第五章 「みお、飛ぶ」
翌日早朝、みおは羽田空港にいた
早朝の羽田空港。
みおは、キャリーケースを引きながら、日東航空のカウンターへ向かった。
昨夜の電話後、神崎から送られてきた航空券の情報を確認し、指定された便のチェックインカウンターに立っていた。
そもそもの始まりは、朝だった。
自宅マンションの前に、黒いリムジンワゴンが停まっていた。
「横田みお様でいらっしゃいますか」
運転手は、みおを見るなり、そう言った。
「……はい」
「空港までご案内いたします」
「え?」
「神崎様より承っております」
「ああ……」
零さんか。
そこまでは理解できた。
ただし、理解できたからといって、納得できたわけではない。
――なんで?
という疑問を抱えたまま、みおはワゴンに乗った。
車内はやたら広く、やたら静かだった。
ちょっとしたお菓子やミネラルウォーターまで置いてあった。
――空港まで行くだけなんだけど。
そう思いながら、みおは窓の外を眺めていた。
そして、羽田空港に着いた。
「ありがとうございました」
みおが降りようとすると、運転手が穏やかに微笑んだ。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
「はあ…」
何を?空港で?
みおが首をかしげながら日東航空のカウンターへ向かうと、スタッフがすぐに気づいた。
「横田みお様ですね」
「はい」
「お待ちしておりました」
「……何を?」
「どうぞ、こちらへ」
「えっ」
みおが何かを聞く間もなく、スタッフはカウンターの横を通り過ぎ、一般の搭乗客とは別の方向へ歩き始めた。
「あの、チェックインは」
「すでにお済みです」
「いつ?」
「さあ」
「さあ?」
みおは思わず立ち止まりかけた。
だが、スタッフは何事もなかったかのように進んでいく。
その先にあったのは、落ち着いた雰囲気のラウンジだった。
「こちらでご搭乗までおくつろぎください」
「……」
「朝食もご用意しております」
「……」
「何かご希望がございましたら、お申し付けください」
「……あの」
「はい」
「私、今日、旭川に行くだけなんですけど」
スタッフは、にこやかに答えた。
「承知しております」
「そういう意味じゃなくて」
しかし、その説明をする前に、目の前に朝食が運ばれてきた。
焼き立てのパン、卵料理にサラダ。果物、コーヒー。
そして、なぜか小さなデザートまでついている。
みおは、しばらく料理を見つめていた。
「……せっかくなので、いただきます」
断る理由もなかった。
美味しかった。
状況を理解はできなかったが、美味しかった。
「どうぞ、ごゆっくり」
「はい……」
結局、みおは出発までの時間を、妙にふかふかしたソファの上で過ごすことになった。
周囲には、明らかに仕事のできそうな人たちが静かに座っている。
スーツ姿の男性。
海外へ向かうらしいきりっとした女性。
企業の重役らしき人物。
自分だけ、場違いだった。
――零さん、いったい何をしたの?
そんな疑問を抱えたまま、搭乗時間になった。
案内された座席を見て、みおはもう一度、航空券を確認した。
最前列。
広い。明らかにエコノミーシートより広い。
「……」
一度、後ろを見た。
見慣れた普通の座席が並んでいる。
もう一度、自分の席を見る。
やっぱり広い。
「ここ、ですよね?」
客室乗務員に確認すると、笑顔で答えが返ってきた。
「はい。横田様のお席でございます」
「プレミアシート?」
「はい」
「……」
――なんで?
みおは、ついにそれしか考えられなくなっていた。
座席に腰を下ろす。
広い。
足が伸ばせる。
前の席を気にする必要がない。
隣との距離も、妙にある。
――旭川まで行くだけなんだけど。
飛行機が離陸した後も、みおはしばらく落ち着かなかった。
飲み物を勧められる。
やたら丁寧に声をかけられる。
そのたびに、
「ありがとうございます」と答えながら、心の中では、
「……場違いすぎる」と、小さく呟く。
これまでみおは何度か飛行機に乗ったことはあるが、
こんなにも違和感だらけのフライトは初めてだった。




