103. お茶会への招待
シルクはティピックと話し合った結果、3日間の休暇を与えられる事となった。
2日では短すぎるとティピックが主張し、何日も休みが続くと正直落ち着かなくなるとシルクが主張し、どちらの主張も踏まえた上での結果である。
シルクは箒に乗りながら休日の間はどうするべきかと考えを巡らせ、アパートに着く頃には追加の魔法薬を調合していようかと引き篭もり計画を立てていた。
しかしその計画は直ぐに変更となる。
玄関の扉を開け、自室に向かう途中でグレイと会った。
「博士、ただいま戻りました」
「おかえりシルク、丁度良いところに戻って来たね。実はこれが届いててさ…」
グレイから一枚の小さな封筒を手渡される。
封筒には宛名が書かれており、シルクやグレイ、ミュスカ、シャロンの名前もある。
裏返せば差出人の名前も書かれており、”フレイス・クロテッド”と丸く可愛らしい文字で書かれていた。
封筒は既に開かれた後であり、グレイが先に手紙を読んだのだろう。
「お茶会の招待状だよ。日時は明日だけど、丁度ミュスカとシャロンも休みの日だし。シルクはどうだい?」
―――
―――
空は青空で晴れ渡っており、そんな中でシルク達は驚きの表情を浮かべていた。
驚きと言ってもシルクは無表情に近いのではあるが、目を若干大きく開かせてぱちくりと瞬きさせている。
シルク達はクロテッド社長の邸宅に招待され、メイド達の案内にて庭園に足を運んでいた。
沢山の薔薇に囲まれている広々とした庭園には茶会用のスペースが設けられており、そこには既に茶会の準備が大方整えられていた。
同じように招待されたカネルとランジェが既に着席しており、シルク達に気付いたカネルが軽く手を振った。
「待ってたぞ、と言っても僕達も先程来たところなんだけどな」
「やっほー二人とも…あれ、カネルの部下達は来てないの?」
「生憎細かな仕事が残っていてな。本来なら僕もそちらにまわらないといけないんだが、クロテッド社長のお誘いを無下にする訳にもいかない。そしたら部下達が仕事を引き受けると言ってくれてな、部下達に甘える事にしたんだよ」
「ちぇー、折角また色々とお話できると思ってたんだけどなぁ」
「はは、優秀な部下達を持てて僕は幸せ者だよ」
グレイは残念そうに肩を落とし、カネルは苦笑いを浮かべながらそう呟く。
そのまま既に着席しているランジェにも声をかけようとするが、ランジェは視線を一点に集中させたまま動かずに固まっている。
視線の先にあるのは庭園の薔薇であり、どれも大きく咲いて輝かしい。
「こんなに立派に、しかもどれも万遍なく開花させるなんて…肥料と土の種類が気になる…此処の庭師さんに話を伺えるかしら?それに種類がとても多い…一体何種類の薔薇を育てているの?」
そうぶつぶつと呟いてはわくわくと好奇心を含ませた瞳になり、そんな様子にシャロンは冷や汗を流した。
「なぁカネル…魔法薬学研究者ってあんな感じの奴がほとんどなのか?」
「さぁどうだろうな。ランジェも本来は好奇心旺盛な奴だから、いつものランジェに戻って僕は嬉しい限りだぞ」
「先生と似た何かを感じるのは気のせいでしょうか…」
ミュスカはつい遠い目になってしまう。
そんな中、明るい声がこちらに向けられるのに気付いた。
皆がそちらに振り向くと、其処には笑顔を浮かべているフレイスの姿が。
「皆様、来てくださってありがとうございます!」
フレイスは小走りしながら近付き、シルクの目の前まで来たと思えばそのままぎゅっと抱き着いた。
シルクは軽く驚いた表情を浮かべながら受け止め、その光景を見たグレイはぴしりと固まる。
「そんな…!僕の時はいつも魔法障壁で遮るのに!」
「先生の場合は突撃になるからな」
「あんな勢いで突撃されたらたまったものじゃありませんからね。そもそも女性に対しても突撃しようとするのはどうかと思いますよ、本当にセクハラで訴えられても知りませんからね」
「人聞きの悪い事を言わないでくれと言っているだろう!それに誰にでもする訳じゃないんだからさぁ…」
賑やかな雰囲気が広がる中、クロテッド社長と更に別の男性と女性も此方にやって来る。
初めて会う相手である為、シルクは目をぱちくりとさせてから静かに会釈する。
「あ、お父様!お母様!」
振り向いたフレイスは笑顔を浮かべ、シルクから離れては両親の元へと走っていく。
どうやら本日の茶会には両親も参加するようだ。
シルクは一瞬身体を強張らせるようにして驚くも、フレイスの後ろ姿、そして両親の方へと視線を向けては身体の緊張を解いた。
両親は穏やかな笑顔でフレイスの話を聞いており、シルクからの視線に気付いた二人は丁寧にお辞儀をしてシルクへと近付く。
「お話は伺っています。フレイスに回復魔法を施してくださり、本当にありがとうございます」
「シルクさんがいて下さったお陰で、フレイスはこうして無事に…何とお礼をお伝えすれば良いのか…」
二人は涙ぐみ、フレイスに視線を向けては嬉しそうに笑みを零す。
フレイスも嬉しそうに笑顔を浮かべ、二人の間に入ってはそれぞれの腕に手をまわしてぎゅっと密着させた。
シルクはそんな様子を静かに見ていた。
三人の笑顔が本物である事を確認し、安心したかのように軽く息を零す。
「…本当に、良かったです」
シルクは安堵の笑みを浮かべていた。
心の底から安心しているかのように。
