100. 記憶の断片
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暗がりの中、シルクは一人で立っていた。
辺りを見渡しても暗いままであり、何処を進めば良いのか分からない。
それでもじっとはしていられず、ただ目の前の暗闇をゆっくりと進んでいく。
途中で小さな明かりを見つけた。
シルクはその明かりを目指して歩いていく。
明かりは段々大きくなり、近付くにつれてそれは只の明かりではない事に気付いた。
ぼんやりと浮かんでいる、何かの景色のような空間だ。
その空間を覗き込むようにすると、その中で二人の人物を見つける。
一人はお洒落な服装を身に纏い、身だしなみを整えている女性。
鏡台の前に座っており、化粧をしている途中のようだ。
もう一人はその女性の後ろ姿を見つめている制服姿の女の子。
顔を俯かせ、身体を強張らせているのか黙って動こうとしない。
「学校から連絡があって何事かと思ったら…熱があるのを黙ってたの?」
鏡台と向き合っている女性の声がその場で響き渡る。
シルクは驚いた表情のまま固まった。
「折角これからデパートへ買い物に行こうと思っていたのに、あんたが帰って来るってなったから予定が狂っちゃったじゃない」
女性の声に怒りが混じっているのが伺える。
制服姿の女の子は黙って固まったまま、我慢するようにプリーツスカートをぎゅっと握っている。
「本当最悪……さっきから黙っていないで、何か言ったらどうなの」
甲高い声を上げながら女性が振り向く。
女性の顔はぼやけて見え、どのような表情をしているのか分からない。
しかし怒りの形相を浮かべているのは明らかだ。
「…ごめんなさい」
女の子は力ない声でそう呟いた。
更にスカートを握りしめ、肩を震わせている。
「ごめんなさいって…ごめんなさいで済むと思っていたら大間違いよ!」
女性は立ち上がり、その後も女の子に向かって怒りをぶつけ続ける。
女の子は何度か謝罪の言葉を口にするも、途中からは黙ってしまい、鼻をすする音が聞こえてくる。
「泣いたら許されるとでも思ってるの?いい加減にしなさいよ!」
甲高い声がシルクの耳に痛い程響いてくる。
シルクも固まったまま動けなくなってしまっていたのだが、理由は女の子のように恐怖しているからではなかった。
シルクは、女性の声に聞き覚えがあったのだ。
景色が浮かぶ空間は段々ぼやけて小さくなってしまい、霧のように消えてしまう。
消えて真っ暗になってからも、シルクはその場で立ち尽くしていた。
シルクの脳内で、ぼやけた記憶が渦巻いていく。
女性の顔は分からない。
だがこの声を、シルクは知っている。
甲高くなる前の声が、あの時聞いた声と重なる。
振袖を身に纏った自分が出てきた夢で聞いた声と、重なる。
「……い。……さい」
再び辺りが暗くなった中、呟くように、震えた声が聞こえてくる。
声主は先程の女の子であるのを直ぐに理解し、シルクははっと顔を上げる。
女の子は泣いており、途中で嗚咽が混じるような声を上げては言葉を呟き続ける。
暗くて道も無い場所を、シルクは只真っ直ぐに、声のする方へと歩いていく。
「…ごめんなさい。…ごめん、なさい」
歩みを止めた。
女の子の謝罪の言葉が頭の中で反響する。
歩みを止めたというのに、女の子の声はどんどん大きく響いてくるように頭の中で渦巻いていく。
それでもシルクは呆然と立ち尽くし、声を聞き続ける。
(あぁ、そうか)
シルクは理解する。理解してしまう。
女の子の正体が何なのかを。
その場に膝をついて座り込み、頭を抱える。
女の子の声は頭の中で反響し続ける。
ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい。
…そして、女の子の声とシルクの声が重なった。
「「――お母さん、ごめんなさい」」
―――
――
「――――ッ!!」
落下するような感覚に襲われ、シルクは大きく目を見開きながら覚醒する。
心臓がどくどくと脈打ち、額から汗が滲み出ている。
しかし寝起き直後でもある為、頭の中はぼんやりとしてしまって数十秒は動かず、ただ天井を眺めていた。
その間に強く脈打つ感覚は治まっていき、深呼吸してからゆっくりと起き上がる。
(…此処は、私の部屋?)
いつの間に眠っていたのだろうか、と眠る前の事を思い出そうとする。
頭の片隅に夢で見た内容がちらつくが、それを振りほどくように脳内で記憶を辿る。
その途中、扉を軽く叩く音が響いた。
シルクは静かに驚いて扉の方へと視線を向ける。
「失礼しま…あ、シルクさん!目を覚ましたんですね」
扉が開くとミュスカが顔を出し、安堵しながら部屋へと入る。
「ミュスカさん…私、いつの間に部屋に戻ったのか…」
「シルクさんは帰る途中で気絶したんですよ。クロテッド社長の自家用車に乗せてもらってる時にです。突然倒れたからびっくりしました」
「…すみません、ご迷惑をおかけしました」
「あぁ、謝らないでください!シルクさんには何度も魔法を使い続けさせて、沢山魔力を消費させてしまったんです。疲れてしまうのは当然ですから」
それでは、とミュスカは部屋を後にする。
窓の外を見ると太陽の日が昇ろうとしているタイミングであり、欠けた朝日でも眩しい。
シルクはベッドから離れ、身だしなみを整えて部屋を出る準備を進める。
頭の中で夢の内容が渦巻きつづけるも、顔を横に振ってはどうにか誤魔化そうとする。
ふとテーブルに視線を移し、その上に置かれている花瓶に視線を留めた。
花瓶には以前グレイ達が贈ってくれた花が入っており、長持ちさせる薬液を入れているものの、花は少しずつ枯れようとしていた。
これまで見てきた夢の内容が再び脳内で渦巻き、シルクは複雑な表情を浮かべる。
しかし切り替えなければと自らの頬を軽く叩き、普段通りの表情で部屋を後にした。




