第四章 札幌の夜
函館から札幌へ向かう特急列車の中。
神崎は列車の中で資料を読み続けていた。
そして札幌に着いた夜。
この日函館で食べ損ねていた神崎は、
函館での憂さ晴らしかをするかのように店を数件はしごした。
寿司、スープカレー、ジンギスカン…
しかし一件のラーメン店で、またしても「食べ損ね」が起きた。
神崎は店の外で腕を組んでいた。
「……またか」
神崎はラーメンを諦め〆パフェの店に入った。
札幌ではパフェで〆る文化があるらしい。あくまで研究のためだった。
少なくとも本人はそう思っている。
北海道産のミルクや果物がふんだんに使われたパフェが運ばれてきた。
ラーメンは心残りだが、これはこれでじつに興味深い体験だった。
ひとり唸っていると、隣の席に一人の女性が座った。
「いい男性がこんな夜にお一人ですか?」
「はい」
「北海道は、初めてですか?」
「違います。何度か」
「ご旅行?」
「実地調査といったところですかね。札幌には、まぁ…羽を休めに」
女性は笑った。
「まぁ、それは大変ですね」
「非常に」
しばらくして、女性が言った。
「食べることって、楽しみですよね」
神崎は少し考えた。
「そうですね」
「だから、それを邪魔されたら……嫌ですよね」
神崎は女性を見る。
「ええ、かなり。「食べ物の恨みは怖い」とはよく言ったものです。」
女性は笑った。
「ですよね」
彼女はそれ以上何も言わなかった。
神崎も特に気に留めなかった。
だが、この何気ない会話が、後に事件の重要な証言になる。
札幌のホテル。22時をまわったところ
神崎は一人で資料を見ていた。
ふと、卓上のカレンダーに目が留まる。
――今週はまだ、みおと食事ができていない。
"週に一度の食事"は、交際が始まって以来、ほぼ欠かさず続けてきた習慣だった。
だが、今回の出張で、一週間近くその習慣が途切れていた。
――仕方のないことだ。
神崎は、そう自分に言い聞かせた。
みおともそのことを話した際、二人ともあっさりと、「なら仕方ありませんね」と、割り切ったはずだった。
だが、こうして一人、資料に、向かっていると、なぜか集中力が続かない。
「……」
神崎は、しばらく、その違和感の正体を掴みかねていた
思い立って神崎はスマートフォンを手に取った。
画面には横田みおの名前。
しばらく見つめ、電話をかける。
「もしもし?零さん、どうしたの?こんな時間に。」
みおの声。
「夜分遅くに申し訳ない。今、大丈夫か?」
「はい。ちょうどお風呂から上がったところです。どうしました?」
神崎は資料を見る。
「旭川に来てほしい」
一瞬、電話の向こうが静かになる。
「……旭川?」
「ああ」
「何かあったんですか?」
「事件の調査だ」
「事件……」
「君の知識が必要になる可能性がある」
みおは少し考えた。
「いつですか?」
「明日」
「明日!?」
「急で悪い」
「零さん、私、今、東京ですよ?」
「分かっている。早朝の便なら、昼前には旭川につける。」
「それはそうですけど、今からだと飛行機高いですよ?」
「後で僕が払う。むろん、滞在費もだ。」
「……」
みおは黙った。
「どうした?」
「いえ」
「何か問題があるか?」
「……ありません」
声が少しだけ明るくなった。
「じゃあ、行きます」
「すまない。とても助かる」
「零さん」
「何だ?」
「……私が来るの、そんなに助かる?」
神崎は考えた。
「とても助かると言ったじゃないか。ぼくの気持ちは伝わったと思っていたが」
みおの顔が、電話の向こうで少し緩む。
「……そうですか」
しかし神崎は続けた。
「事件の解決に」
「……」
みおの表情が戻る。
「はいはい。分かりました」
「みお」
「何ですか」
「それと…」
神崎は、少し間を置いた。
「今週は、まだ食事ができていなかったから…」
「……あ」
みおの、声が僅かに変わった。
「そうですね。でも、零さん出張だから仕方ないねって話になりましたよね」
「ああ」
「零さん、もしかして」
「もしかして?」
「それも理由の一つだったりします?」
神崎は、しばらく沈黙した。
「……分析としては、事件の調査が主たる理由だ」
「主たるということは?」
「つまり、副次的な理由も存在するということだ」
みおは電話の向こうで、小さく笑った。
「零さん、素直に言えばいいのに」
「……」
「君に会いたかった、さみしいんだって」
神崎は少し決まり悪そうに答えた。
「…否定はしない」
「……ふふ」
みおの声が、明らかに嬉しそうに弾んでいた。
「何か言ったか?」
「何でもありません。じゃあ、また明日。おやすみなさい。」
電話が切れる。
みおはスマートフォンを見つめる。
そして、小さく笑った。
「……ほんと、鈍いんだから」
そして、微笑みながらスーツケースを押し入れから引っ張り出した。




