112. 仕事後の休憩タイム
はて、何故このような状況になっているのか。
シルクはそう思いながらソファに鎮座していた。
目の前のテーブルには、先程まではいくつもの書類の山が積まれていて、それらをまとめる作業を徹底的に行っていた。
しかし今は全く異なり、珈琲やお菓子が綺麗に並べられている。まるでお茶会のような光景である。
更に視線をテーブルから少し上に向ければ、真正面にはティピックが同様にソファに座っており、優雅に珈琲を飲んでいる。
シルクの隣ではウィンも座っており、互いの肩がくっつくまで近付いている状態だ。
ウィンが隣に来るのはよくある事なのだが、ティピックまでもが近くにいるのはシルクにとって新鮮であった。
普段は自身のロッキングチェアに腰掛けて作業机で仕事を進めているのにも関わらず、今回はシルクと向かい合う形で同じテーブルで書類整理をしていた。
書類の多さから作業机ではやりにくかったのかもしれないな、とぼんやり考えながら珈琲を静かに一口飲む。
前回飲んだものとは違う豆が使われているのに気付いては目を軽く細めた。
「どうやらお気に召したようだね」
「…はい、お茶菓子も用意してくださってありがとうございます」
「これくらいお安い御用だよ。最近のシルク君はより表情が豊かになってきてるし、反応が見れて私は嬉しい限りさ」
シルクは軽く驚きながら目をぱちくりとさせ、そんなに顔に出ていただろうかと思いながら首を傾げさせる。
「ほんの僅かな変化でも私達にはそう見えるんだよ。以前の固い無表情と比べれば、今のシルク君は表情豊かさ」
何気に心を読まれた事についジト目になってしまう。
そんな様子を見れるのも嬉しいのか、ティピックはくつくつと笑った。
「私もシルク様の変化を見られるのは嬉しい限りでございます。ですがこれまでのような凛とした佇まいも素敵である事には変わりありません…どのようなシルク様もそれはもう美しいもので…」
隣でウィンはうっとりとした表情を浮かべており、そんな様子にティピックは揶揄うような笑みを浮かべながら語り出す。
「ウィン君はシルク君の前では表情豊かになるからねぇ。シルク君が帰った瞬間直ぐ無表情に切り替わっちゃうし、他人の前ではずっと無表情だし、見ていて本当面白いよ」
「ウィンさんもずっと無表情…?」
シルクはぽかんとしながらそう呟く。
てっきりウィンは基本的に表情豊かなものだと思っていた為、軽い衝撃を覚えていた。
確かに無表情でツンとした様子でいるのを見た事はあるが、てっきり緊張しているからだと思い込んでいたのだ。
ウィンは慌てるように目を泳がせ、最終的にはティピックを睨むように視線を留めた。
「べ、別に良いではありませんか。私は誰彼構わず笑顔を振りまくような軽い者ではございませんので」
「へぇー…シルク君の真似をしているという訳ではなく?」
「な…っ」
ウィンはぎくりと肩を跳ね上げてから、わざとらしく視線を逸らす。
きょとんとした様子のシルクの方へ恐る恐る視線を向けると、慌てるように両手を前で左右に振らせながら言葉を続けた。
「その、シルク様の凛とした佇まいが本当に素敵でして。仕事柄どうしようもない上から目線な態度の者とも関わる事がございますし、そのような無礼者とも平然と立ち向かうシルク様のお姿を見てとても感銘を受けたと言いましょうか…」
「確かにシルク君のように表情を見せない対応は相手に心を読ませにくくさせる。色んな相手と関わる上でこの対応はある意味有利に動くのさ」
「成程…?」
確かに表情を変えない事で素性を必要以上に明かさず過ごす事ができる。
しかし無表情となれば、同時に冷たい印象を与える事にもなってしまいやすい。
相手に悪い印象を与えてしまうのをシルクは慣れているのだが、もしウィンが無理してそれを演じているのであれば心許ない。
「…私、ウィンさんの笑顔が好きですよ」
だから無理をしないで欲しいという意図を含めての発言であったのだが、ウィンはぴしりと固まってからみるみるうちに顔を赤く染め上げた。
湯気が出るような勢いであった為、流石に予想外の反応をされてシルクは驚く。
「あぁ…!シルク様にそのように言って頂けるのが…わ、私にはなんと勿体ないお言葉ぁ…!」
「はは、シルク君の意見には私も同感だね」
「あ、社長からのお言葉は結構です」
「温度差激しいねぇ」
