いざ、異世界へ・その2
魔王の座を継承する……わたしにとってそれは興味がある、ないの域を通り越して、断固として拒絶しなければならない案件であった。
魔王である父は、広大な領地を統治するため、自室で毎日大量の書類に目を通し、会議室で貴族たちとの会議を何時間もぶっ続けで行っている。
たまに魔王城の外に出ることがあっても、それは領地の視察のためで息抜きとは言い難いものである。
……もう『魔王』というより、ただの『王』であった。
そんな魔王はイヤだ! これが、わたしが魔王になりたくない理由の一つ目である。
また、魔王になってしまったら、嫌でも次の後継者を作らなければならない。
今のところは父上が、「テメーみたいな豚野郎に、俺のかわいいアリアちゃんはやらねぇぇぇぇぇ!」と、貴族の若い男たち(たまに、いい年したオッサン貴族)に最上級魔法をぶち込んでくれているらしいが、私が魔王になってしまったら父上もそう強くは反発できないだろう。
魔王になった私は、見た目も性格も醜悪な貴族の男と結婚し、子供を……
そんな結婚生活はイヤだ! これが、わたしが魔王になりたくない理由の二つ目である。
そして最後の理由は、
魔王よりも冒険者になりたい!
そんなわたしは、最初「三人の中から二代目魔王を選出する」と聞いた時、目の前が真っ暗になるような気がした。
絶望的な未来しか頭に思い浮かばない。
しかし、その直後に魔王が言った単語「異世界」によって、大きな希望が生まれた。
異世界……よくわからないけど、この世界とは違う世界。
もしかしたら冒険者になれるかもしれない!
「この扉の先に、その……異世界が広がっているのですか?」
ルインが目の前に現れた扉をじっと見つめながら質問をする。
見た目はただの木の扉だ。
この先に、異世界が広がっているとはとうてい思えないのだろう。
「その通りだ。その扉の先に、お前たちが―――」
「ヒャッホ~~~~ウ! なんだか燃えてきたぜぇ!」
「弟よ、これは二代目魔王を決める大切な試練なのだ。 甘い考えは捨てろ」
父上が言い終わらないうちに、次男のマルスが歓喜の雄叫びを上げ、それをルインが注意する。
魔王城では、毎度おなじみの光景だ。
長男のルインは、もっとも魔王の座に近い後継者候補として日々まじめに魔法や剣術の鍛錬をし、基礎的な勉強はもちろんのこと帝王学にも勤しんでいる。
しかし、次男のマルスは後継者候補としての自覚が薄いようで、日々魔獣狩りに勤しみ、町で好みの女を見つけてきてはメイドとして雇って、身勝手な命令をしている。
……マルスが一番、魔王してると言われれば何も反論出来ないのだけれど。
そんなこんなで、自由奔放なマルスはいつもルインに叱られている。
わたしはと言うと、騒がしいのが嫌いなのでいつもはルイン兄さんの肩を持っている。
―――まぁ、今回だけはわたしもマルスに共感している。
「フハハハハハ、やる気があるのは良いことだ! だがルインの言う事も確かだぞ、向こうの世界にも一応、魔王がいるからな」
魔王がいるの!?
やったわ!
最悪、魔王城を抜け出して父を倒す旅でもしようと思っていたけれどその必要はなさそうね!
「なんだかうれしそうだな、アリアよ」
おっと、ついつい笑みをこぼしてしまったわ。
何か取り繕わねば。
「……はい、父上以外に魔王を名乗る愚か者を、この手で葬り去ることができるので」
「フハハハハハ、そうかそうか。よし、ウィルドール、アレを持ってこい」
「はっ!」
執事長という名の雑用係は、横に置いてあった3つの袋をそれぞれわたしたちの前に並べた。
この袋は『マジック・バック』というもので、巾着型のバケツのような形をしたどこにでもある袋であるが、特別な魔法がかかっていて、見た目以上の容量がある。
ちなみに、王都に住んでいる主婦たちのなかで、絶賛人気中である。
「そのなかには、向こうの世界で役に立つ魔道具が色々入っている。 扉をくぐり抜けたら開けてみるといい。……伝えるべきことは、すべて伝えた。 さぁ、旅立つがいい!」
父上は両手を大きく広げた。
それと同時に、異世界への扉が開く。
扉の向こうは、眩い光に満ち溢れていた。
こちらからは扉の向こう側がどうなっているのか、確認することは出来ない。
しかし、その輝きは不思議と見るものを魅了し、扉の向こう側には夢と希望に満ち溢れた新天地・・・・・いや、異世界が広がっているかのように、感じさせる。
「では、まず私が行きます」
ルインは、立ち上がって扉の前に進んだ。
扉から発せられる、まばゆい光。
一瞬、ルインは扉の前で立ち止まったが、すぐに光の中に足を踏み入れた。
うしろ姿が、光の中に消えていく。
「じゃあ、次はオレで~~~~」
マルスは、なんのためらいもなく扉をくぐり抜けた。
遂にわたしの番である。
立ち上がり、扉に向かって悠然と進む。
希望と期待に弾む心を必死に抑える。
胸の中には、ある決心が生まれていた。
この扉の向こうで、私は冒険者になる。
『冒険の書』に描かれていたような胸躍る冒険を、これから出会うすべての仲間とともに!
「父上、行ってきます」
「ウム、頑張って―――」
父上が言い終わる前に、扉の向こうへ飛び込むわたし。
魔王の頬に一筋の涙が流れた。
……魔王は大好きなアリアちゃんに無視されて悲しかったようだ。




