小話2. 特攻隊のとある語り合い
「予想はついていたんだが、やはり今回もこうなるよな。すまないなアベル」
「いいえ…隊長は何も悪くありませんので」
馬車に揺られながら、アベルは少々ぐったりした様子で、カネルは苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうにアベルの様子を伺っていた。
グレイ達が暮らすアパートを後にし、現在二人は魔法防衛省へ戻っている最中だ。
この日はパナシアンベリー栽培の為に必要な要素の一つである高濃度な酸素を放出する研究の成果や、その後の方針についてを確認する為にアパートに訪れていた。
方針については話し合えたものの、アベルにとっては予想外な出来事も起こっていた。
それはグレイからの魔法植物に関する知識披露である。
質問するのは控えておこうと言っていたにも関わらず、やっぱり我慢できないと言わんばかりに瞳を輝かせながら始まった語りにアベルは当初困惑した。
勿論その語りはマシンガントークの如く止まらず、途中で口を挟もうにも直ぐにグレイの勢いに負けてしまい、最終的にアベルは勘弁してくれと苛立ちながら視線を逸らしたのだ。
「聞いていた通り、本当に変人でしたね」
「はは、アベルまで被害者になってしまったな。グレイの奴、とうとう部下全員に恐れられる存在になってしまったか」
アベルは昨日の同僚達の様子を思い出す。
同情するような視線を向けられた時は疑問符を浮かべるしかなかったのだが、今ではその理由を理解できる。
しかし、いくつかは覚悟していたが予想が外れた事もあった。
”汚部屋製造機”、”漂う薬品臭”という単語がどうにも当てはまらない。
実際アパート内は整理整頓されていたし、グレイからはそこまで強い薬品の匂いはしなかったのだ。
そのことについてカネルに問いかけると、カネルは笑顔のままとある物を取り出した。
それはガスマスクであり、アベルはぴしりと固まる。
「実は念の為に持ってきていたんだ。まさかこれを使わないで済んだとは、僕も未だに驚いてる」
実際に見たものしか信用しないアベルだが、カネルがそこまでして準備していたという事実に何とも言えない気持ちに襲われる。
ガスマスクをつけてまでじゃないといられない環境とは何なんだ、と眉間に皺を寄せた。
カネルはガスマスクをしまうとぐっと座席にもたれ、ぽつりと呟いた。
「今回はシルクさんに救われたな。シルクさんが越してきていなければ、今でもあのアパートはとんでもない環境だったに違いない」
シルクという名前に反応し、アベルは別の理由で眉間に皺を寄せる。
只者では無い魔力の流れ、高難易度な魔法を平然と扱う様子、それに加えて魔力測定器のerror表示。
それにも関わらず自身の事を”只の魔法使い”と主張する。
そんなシルクに対し、アベルは静かに苛立ちを覚えていた。
何故そこまで謙遜するのか。実力が確かなのであれば、その分堂々と振舞えば良いじゃないか。
堂々としすぎるのは違うが、それなりの態度、プライドを持っていても可笑しくはない筈だ。
無表情ながらも何やら訳アリのような様子を見せたのを思い出すも、流石に謙遜しすぎだと、当時の様子を思い出しては苛立ちが蘇る。
「アベル、また怖い顔してるぞ」
カネルに指摘され、アベルははっとしてからつい視線を窓側に逸らす。
アベルの性格を理解しているのもあり、カネルは苦笑いを浮かべながら同様に窓の景色を見つめた。
「…戻ったら、昨日に追加された依頼の報告書をまとめないといけないな。さらに追加で仕事が来ていない事を祈るよ」
「もし討伐依頼が来ていれば、俺が向かいますよ」
「そうだな、その時はよろしく頼む」
その後は特に話をせず、馬車に揺られるがまま魔法防衛省へと向かって行った。
――
――
「戻ったぞ、追加の依頼…ではなく報告書の請求が来たんだな。凄い状態だなこりゃ」
会議室に戻り、カネルは扉を開いた瞬間軽く肩を竦める。
テーブルにはいくつもの報告書の山ができており、それらの前でペーシェ達は力なく突っ伏していた。
「あ、おかえりなさい隊長~」
「アベル、戻ってきて早々だけどこっちも手伝ってくんねぇ…?」
「これ今日までに終わらせる自信が無いんですけど」
ペーシェ、レザン、プラットは揃って目の下に隈をつくり、一斉に振り向く。