そして、心の中で呟いた。
――あの夢のような関係ではなさそうで本当に良かったと。
グレイ達が言い合いを続けている中、カネルはちらりとシルク達の様子を伺っていた。
そこでシルクが普段の無表情とは違って感情を表に出しているのに気付き、驚きの表情を浮かべる。
それと同時に、シルクの笑みには悲しみが含まれているようにも見え、疑問も浮かべたのであった。
その後、予定通りに茶会が開かれる。
テーブルに並べられたお茶菓子の多さに笑みを浮かべる者、驚く者、感嘆の声を漏らす者。
そんな中でシルクは冷や汗を流していた。
「…とても豪華で、多いですね」
「シルクさん、無理しないで大丈夫ですからね?」
隣に座っているミュスカが小さくそう声をかける。
あまりにも覚悟を決めたかのような雰囲気を出していたシルクに、グレイは吹き出しそうになるのを堪え、シャロンは苦笑いした。
「ん~!やっぱりこの薔薇のクッキーはとても美味しいですわ!」
「はは、まだまだ沢山あるからね」
「もうお義父さん、夕食が食べられなくなったら大変ですから程々にですよ」
「フレイスは本当に薔薇のクッキーが好きだなぁ」
フレイスが頬を押さえながらクッキーを幸せそうに食べ、それを微笑ましく見守る家族。
シルクもさくりとクッキーを一口食べ、薔薇と苺の風味が優しく広がった。
そうして茶会の時間が流れていく中、フレイスははっと思い出したかのように立ち上がる。
フレイスの視線の先には、庭園内にやって来る小鳥の姿。
「そうですわ!シルク様にお願いがありますの。是非、異言語魔法を使っているところを見させてください!」
フレイスの言葉には皆が注目し、そのままシルクの方へと注目が移る。
シルクは目をぱちくりとさせ、そういえば魔法を見せる約束をしていたなと思い出しながら残りの紅茶を飲み干し、静かにティーカップを置いた。
「そうですね…では、少し席から離れた場所で良ければ」
「ねぇねぇ、僕も近くで見ても良いかい?」
「あ、俺も気になる!」
「異言語魔法ってあの難しい魔法ですよね…?」
「丁度良い、僕ももっと近くで様子を見たいと思っていたんだ」
フレイスだけでなく、皆までもが次々と声を上げながら立ち上がるのにシルクは驚く。
シルクにとって異言語魔法は日常的な部類に含まれている為、そこまで注目しなくてもと思いつつ立ち上がった。
その後、近くにいた小鳥に向かって異言語魔法を発動してシルクは声をかける。
小鳥は反応して羽ばたき、シルクの肩にちょこんと足を止めた。
その光景に各自が声を漏らし、興味深そうに様子を眺める。
「ねぇシルク、その小鳥は何て言ってるの?」
「今日は友達を連れて此処に遊びに来たようです」
「お友達ですか…?」
フレイスがそう呟いた瞬間、別の小鳥が次々とシルクに近付いてやって来る。
シルクに近付いた小鳥達は皆異言語魔法の対象となり、シルクの周りは一気ににぎやかな状態となった。
『あら、今日は見かけない人間もきているのね』
『薔薇の良い香りに混ざって、美味しそうな香りもしてくる~』
『何やってるのー?パーティー?』
『あの子っていつも窓から外を眺めている子だよな。外に出てるなんて珍しいじゃねぇか!』
シルクにとっては賑やかな会話に聞こえるのだが、グレイ達にとっては小鳥の鳴き声としか判断できない。
一羽の小鳥を指先に乗せ、シルクはそのままフレイスに近付いた。
「どうやらこの小鳥は、フレイスさんの事を知っているみたいですよ」
「あら、そうなのですか?」
「はい。窓から外を眺めている子と認識しているようで…」
『よう!何だかいつもと比べて元気そうじゃねぇか、何か良い事でもあったのか?』
小鳥はそう言っているのだが、フレイスにとっては鳴き声としか認識できず何と言っているのか分からない。
それでも小鳥が話しかけてきている事に嬉しく思っているのか、フレイスは笑顔を浮かべている。
「いつもと比べて元気そうだと言ってます」
「まぁ…!はい、私はとっても元気になったんですわよ!」
小鳥はシルクの指先から離れると、そのままフレイスの肩へと留まる。
フレイスは驚きつつ笑みを浮かべ、小鳥に挨拶を交わした。
「本当、シルクさんは不思議な人だな」
「でしょ?シルクといると本当飽きなくて楽しいんだよねぇ」
「はは、グレイがそう誇らしげに言うとはな」
グレイの自慢げな様子にカネルは笑いながら返答し、再びシルクの様子を観察する。
膨大な魔力を持つ代わりに、身体の成長が止まっているという話を思い出しては真剣な表情に切り替わる。
いつからそのような状態になったのかは本人も不明で、しまいには部分的な記憶喪失状態。
初めて会った時は感情を表に出さない、静かで大人しい者だと思っていた。
しかし今では興味深いのと同時に、多くの謎を持つ不思議な者。
物事に対して真剣に取り組む、優しい心を持つ者だと感じている。
「それにしても安心した。グレイが廃人になっていないかと心配していたんだが、シルクさんのお陰でその心配をする必要は無くなったし」
「えぇ、僕は天才魔法薬学研究者であって、廃人研究者にはならないからね?」
グレイは不貞腐れるように頬を膨らませる。
カネルは冗談だよ、と呟きながら笑った。
優しい風が庭園内を吹き抜け、薔薇の花弁が踊るように舞う。
賑やかなお茶会は、まだまだ続きそうだ。




