109. 興味深い情報
カネル達は魔法防衛省に戻り、報告を終えてからは休憩時間をとっていた。
休憩場所はカフェスペースとして利用されており、他部署の者達もよく出入りしている。
午後2時を過ぎた昼食後の時間帯というのもあり、空席を直ぐに確保しては各自持参している簡易的な昼食と飲み物を取り出す。
「お疲れさん、特攻隊の皆さんも今日は忙しそうだな」
「あぁ、午前中に討伐依頼が二件と、午後にも一件入っている。そっちもお疲れ様」
カネルに話しかけてきた男は魔物を専属とする部署の担当者であり、魔物討伐特攻隊が関わる依頼についても担当の一つとして情報を把握している。
平然とした様子のカネル達を見ては、男は苦笑いしながら言葉を続けた。
「簡単にそう言ってくれるけど、討伐難易度は相当なものを担当しているんだろ?ほぼ無傷の状態で終わらせてはまた次の高難易度な討伐を引き受けて…本当、凄いとしか言えないよ」
「それが僕達の仕事だからな。そういえば、来週の討伐予定をまだ聞いていないんだが、そろそろまとまりそうか?」
「今日中には報告するよ。…そうだ、皆に一つ聞いておきたい事があるんだ」
男の皆という言葉にアベル達も反応し、視線を向けてはそのまま続きの言葉を促す。
カフェスペースには現在カネル達と担当者の男しかいないのだが、男は念の為にと周りに他の者がいない事を確認してから言葉を続けた。
「討伐の最中に、仮面をつけた奇妙な魔法使いと遭遇した事は無いか?」
仮面という言葉に皆が静かに反応する。
僅かな反応であった為、男は気付いていない。
「…特にそういった人は見ていないな。どうかしたのか?」
カネルは詳しく話を聞き出す為に、いつも通りの様子で男に尋ねる。
一人の人物がカネル達の脳内に浮かび上がるが、ここでは敢えて知らないふりを通す事にした。
男は近くの空席に座り、若干声の大きさを抑えながら説明しだす。
「ついさっき情報が回ってきた事だから、まだ公表されていない内容にはなるんだが…状況的に特攻隊も遭遇する可能性が高いと思ってな。実は…」
――
――
行政機関の一つとして挙げられる魔法防衛省は、主に国防を担当とする機関になる。
他にもいくつかの行政機関があり、その中には魔法環境省という主に自然環境の保全や政策を担当とする機関が存在する。
魔法環境省は魔法薬学会とも密接に関わりがある重要機関で、自然発生する魔法植物の保護や安全管理を徹底している。
そんな魔法環境省の中に存在する自然保護局の一人が、とある日に調査の為に森で探索を行っていた。
比較的魔物とは遭遇しない道を通っていたのだが、運悪く魔物と遭遇してしまう。
遭遇してしまった際の対策として魔道具は常に持ち歩いているのだが、遭遇した魔物は身体が大きく、日頃から魔物と関わる事の無い保護局の者は当時驚いてしまい、思うように身体が動かなくなってしまった。
魔物も森の中で人間と遭遇するとは思っておらず、驚いて興奮状態となった。
保護局の者は暴れ出した魔物から必死に逃げ、それによって本来の道から外れてしまう。
魔物に襲われるか遭難するかの二択に脳内を支配され、保護局の者は絶体絶命の思いで整備されていない森の中を駆け回った。
そのまま魔物に追い詰められ、逃げ場がない場所で保護局の者は死を覚悟した。
その直後、保護局の者の頭上で眩しい光が照らされる。
保護局の者は突然の事に困惑しながらもぎゅっと目を閉じ、光が和らいだところで恐る恐る目を開けた。
開けた視界に映るのは、全身真っ黒に染まっている者の後ろ姿。
黒いローブの端が緩やかになびき、被られたフードも風で軽く揺れている。
突然の光で目を眩ませたのは魔物も同様で、動きを鈍らせて目を閉じたまま小さく唸り声をあげている。
黒いローブの者はそのまま魔物に近付き、保護局の者は訳が分からずも止めなければと思いつつ手を伸ばすが、正体不明の相手でもある為途中で手は止まる。
手を伸ばしたところで届かない距離ではあるのだが、そのままぴたりと止まっては保護局の者は目を丸くさせた。
「迷子の子ども達を探しているのは貴方?」
黒いローブの者が落ち着いた声で魔物に話しかけたのだ。
しかも魔物はその言葉に反応するようにゆっくりと目を開き、ローブの者に視線を向けては小さく声をあげたではないか。
明らかに会話しているような様子に、保護局の者は目を丸くさせたまま目の前の状況を見つめる事しかできずにいた。
その後、黒いフードの者は保護局の者の方へと静かに振り向く。
保護局の者は更に驚いた。
黒いフードの下は仮面とストールで覆われており、素顔が全く分からない。
この奇妙な格好をした人物は一体何者なのか。そう考えを巡らせるも状況が状況であり、相変わらず身体を動かせずに座り込むばかりだ。
