対戦相手、変更です
体育館の裏側に回ると、ぽつんと一人伊村さんが立っていた。
「あっ、新澤さん!」
「遅れてごめんね。ええと、市原、さんは?」
「あ、えと、と、とりあえずここじゃなんだから部室棟で話そうって」
それを言う為だけに伊村さんはここでずっと私の事を待っていたのだろうか。
4月とはいえまだ冷える。そんな中に彼女を一人立たせて自分は悠々と部室で待ってるなんて、ますます気に食わない。
絶対和解したとしてもこちらは友達にはなれないタイプだ。ていうかなりたくない!
そんな事を考えながら後を着いて行くと、伊村さんはバレーボール部と書かれたドアの前で立ち止まった。
バレー部といえばゆずだ。そういえば先ほど体育館を覗いた時、バレー部は活動をしていなかった。今日は休みなのだろうか。
「佐奈ちゃん、新澤さん連れて来たよ」
コンコンとノックをして伊村さんが問いかけるも、中からの返答は無い。
あれ……?と首を傾げてノブに手をかけドアを開くも、ロッカーと長椅子、簡素な机が置かれた部室の中に市原さんの姿は見当たらなかった。
「あ、あれ?新澤さん、ごめんね、えっと、佐奈ちゃんに電話してみるね」
「……5分待って来なかったら私帰るからね。
取りあえず寒いし、中入ろう」
「う、うん」
勝手に入っていいものか少し迷ったがここに呼び出したのは他ならぬ市原さんだ。他の部員が来て何か言われたら彼女の名前を出せばいい。それに、伊村さんは私を待ってずっと外に居た。これ以上外で待たせるのは可哀そうな気がした。
携帯を耳に押し当てて応答を待つ伊村さんを横目に、私は手持無沙汰から携帯を取り出す。
楢崎に連絡を入れるべきだろうか。一応、メールだけしておこう。
伊村さんとバレー部の部室にいます、と簡潔な文を送信し、オロオロしながらメールを打ち始めた伊村さんを見た。
「取りあえず、座ったらどうかな。私がこんなこと言うのも変なんだけど」
「あ、うん。ごめんね、呼びだしたのにま、待たせちゃって……。あの、佐奈ちゃん連絡に気付いてないみたいで、その……」
「待つから、大丈夫だよ。伊村さんの所為じゃないんだから謝る必要ないんじゃないかな」
「えと……」
何故だか俯いてしまった彼女に言葉をかけるのもなんだか面倒くさくて、私は早く市村さんが現れてくれないものかと唯一のドアを睨みつける。
「ちょっとアンタ!!」
「!?」
ばあん!と大きな音と共に入って来たのは、市村さんでも楢崎でもなく、まさかの河南さんだった。
突然の乱入者に思考が追いつかず伊村さんと唖然としていると、河南さんはツカツカと私のもとに歩み寄り、眉間に更なる皺を寄せる。
「気に入らないのよ!なんで声掛けない訳!?」
「こ、声って……、河南さんに、ですか……?」
「んな訳ないでしょ!!」
「ご、ごめんなさい!」
だったら誰に声をかけろって言うんだ!
ますます顔を近づけて、河南さんは低く唸るようにして言った。
「アンタには声をかける権利があるんだから、遠慮なんかせずにいけばいいのよ!」
「えっ、えーと……」
「プレイ中だってなんだって、そんなの関係ないんだから!!」
プレイ?試合?楢崎に?でもなんで楢崎と待ち合わせた事を河南さんが知ってるんだ?
しかも権利って、誰に、何の?
クエスチョンマークを飛ばして無い頭を振り絞っていると、また一つ、別の声が上がった。
「ちょっと!!何他のヤツ呼んでんの!?」
「さ、佐奈ちゃん!」
「はあ?アンタ誰よ!」
今なのか!?と思わず突っ込みたくなるタイミングで私を呼び出しくさった市村さんが飛び込んで来た。
ああ、やっぱりプリント騒動の時に声を掛けてきた子か。
市村さんは私よりも先に河南さんに視線を向けて、やがて怯むように肩を少し上げる。そして棒のようにドアのすぐそばに突っ立っていた伊村さんを引きよせ、盾の様にして後ろに隠れると、ぎらりと私を睨みつけた。
「新澤奈津!やっぱりアンタはサイテーよ!上級生を連れてくるなんて、この卑怯者!!」
「だからアンタは誰な訳!?今コイツは私と話してんの!」
「あなたには関係ないです!部外者は出て行って下さい!」
「はあ!?私が先にコイツと話してたんだから今部外者なのはそっちでしょ!?」
言いあいを始めた河南さんと市原さん。だけど待って、その前に、じょ、上級生って……誰が、って、河南さんしかいませんけど、えーっと、えーっと。
そろり、と河南さんの上履きに目をやるとサイドに赤いラインが入っていた。
うん、二年生ですね!
うちの学校では学年ごとに上履きの色が異なり、一年生は黄色、二年生が赤、三年生が緑となる。
河南さんに初めて会ったのは薬局、しかも私服だったし、次に会ったのは下校中だった。言い訳をする訳ではないけど、気付くチャンスは無かったと思うんだ!