ウィンは一瞬すんとした表情になるも、直ぐに笑顔に戻っては再びシルクの肩にぴったりくっついてはお茶菓子を一つ手にしてぱくりと食べる。
シルクも目の前にある焼き菓子に手を伸ばし、一口食べてはゆっくりと咀嚼する。
その様子をティピックがじーっと見つめては微笑むように表情を緩ませた。
「こうやってシルク君が表情豊かになったのも、グレイ君達と出会ってからだよねぇ。食事に対しても前向きになっているし、本当美味しそうに食べるから…何だか食べさせ甲斐があるよ」
「…そんな風に見えるんですか?」
シルクはつい自身の表情を確認するように頬に手を当ててしまう。
驚くと同時に無表情へと戻っているのだが、指摘される前は実際ほんの僅かに笑みが零れていた。
一般的な笑顔とは程遠いと言えるものであっても、長くシルクと関わりを持つティピックにとっては十分大きな変化なのだ。
シルクが感情を露わにするという事は、信頼されている証拠にもなる。
そしてそれはティピックやウィンだけでなく、グレイ達にも言える事だ。
感情を露わにするキッカケを与えてくれた者達には感謝をすると同時に、嫉妬の感情を向けてしまうのも事実。
その嫉妬の感情は更に、魔物討伐特攻隊に向けても鋭く降り注がれていた。
戦闘能力の高いシルクの討伐姿をこの目で見たいという要件には正直言って応えたくないのがティピックの本音である。
実際にシルクの戦闘姿をこの目で見た事があるからこその本音。
戦闘について高い意識を持っている者達には尚更、見せたくないのだ。
(…あんなに美しい姿をそう簡単に見せてしまっては、余計に関心を向かせてしまうじゃないか)
これ以上シルクに関心を向ける者が増えてしまえば、もしその中でグレイ達のようにシルクが大丈夫だと判断してしまう者が現れてしまえば…。
実際カネル達がその対象になりかねないのだ。
ティピックの中で嫉妬心と独占欲が静かに渦巻いていく。
そんな中、突然目の前で焼き菓子を差し出される。
シルクが前屈みになって腕を伸ばし、一口サイズのフィナンシェを優しく指でつまんだままティピックの唇の前で留めたのだ。
「どうぞ…これ、甘くて美味しいですよ」
突然の事にティピックは目をぱちくりとさせ、ウィンも同様に瞬きしながら口を半開きにさせている。
シルクは至って真剣な様子であり、そのまま続きの言葉を口にした。
「疲れた時には甘いものを食べるのが良いので…ティピックさん、まだ珈琲しか口にしてませんよね」
どうやらティピックが考え事をしている様子から、疲れが出ていると思い込んだようだ。
普段から警戒心が強くて相手の感情を敏感に察してしまうシルクではあるが、信頼できる相手の前では警戒心を解いてしまっている。
そんなシルクの様子にティピックはつい吹き出しそうになるも、堪えるように肩を軽く震わせながら笑みを零した。
「ふふ…随分と積極的じゃないか。何処でこういう事を覚えたんだい?」
揶揄いながらも嬉しそうに笑うティピックに対し、シルクは軽く首を傾げながら答えた。
「以前、博士がミュスカさんからお菓子を突っ込まれていたのを思い出して…流石に突っ込むのは危ないかなーと」
グレイが何も食べずに研究に没頭しているのを、呆れたミュスカがせめて何か食べるよう説得したのをスルーされた事による行動である。
容易に想像できたことでティピックはまた吹き出しそうになるのを堪え、同時にシルクの良心に感謝した。
「成程ねぇ…それじゃあ頂くよ」
そうして一口サイズのフィナンシェをくわえると同時にシルクの指が離れる。
口の中で甘い味が広がり、シルクの僅かにも満足そうな優しい笑みを見てはより甘さを感じられた気がした。
そんな様子をウィンがすんとした表情で見つめては、ティピックの方へじろりと嫉妬心を含めた瞳を向ける。
「社長、私を差し置いてイチャイチャしないで下さいませ」
「何だいウィン君、嫉妬は見苦しいよ」
「それ社長が言える立場ではありませんよね?」
「ウィンさんもこれ…美味しかったですよ」
不貞腐れた様子のウィンに向けてもフィナンシェを差し出され、シルクの方へと向いた瞬間にぱぁと瞳を輝かせては素直にぱくりと頂いた。
ティピックはそんな光景を微笑ましそうに見つめながら、再び珈琲を口にして目を細める。
(正直、グレイ君達にも嫉妬しちゃうけどね)
珈琲の苦味が口腔内を支配していくが、まだほんのりと甘味は残っていた。