魔物と向き合った黒いフードの者は何かしらの会話を二言程交わす。
その後、再び振り向かれた事で保護局の者は肩を揺らすが、ストールの下から聞こえてくる落ち着いた声で緊張感はほんの少しだけ和らいだ。
「貴方は、此処から一人で出られますか?」
「い…いいえ、その…無我夢中で此処まで来たので、何も分からなくて…っ」
立ち上がろうとしたところで、保護局の者は足を怪我していた事に気付いて再び尻もちをついた。
逃げ回る途中で足を捻らせてしまい、足首辺りが赤く腫れてしまっていた。
それに気づいた黒いローブの者は、保護局の者に近付いてはしゃがんで視線を合わせてくる。
奇妙な格好の者が静かに近付いて来るのもなかなか不気味なものであり、瞳に怯えの感情が渦巻いた。
しかし怯えはその後安堵に変わる。
捻った足首に向けて触れるか触れないか辺りのところで手をかざされ、魔力が流れてくる感覚を覚える。
じんわりと強くなっていくであろう痛みは和らいでいき、腫れは完全に治まっていた。
「…歩けますか?」
「は…はい。あ、ありがとうございます」
ゆっくりと足首を動かすも痛みは全く感じない。
瞬時に回復魔法を施された事に驚きつつ感謝の言葉を述べると、黒いローブの者は静かに頷いてから立ち上がった。
「途中まで案内しますので、ついて来てください」
そうして黒いローブの者は歩き出し、それに続いて魔物までもが黒いローブの後ろ姿を追うように歩き出した。
魔物まで同行するとは思わず、保護局の者はついて行こうとするもつい怯えて震えてしまう。
「この魔物は滅多な事が無ければ人を襲いませんので、ご安心ください」
黒いローブの者からそう言われ、先程まで追いかけまわされていたんだけどなと冷や汗を流す。
しかし先程の荒れていた様子とは変わって大人しくなっている魔物の様子に、保護局の者は警戒心を残しながらも素直について行く事にした。
そうして10分程歩いただろうか。
整備されていない凸凹とした足場は少しずつ緩やかになっていき、自然に任せて生い茂っていた草木は段々整えられた環境へと変化していく。
そうして整備された道へと辿り着く事ができた保護局の者は安堵の息を漏らすも、その直後に魔物が大きく鳴き声をあげた事に驚いてしまう。
まさかまた暴れ出すのではないかと怯えそうになるが、魔物は保護局の者とは全く違う方向に視線を向けて歩き出した。
魔物の先には三体の小さな魔物が身を寄せ合うようにしながら、草むらの中から顔を出していた。
小さな魔物達も高い声をあげながら走り出し、魔物の胸の中に飛びついてはしがみつく。
黒いローブの者が魔物と言葉を交わす先に”迷子の子ども達”と言っていたのを思い出し、保護局の者はそのまま魔物達が森の中へと姿を消していくのを見つめていた。
魔物達はその場を後にする前に黒いローブの者に何かしらの言葉をかけているようであった。
具体的な言葉は分からないが、お礼の言葉を言っているのではないかと雰囲気で感じ取られた。
魔物の姿が完全に見えなくなったのを確認し、保護局の者も礼を言おうと振り向く。
しかし、その場にいた筈の黒いローブの者は何処にもなかった。
足音も無く、まるで元からその場には誰もいなかったかのようであった。
まさか幽霊だったのかと顔を一瞬青ざめさせるも、魔物に追われてから今までの光景は明らかに現実の事であり、捻った足首も回復魔法を施された事で完治している。
保護局の者は状況の整理が追い付かず、暫くその場で立ち尽くしていた。
――
――
「…という事があったんだと。魔物が潜んでいる森で突然そんな事があったもんだからこっちにその話が回ってきてな、普段から森やら山やら色んな場所に出向いている特攻隊も何かしら似たような状況を見ていないかと思ったんだ」
担当者の男は一通り話を終えたところで飲み物を口にして一気に飲み干す。
カネル達は最後まで話を聞いていたが、黒いローブの者についてはあまりにも心当たりがありすぎた。
「成程な…ちなみに、仮面って言うのはどのような仮面だったか聞いているか?」
「あぁ、狐面って言ってたな。全身ほぼ真っ黒な格好で更に狐面って、本当にそんな怪しい奴がいるのか…」
男は表情を引き攣らせて固まった。
目の前の者達が目を軽く見開かせたと思えば、まるで獲物を見つけたかのような好機に満ちた瞳を向けられつい背筋を凍らせてしまう。
「その保護局の人と話はできるか?」
「あ、あぁ…無事探索は終えたみたいだし、魔法環境省にいるんじゃないかな」
「そうか…じゃあさっさと仕事を終わらせてから話を聞きに行く事にしよう」
これから再び高難易度な討伐依頼へと向かうというのに、それをさっさと終わらせようと宣言されてしまう。
実際に有言実行してしまう集団の前では男も苦笑いを浮かべる事しかできなかった。




