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第八章 標的は「楽しみ」

翌日、旭川中央警察署。


 神崎とみおを迎えたのは、片桐という刑事だった。


 第一印象は、決してよくなかった。


 神崎は、片桐を見て思った。


 ――面倒そうな男だ。


 片桐もまた、神崎を見て思った。


 ――面倒そうな学者だ。


 お互い、ほぼ同じことを考えていた。




「犯罪心理学者の神崎先生ですね。大森から話は聞いてます。」


「はい。よろしくお願いします。」


「先生、元FBIだか何だか知りませんけど、今は警察関係者ではないですよね?」


「はい」


「だったら、あまり首を突っ込まないでほしんだけどなぁー」


「あー、めんどくせぇ」そんな思いが、そのまま片桐の顔に出ていた。


みおは察しているが、神崎にはよく分からない。




「それは難しいですね」


「なぜ?」


「事件に興味がありますから」


「……」


「それに」


 神崎は少し考えてから言った。


「食べ物が関係している。それに、昨夜、同行している彼女の予約も突如キャンセルされました」


 片桐の眉が動いた。


「お連れ合いの予約も?」


「はい」


「……先生」


「何でしょう?」


「函館でもそうだったんですか?」


「そうです」


「朝食が食べられなかったとか?」


「……なぜ知っているんです?」


「顔に書いてあります」


 神崎は黙った。


 みおが横から口を挟む。


「零さん、分かりやすいんですよ」


「そうかな」


「かなり」


 片桐が吹き出した。


 神崎は少し不満そうだった。


 


片桐が資料を机の上に置いた。


「まぁ見てください。道内各地で、ある人物が楽しみにしていた食事を直前に失った…」


「はい」


「旭川でも似たようなことが起きています」


「何件?」


「今のところ三件。そこに、お連れ合いの件も加えると四件」


 神崎が資料を読む。


 ある人物は、予約していた店が突然休業。


 別の人物は、楽しみにしていた限定メニューが売り切れ。


 もう一人は、目の前で最後の一つを別の客に取られた。


 そしてその後、三人とも、不可解な嫌がらせを受けている。


「……」


 神崎は資料を閉じた。


「面白いですね」


 みおがすぐに言った。


「零さん、その言い方、やめたほうがいいと思う」


「なぜ?」


「事件の被害者に失礼だから」


「……確かにそうだ。」


 神崎は素直に反省した。


片桐が笑う。


「先生、意外と素直なんですね」


「私は常に合理的です」


「それ、自分で言う人はだいたい面倒なんですよ」


「あなたもそう見えますが」


「……」


片桐が黙った。やっぱり、この人面倒くさい…




その時、扉が大きく開いた。


「やぁ先生っ!また会いましたな」


渋い面構えの男が姿を現す。


「榎本さん?」


「函館署からの応援ですわ。調べたらこっちの事件、函館の手口と酷似してるってことで」


片桐が、榎本を紹介する。


「こいつ同期なんですよ、大学の時から俺と腐れ縁で」


「腐れ縁とは失礼だな。もっと他に言い方あるべや、お前どれだけ俺に迷惑かけたんだよ。」


榎本が大袈裟に抗議する。


「でも事実でしょ!?お互い酒で失敗するわ、同じ人に告白してフラれるわで…」


「その話、今必要か?」


「大体お前はなぁ…」


「お前だってあのとき…」


不毛なののしり合いが続く。まるで小学生の喧嘩のようだ。


みおが思わず笑う。


「お二人、仲いいんですね」


「「良くない!」」


二人が声を揃えて否定するのを見て、みおは確信した。


「絶対、良いです」


「まぁ確かに…悪くは、ないですわな」


「そうだな…」


二人とも、少し照れくさそうに黙った。


「ほら、やっぱり仲いいじゃないですか」


みおが笑った。




榎本が改めて、資料を確認する。


「今回の被害者リスト、見せてもらって良いですか」


「もちろんです」


神崎が資料を渡す。


榎本はじっとそれを見つめた後、ぼそりと言った。


「これ……被害者、全員SNSに"楽しみ"って、投稿してますね」


一同、はっとする。


みおが身を乗り出した。


「本当ですか?」


「そう、函館の事例もそうだった。もしかしたら犯人、SNS見て獲物を選んどるじゃないでしょうかねぇ」


神崎の目が鋭くなる。


「つまり、期待の大きさを事前に可視化できる指標として、SNSを利用しているということか」


「…あくまで仮定の話ではあるが…可能性は否定できないか。」


みおが少し青ざめる。


「じゃあ、わたしが焼き鳥店の予約を、SNSに投稿してたの……」


「投稿してたんですか!?」


「はい、日記の代わりみたいなものですが…"旭川の新子焼き、たのしみ"って」


「それを見ていた可能性が高い…か…」


「じゃあわたしも狙われていたってことに?」


神崎が静かに頷いた。


「つまり犯人は、身近なところにいる、あるいは我々の動向を注視している可能性がある」




部屋の空気が、わずかに変わった。


片桐が腕を組む。「そこまで分かってるなら、話は簡単じゃないな」


榎本も頷いた。「函館から旭川まで、偶然にしては出来すぎだろう」


みおがぽつりと言った。


「でも、わたし……」


三人がみおを見る。


「ただ、新子焼きを楽しみにしていただけなんですけど……」




一瞬、沈黙が流れた。


片桐が言った。


「……まあ、それはそうですね」


榎本も頷く。


「俺らも、まさか焼き鳥から捜査が始まるとは思いませんでしたわ」


神崎は真剣な顔で答えた。


「焼き鳥を侮ってはいけません。」


「先生」


片桐がすぐに止めた。


「今は事件の話ですよ」


「事件です」


「いや、分かってるけど!」


「新子焼きが関係している可能性も――」


「まだ分からんでしょ!」


みおが吹き出した。


榎本も笑った。


片桐は頭を抱えた。


――やっぱり、この先生は面倒だ。


片桐は、心の中で改めてそう思った。




しかし同時に、


この男がこの事件の何かを掴むかもしれない。


そんな予感もほんの少しだけ感じていた。

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