まるで生気を吸い取られたような様子にカネルは片方の口角を引き攣らせながら苦笑いを浮かべ、アベルはわざとらしく遠く(と言っても会議室の壁)に視線をぶつけて現実逃避しかけていた。
こうして二人も書類整理の山に立ち向かう事となった。
そのまま書類整理を続けて約2時間は経過した頃、出来上がった書類を先に提出してくるとカネルが席を外した。
会議室の扉が閉じ、書類は残っているものの一段落ついた事で皆が一斉に溜息をついた。
「あーもう、ここ暫くこういった書類整理ばっかり!いつになったらちゃんとした討伐依頼が来るんだよ!」
ペーシェが不満を零しながら、本日何本目か分からない栄養ドリンクをぐいっと飲み干す。
「今日はもうそれを飲むの止めとけよ、本当にそろそろ身体壊すぞ」
「これが無いとやってられないんだよ…あ、そうだアベル。そっちはどうだったの?」
不意に話を振られたアベルは頬杖をついたままペーシェに視線を移す。
グレイと会った際の出来事を聞いているのだろうと察し、更に深い溜息をついた。
「…言ってた通り、とんでもない変人だった」
「やっぱり!」
「とうとうアベルも被害者になったわけだな」
「本当、お疲れ様」
同僚達に同情の視線を向けられると同時に、グレイからマシンガントークされた光景を思い出してはどっと疲れが押し寄せて来る。
そんな中、ふと疑問に思ったことをアベルは口にした。
「でも、汚部屋とか匂いとかは分からずじまいだったな。皆が行った時はそんなに酷かったのか?」
アベルの問いかけに、同僚達は固まる。
レザンが眉間に指を当てながら考え込むような素振りをし、その後心配そうな表情でアベルに問いかけた。
「なぁアベル、何か薬を盛られたか?」
「何でそうなるんだよ。何も盛られてねぇよ」
「嘘だ!あんな過酷すぎる環境下で平気でいられる訳がない!本当に大丈夫なのか?嗅覚もやられちまってるんじゃねぇだろうな!?」
「視覚と嗅覚を操作する魔法薬…?なぁアベル、今俺が指を何本立てているかわかるか?」
「だから何も盛られてねぇって言ってんだろ。てかさり気なく中指立てようとしてんじゃねぇぞプラット張っ倒すぞおい」
「味覚も心配になってきたかも…ねぇ、この栄養ドリンク一気飲みしてくんない?」
「押し付けてくんな馬鹿」
必死な様子に混じって「何故お前だけその被害に遭っていないんだ」と言わんばかりの不満をぶつけられ、アベルは額に青筋を立たせる。
騒いでいたところでカネルが戻り、騒いでいた理由を聞いては笑いを堪えるように片手で口元を押さえて肩を震わせた。
「安心してくれ、僕達は何も盛られてない。ちゃんと綺麗な状態になっていたから、次から同行する時は以前のように気を張らなくて大丈夫だぞ」
それでも安心はできない、とペーシェ達はグレイの奇襲を思い出しては鳥肌を立たせた。
「…話を変えるが、先程資料を提出した際にとある報告を受けてな。また魔物の異常発生が起こっているらしい」
カネルが真剣な面持ちに変わり、それと同時に部下全員の空気もぴりっと変化する。
魔物の異常発生については魔物討伐特攻隊も対応にまわっており、ようやく討伐指示が出たかと気を引き締める。
しかしカネルの続きの言葉に、皆は肩を落とす事になる。
「今回の異常発生も数が多いのと同時に高難易度な魔物が対象になっている、という訳で裏魔法協会へ一度提出するようにと命じられた。直接討伐命令が下されなかった辺り、また例の”何でも屋”にまわるだろうな」
「えぇー!僕等の出番はいつになったら来るんですか!?」
「そう落ち込むなよ、思いっきりやりたい気持ちは僕も同じだ。それで、僕は急遽今から裏魔法協会に向かうんだが…アベル、連続にはなるが同行を願いたい」
「俺ですか?」
カネルが直々に指名するとは思っておらず、アベルは軽く目を見開く。
「報告と同時に、例の何でも屋について一つ交渉しに行こうと考えていてな。実際に後処理に向かった事のあるアベルも是非一緒に来てほしい」
「…分かりました」
何でも屋という言葉を聞くと同時に、謙遜し過ぎている一人の女性を思い浮かべる。
まだ例の何でも屋がその人物であると確定したわけでは無いのだが、アベルはほんの少しだけ期待していた。
もしそうであるならば、その実力をこの目で見させてもらう。
そう静かに意気込んでは気持ちを引き締め、再び外出する為に準備を始めたのであった。