「もういい!行くよ清香!」
「あっ、さなちゃん!」
顔を真っ赤にした市原さんは伊村さんの手を引っ張って外へと駆けだして行く。それをフン!と鼻を鳴らした河南さんが見やっていることから軍配は河南さんに上がったようだ。
いや、だめじゃん。今日私あの子と話付けなきゃいけないのに!
「市原さ……」
呼びとめようとした声は、聞きたくない、してはいけない音によって遮られた。
「キャ―――――ッ!!だめだよ佐奈ちゃんそんなことしちゃ!!」
「うっさい!ちょっと黙ってて!!」
ガツン!ガリガリガリッ!ぎぃぃぃぃっ!ガン!ガン!
「な、なによ……?」
「や、やばくないですか、この音!」
よしっ、という達成感に満ちた呟きの後、その場から立ち去る二人分の足音に我に返った私達はすぐさまドアに飛びついた。
しかしドアノブは回そうにも回らないし押そうが引こうがびくともしない。ドアの僅かな隙間にはみっちりと細い小枝やらなにやらが詰め込まれていて外の様子を窺う事すら出来なかった。
「やられた!!」
「ちょっと!!携帯!!あたし鞄と一緒に体育館に置いてあんのよ!!」
「は、はい!
ってウワッ!!」
着信29件、メール47件。差出人は勿論楢崎愛実だ。
「早くかけなさいよ!!」
「うわでもこれ、いや、はい!」
覚悟を決めて着信履歴から選択して通話ボタンを押した。
うう、絶対怒られ、
『一人で行動すんなって何回言ったら分かんだこのボケがぁ――――――ッ!!』
「ご、ご、ごめんなさい!!」
「うるさっ何!?」
ワンコール目すら聞けなかった。思考する時間すらなかった。
ど怒りの楢崎に今の状況を告げるのはひっっじょーに恐ろしかったが、横からさっさとしろとばかりの視線を向ける河南さんに急かされ、私は慎重に言葉を選びながらもかいつまんで市原さんによって部室のドアが破壊され、閉じ込められてしまったことを告げた。
『アホか!!今すぐそっち行くから!!』
「ごめん、ありがとう……」
『なっちゃん後で覚悟してお…あッ!!』
私の鼓膜よ、無事か、まだ動けるか。
突然の大声と言う名の弾丸に貫かれ、ぼわんとする右耳から携帯を左側に持ちかえ、少し離して楢崎の様子を探る。
『てめ、この……、待ておらブスッ!おい……ジー、つ……てそっ……』
所々にしか聞こえないがもしや市原さん達と遭遇したのだろうか。元ヤンこわい。
途中でブツリと切れてしまった携帯を三秒ほど見つめたあと、ゆっくり振り返って河南さんに一応来てくれるみたいだと報告した。
「どんな友達持ってんのよ……。
まあでも助けは呼べた訳だし、あとは待つだけね」
「あ、はい」
「…………」
「………………」
きまずい。
はあっ、と大きめの溜息をついて呆れ顔でこちらを見た河南さんをこわごわ見つめ返すと幾分か和らいだ表情と声色で沈黙が破られた。
「で、アイツは一体何な訳。なんで私まで閉じ込められてんのよッ!」
「実は彼女とは今日がほぼ初対面なんですけど……、知らぬ間に恨みを買っていたみたいでして……」
「…………知らぬ間にって言うけど、アンタのその態度が問題なんじゃないの?」
河南さんの言葉はいつも確信をつく。どくんと跳ねた心臓がそのまま早鐘を打って、じわりと汗がにじんだ。
「私は何も関係ありませんって顔して、我慢すんのが美徳だとでも思ってんの?そうやってもがく人間を見下してる訳?無関心がかっこいいとでも?」
「そんなこと、」
「あたしはッ!
言いたいことは我慢なんかしたくないし出来ない。好きな人には自分を見ていて欲しいし、誰にも負けたくないの!
松太くんがアンタを好きって言ったって、それ以上に私は松太くんが好きなの!!」
まっ……?
松太くん……?
「だからアンタがすぐ逃げようとする所がスゲームカつくのよ!
さっきだって周りの奴らかき分けても声かければいいでしょ!?全くもって私は認めてないけど、アンタは“彼女”なんだから!!」
河南さんの瞳の端に僅かににじむもとのを見とめ、私は慌てて声を張り上げた。
「かっ、“彼女”じゃないです!」
「はっ、はあ!?アンタ人を馬鹿にしてんの!?そんな見え見えの」
「いや!決して嘘とかじゃなくて!!純粋なる勘違いで……」
“彼女”はあの時一緒にバスケしてた、あの、
「なっちゃん、無事!?生きてる!?返事しろっコラ!!」
タイミングがいいのか悪いのか!
ドアをぶち破りそうな勢いで叩いている人物の声は、聞き間違いのない“彼女”のものだった。
「な、ならさきっ!」




