92 神の目的
「サチさん、サチさん」
その声で意識が戻ってくる。頭が割れるように痛くて、吐き気もひどい。こんなことなら、まだ意識を失ってたかった。
うっすら目を開けたら、光が満ちている。ひょこっと創造神さんが私を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない。めちゃくちゃ気持ち悪い」
創造神さんがほいっと光の粉をかけてくれると、身体が軽くなって、痛みも吐き気も消えていく。
「さすが神」
「まあね」
私はゆっくりと身体を起こす。どれくらい寝てたんだろう。身体がバキバキで痛い。
「私、何かの病気?」
「ううん、分身の使い過ぎ。二人分働いてるんだから、二人分の疲労が本体の君に溜まるのさ。つまりは過労ってやつ」
二人分の疲労が本体の私に溜まっていくなんて、たまったもんじゃない。いや、オヤジギャグじゃなくて。
「そういうことは、先に言っといてよ。相変わらず仕事がザルだなぁ」
「便利な能力には代償もあるの。常識でしょ」
創造神さんは宙に浮きながら、おどけた顔を見せる。
「ちなみに今、マリウスが吊るし上げられてるよ」
「な、なんで?」
「最初はジークが責められてたの。ジークに見つめられた貴婦人や令嬢がぽーっとなって倒れちゃうことってよくあるから、お前のせいだろって」
バルツァー侯爵は魔性だからな。ありうる。
「だけど呼ばれた医者が”ご懐妊かも”ってつぶやいちゃったもんだから、今度はアロイスとテオとベルント伯爵が”順番が違うだろ”ってマリウスに激怒してさ。イヴォンが”そう言えば最近月のものが遅れてらっしゃった”とか言って、火に油を注いで」
「ええっ!?そんなはずないのに」
私たちはキス止まりだってば。生理が遅れてたのも、過労のせいなんだろうし。
「そうだよね。それに仮に二人の間にそういうことがあったとしても、サチさんは妊娠できないから」
何でもないことのように発された「妊娠できないから」という言葉に、どくんと心臓が跳ねる。
「え…」
妊娠できない?転生前の身体と同じように?
どういうこと?
だってここに来たときの私の希望条件は…
いやそもそも、私は「広くてきれいな家」を希望したのに、風が吹きすさぶ山小屋に転生されられた。それに「優しい旦那様」は自分で探すことになった。
それでもマリウスさんと結婚することになって、広くてきれいな家に住んでいる今、「創造神さんは嘘をついてたわけじゃなかったんだな。希望条件は自分で叶えていくんだ」って思って、最後の条件も叶うって信じてたのに…
私は唇を噛んだ。
「最初から全部嘘だったの?」
「人聞きが悪いなぁ。嘘なんてついてないよ。ただ、今のままじゃ無理なの」
「どういうこと?」
創造神さんは肩をすくめて笑った。笑ってるのに、寂しそう。
「…僕の姿、なんでサチさんだけに見えるんだと思う?」
「ええと…創造神さんが私を異世界から転生させたから?」
「ちょっと違う。正確には、サチさんが異世界の人間だから。サチさんがまだこの世界の人間じゃないから、僕は君と話したり君を分身させたりできるんだよ。で、異世界の人間とこの世界の人間がそういうことをしても、子どもはできない。波長が合わないから」
創造神さんは「子どもを望むならこの世界の人間にしてあげる。簡単だしすぐ済むよ」と私に手を伸ばした。
待て待て、早まるな。説明が足りんし理解も追いついてない。私は彼の手を払う。
「なんで今まで、私は異世界人のままだったの?なんで今さら、私をこの世界の人間にしようとするの?」
「君をここに呼んだ目的はもう果たせたから、これからは異世界人でいてもらわなくてもいいの」
「私を呼んだ目的…?」
私がここに転生したのは、創造神さんの気まぐれでも偶然でもないってこと?
でも考えてみたらそうだ。異世界転生にはたいてい理由や目的がある。「世界を瘴気から救う」とか「推しの闇落ちを阻止する」とか。
「何が目的だったの?」と自分で聞きながら、私ははっとした。
《ブリギッテの寿命を延ばすために、けっこう力を使っちゃってさ》
あのとき感じた疑問。創造神さんは、リスクを引き受けてまでおばあちゃんの寿命を延ばした。
なぜ?
《クリスタにたっぷり愛情を注いでから喜んで逝ってくれたし、苦労した甲斐はあったかな》
「クリスタちゃんに愛情を注いでもらうため…」
創造神さんは「自分のことには鈍感なのに、子どものことになると急に勘が鋭いなあ」と苦笑した。
「クリスタちゃんはあなたにとって、何?」
「…妹だよ。正確に言うと、妹の生まれ変わり。もう何十回目かのね。数えるのもやめちゃった」
ブルーノ先生から借りたこの国の神話には、「創造神は双子だ」と書いてあった。双子の兄と妹。噴水の銅像も男女の二人組だった。
「その通り」
創造神さんは空中にあぐらをかいて座る。
「僕とエレシュは、天界で二人きりで暮らしてた」
ある日暇で暇で仕方なかった二人は、箱庭をつくり、中に人間を置いてみた。すると人間たちは愛し合ったり喧嘩したりしながら子どもを増やし、自分たちの世界を広げていった。絶え間なく変化する人間の暮らしに興味をもった妹神は、「自分も人間になりたい」と言い出した。
「クリスタちゃんっぽい」
「だね。でも僕は止めたんだ」
《人間になったらいつか死んじゃう!ここに戻ってくることもできないんだよ?》
《ずっと生きているのも退屈だし、ここにはウル兄様しかいなくてつまらない。だけど人間の世界に行けば、たくさんお友達ができると思うの。きっとすごく楽しいわ》
《エレシュは死と闇の神なんだよ。人間たちは死と闇を恐れているんだから、仲良くしてもらえるわけない》
《やってみなきゃわからないでしょ。見てて、絶対にお友達を作るわ》
妹は兄の制止を振り切って人間になった。そして兄が心配したとおり、強すぎる力のせいで人間たちと仲良くできないままに亡くなった。兄が流した涙は、山を削り川と海をつくったとされている。
「今この世界に残ってる神話はそこまで。でも実際には、それで終わりじゃなかった」




