102. 波乱後のひと時
パナシアンベリーの栽培が成功してから1週間経過した。
その間に様々な場所で動きが見られていた。
フレイスは健康体そのもので過ごし、外出許可を得られたとの報告がカネルを通してグレイに入った。
その報告をシルク達も聞き、皆で喜びつつ安堵する。
種を保管していた関連施設においては、施設長が解雇された事で新たな施設長が任命された。
それと同時に施設内の全体的な環境整備が行われ、設備は勿論の事、新人教育の疎かさの指摘により大幅な人事異動や教育方針の見直しが決行された。
当初は施設内で困惑が広がったが、新施設長は前施設長よりも公平な判断をとる賢明な者であり、その人柄をよく知る者の後押しもあって困惑が長続きする事は無かった。
ランジェはパナシアンベリーの栽培成功者の一人として注目され、本人の才能や人柄も踏まえて引き抜きの形で別の施設へと異動が確定する。
異動先は希少な魔法植物を多く扱う施設であり、優秀な魔法薬学研究者が多く集まる場だ。
魔法薬学会の幹部直々の命でもあり、ランジェは驚愕しつつ、その命を引き受けた。
同様にグレイにも声はかかっていたのだが、勿論グレイは断った。
ミュスカとシャロンはグレイの相変わらずの様子に苦笑いしつつ、魔法薬学会からの命をさらりと断った事の容赦の無さに震えた。
そしてシルクについても、入手困難と言われている環境下をものともせずにパナシアンベリーの枝を入手したという実績を魔法薬学会から評価されていた。
栽培成功に続く名誉な事であると評されたのだが、シルクは評される事に対してやんわりと断りを入れた。
「私はただ、博士達やフレイスさんの事を考えて行動しただけですから。…それに、あまり目立つような事はしたくありませんので」
あくまでも目立つのは避けたいと言う気持ちが強く、これについてもミュスカとシャロンは苦笑いを浮かべた。
最終的に、今回のパナシアンベリー栽培の件については、表上では栽培成功という項目だけを広め、フレイスに使用された事は公表せず、枝の入手については匿名として公表される形となった。
必要最低限の情報のみを世間に広げる事で、悪用など良からぬ考えを持つ者達への余計な情報流出を抑えるのを考慮されての事だ。
そして現在、シルクはいつものように裏魔法協会に足を運んで依頼の報告をしていた。
「今回の討伐もお疲れ様。パナシアンベリーの件が終わってから連日で討伐を任せてしまって申し訳ないね。ようやく目途が立ったから、数日はゆっくり休んでくれ」
「本当にお疲れ様です、体調の方はいかがでしょうか」
「今のところは何ともありません、大丈夫です」
シルクは普段通りの無表情で淡々と答える。
心配そうな表情を浮かべていたウィンは、思い出したかのように眉を吊り上げて不満の表情に切り替わった。
「本当、どなたもシルク様をこき使い過ぎです!普段から多くの依頼を引き受けてくださっている中で、魔力を消耗させるような案件を持ち込んで…更には倒れてしまったとお聞きした時は心臓が止まるかと思いました。シルク様、あれから本当に体調の方は戻られたのですか?」
「はい、問題ありません」
シルクが倒れたという話は、ティピックがカネルから聞いた事であった。
魔物の異常発生についての追加の情報を提出しに裏魔法協会へ伺った際にその話題が出たのだ。
同時にシルクの体質についても触れられ、ティピックは参ったなと思いながらもそれ以上は話を進めさせずに切り上げた。
グレイとカネルが友人同士だったとは、と世間の狭さを思い知ると同時に面白さが込み上げ、つい笑みを浮かべてしまう。
「気絶した事については私も正直心配しているんだよ。今回聞いた気絶についてはちょっと特殊だからねぇ…やっぱり短期間で一気に魔力を消費させたのが原因かな?」
シルクは視線を軽く上げ、これまでの魔力消費について振り返る。
普段通りに仕事で魔力を消費させるのに加え、回復魔法の連発、魔力貯蔵機への魔力消費が挙げられる。
思い返してみれば、これまでは誰かと深く関わる事を避けながら生活していた。
その為、誰かに回復魔法を施すという行為は仕事以外では滅多にしていなかった。
そもそも仕事で回復魔法を使う事自体も暫くは無く、遠い昔に戦場の回復要員として駆り出されて以降に仕事で扱った記憶が無い。
シルクの扱う回復魔法は、一般的な回復魔法と比べて即効性があり、その分魔力消費は激しいものとなる筈だ。
それに加えて魔力貯蔵機への魔力補充。
一つの貯蔵機に魔力を補充するだけで累計1時間はかかり、本来なら一つの補充でだいぶ魔力を消費させるものだ。
それをシルクはものの数秒で完了させたのだが、魔力消費量は大幅であるのには変わりない。
今回の気絶は短期間で大量に魔力を消費させたことによる代償であると結論付けられた。
「今回の気絶はイレギュラーなものだったね。まぁ、いつもの気絶よりはマシなんじゃないかい?」
「そうでしょうか…?」
「私はそう思うけどねぇ。数時間で目を覚ましたんだから…そう考えると、気絶より睡眠に近いのかもしれないね」
シルクは静かに納得する。
確かにこれまでの気絶では一切夢を見る事は無かったのに、今回は例の不思議な夢を見られた。
睡眠となれば夢を見た事に納得する。
だがイレギュラーな事には変わりない為、これからは気をつけないとなと軽く溜息をついた。
「まぁ兎に角、シルク君には数日間の休暇を与えないと。何日くらいが良いとか希望はあるかい?」
「いえ…私は1日休められたら十分な気もするのですが」
「流石に今回はそうはいかないよ。念の為にも休みは長くとりなさい」
「分かりました…もし休みの間に追加の仕事があれば言ってください」
「それだと休暇の意味が無くなるだろう…」
「シルク様…何て熱心な御方なのでしょう。その御心に私は感服致します」
相変わらずのシルクの様子にティピックは苦笑いを浮かべ、ウィンは頬を赤く染めながらうっとりとした表情でシルクを見つめていた。




