110. 連続勤務
空が暖かな夕陽の色で染まる頃。
長期の依頼を終えたシルクはアパートに戻っている最中であった。
存在感を隠した状態のまま箒に乗って飛んでいたのだが、途中で馬車を見つけては高度を下げて速度を緩やかにさせる。
馬車は乗り場で停まると、中からシャロンとミュスカが降りて御者の男に挨拶をかわす。
そのまま馬車が行ってしまったのを確認すると、シルクは狐面を外し、透明の液体が入ったスプレー式の小瓶を手にして地面に着地した。
自身に向けてミストを振りかけると、存在感を消す魔法薬の効果が消されて姿が露わになる。
霧が晴れるように姿を現したシルクの存在に二人は気付き、驚きながらも挨拶をかわした。
「おかえりなさいシルクさん、お仕事お疲れ様です」
「今回のは長かったな、帰って来たの5日ぶりじゃないか?」
「はい、無事依頼は終わりました。御二人もお疲れ様です」
三人並んでアパートへと向かって行く中、シャロンは早速いつものようにシルクにとある質問を振る。
「ところでシルクさん、仕事の合間にちゃんと食事をとりました?」
「……」
シルクは無言のままミュスカから視線を逸らし、斜め下を向いてしまっている。
これは忘れていたな、と察してはシャロンは苦笑いを浮かべ、ミュスカは呆れたように溜息をついた。
「一応多めに弁当を持たせていましたけど、それはいつ頃に食べ終えたんです?」
「…初日には無くなってしまいました」
「はぁ!?あの量を1日で食べ終えたのかよ!?」
二人は驚いた表情をシルクに向ける。
シルクに持たせた弁当の量はおよそ3日分程という多めのものであり、しかもシルクは小食である為、3日分と言えどあともう1日分は持つであろう量でもあった。
シルクによって保存魔法がかけられていた事で、日持ちに関しては全く問題ない状態ではあったのだが、あの量を1日で食べ終えたのは一体どういう事か。
シルクは申し訳なさそうに軽く俯いてから、反省の念を込めながらミュスカに視線を移した。
「丁度昼食を食べたのが屋外で…気が付いたら自然の動物達に囲まれてしまったんです。美味しそうな匂いがすると言われて、つい…」
「あー…そのまま分け与えちゃった訳か」
「はい、皆美味しいと絶賛していました」
そう断言したシルクの言葉にミュスカは嬉しさと残念さが入り混じり、もどかしい気持ちに襲われる。
美味しいと言ってもらえるのは嬉しいのだが、動物達ではなくシルク本人の言葉として言ってほしいのが本音である。
「もう、その様子だとシルクさんはほとんど食べられてない感じじゃないですか。しかも初日にって事はその後4日間は何も食べていないって事になりません!?」
「…はい、そうなります」
ごめんなさい、と最後にぽつりと謝罪の言葉を言われ、ミュスカはむっとしながらも肩を落として溜息を漏らした。
「折角一人分食べられるようになっているんですから、またちょっとしか食べられなくなったら大変ですよ。あくまでもシルクさんの分として渡しているんですから、シルクさんがしっかり食べてくださいよね!」
「はい。ミュスカさんの作る料理はどれも美味しいので…今日も楽しみにしています」
これは明らかにシルク本人の美味しいという言葉であり、ミュスカはつい照れるように頬を赤く染めてから口をへの字にしてそっぽをむいてしまう。
シャロンはそんなミュスカの様子を揶揄うような笑みで見ていた。
そうしてアパートについたシルク達は玄関の扉を開け、各自部屋に戻ってから夕食の時間になるまで自由に時間を過ごしていた。
自室でシルクは明日引き受ける予定の依頼について考えていた。
ちなみに次も魔物討伐では無い。
そろそろ魔物討伐の依頼が来てもおかしくは無いんだけどな、とぼんやり考えていると、扉を軽く叩く音が響いてはグレイの声が聞こえてきた。
「シルク、ちょっと良いかい?」
「はい…どうされました?」
夕食ができた事を伝えに来たのかと思うも、グレイの様子からはどうもそうではないらしい。
何やらそわそわとしており、少し目を泳がせている。
「…えっと、明日も仕事が入っているのかい?」
「はい、入っています」
「そうなんだ…ちなみに、空いている日はあるかい?明後日とかは…」
「明日から1週間は毎日依頼の予定が入っていますね」
「待ってくれ、流石にまた1週間ぶっ通しで仕事っていうのは流石にまずくないかい?そもそも最後に休みだった日っていつだったっけ!?」
シルクの淡々とした言動にグレイは焦る。
ここ暫くずっと仕事漬けの日々を送っており、今日も5日間にわたる依頼をこなしてきたのだ。
指を折りながら思い出すように日数を数えるも、最終的には分からなくなり諦めて肩を落とす。
「…これくらいでも私は疲れませんよ?」
「そうは言っても、また気絶してしまったらどうするんだい。どうにかして休みの日を入れるようにできないの?毎日色んな遠い場所に行っては仕事して…流石に心配だよ」
眉を下げながら訴えかけるグレイに対し、シルクはきょとんとした様子で軽く首を傾げる。
「安心してください。依頼の中にはティピックさんの手伝いをする内容もありますし、その日は事務所内で過ごす事になりますから…普段と比べて活動量は少なくなると思います」
「…その日って具体的にどんな事をするのか聞いても良いかい?」
「…具体的な説明はまだ聞いていませんが、今後の依頼についてゆっくり語り合いたいと言っていたような?」
グレイの脳内にティピックが黒い笑みを浮かべながら依頼書を提示している姿が想像される。
そこまでしてシルクをカネル達…魔物討伐特攻隊から遠ざけたいのか、しかもこの流れではいずれ自分達との交流時間も削がれてしまうのではないか。
そう考えてしまっては、グレイは不満気に眉間に皺を寄せ、伊達眼鏡をかちゃりとかけ直してから真剣な表情でシルクと向き直った。
「…ねぇシルク、明日の依頼内容を聞いても良いかい?」
「はい。明日は―――」
――
――
数十分後。
夕食の準備ができ、ミュスカはシルク達を食卓に呼ぶ為に二階へと向かっていた。
最初にグレイがいるであろう研究室へと向かうが、研究室には誰もいない。
続いてグレイの自室へと向かうも、そこも不在であった。
まさかと思いながらシルクの部屋へと向かうと、室内からグレイの声も聞こえてくる。
何か迷惑をかけるような事はしていないだろうかと呆れ顔を浮かべながら扉を叩き、部屋の扉を開けた。
「失礼します、夕食の準備ができましたよ…先生は何しているんです?」
扉を開けて目に映った光景は、グレイが怪しい笑みを浮かべながら小瓶を手にしており、その前でシルクも無表情で小瓶を手にしていた。
二人は向かい合うように椅子に座っており、傍らのテーブルの上には更にいくつもの小瓶が置かれている。
中には様々な魔法植物が種類毎に分けられていた。
「あ、聞いてくれよミュスカ!この小瓶に入っている魔法植物なんだけどさ、どれもフォレストータスっていう自身の甲羅で植物を自生させる魔物から採取されたものなんだよ。こんなに色んな種類のものを自生させるなんて凄くないかい!?しかも明日シルクが受ける依頼は、そのフォレストータスから植物を採取する依頼みたいでさぁ!」
ミュスカは引き攣った笑顔を浮かべ、わざとらしく深い溜息を吐いた。
これは完全にティピックの掌の上で転がされている。
そう疑っていた事が確信へと変わった瞬間であった。




