋ねた。
シルクは軽く首を傾げ、隣ではグレイとミュスカが賽子状に切られた林檎を食べながら耳を傾ける。
「本来は目立つような事は避けたい筈だろ、それなのにこうやって技を見せてくれては動画を送るのも許してくれたりさ」
シルクは無表情のまま軽く視線を斜め上に向け、数秒考えるように固まってから視線を戻す。
そして淡々と理由を述べた。
「一度実際に武器を使っているところを見られてますし、何度も探りを入れられるならいっその事公開した方が楽かなと…」
「若干諦めが含まれていませんかそれ」
ミュスカの問いかけにシルクは視線を逸らす。
否定しない辺り図星なんだな、とグレイは苦笑いを浮かべながら林檎を食べ進めていると、スマートフォンに通知が入る。
画面を見てから一瞬眉をひそめ、申し訳なさそうな表情でシルクに視線を移した。
「カネルから返信が来たよ。動画については喜んでくれてるみたいなんだけど…他の武器を使ってる動画も欲しいって要求が来ちゃった」
こうなる事を大方予想していたシャロンとミュスカはやれやれと言わんばかりに溜息をつく。
「他の武器とは具体的にはどのような…?」
「弓矢と槍と銃と…刀の要求も来てるね。ナイフじゃ物足りなかったのかな?」
「あからさまな要求ですね」
「流石にそれらで切ったり撃ったりするのは…林檎が勿体ないです」
「そういう問題かよ」
その後も何度かカネルから連絡が来たのだが、結局追加の動画は送らずに終了する事となった。
何気に今後の依頼予定についても尋ねられたが、魔物討伐の予定は無い事を伝えると一旦返信は止まった。
「カネル達の項垂れてる様子が想像できる…本当に討伐の予定は無いの?」
「はい、予定では暫くは無いと言われています」
「…予定では、ねぇ。ティピック君も何を考えているのやら」
グレイは同情するような目で画面を見つめた。




