85 生きてて
リーナさんは「サティさん、しっかり」と私を抱え起こしてくれる。
「生きてますよね?」
そんなこと聞いたって、リーナさんが答えをもってるわけない。だけどどうかお願い。
「マリウスさんは生きてますよねっ?」
私はすがるように彼女の手を握りしめる。リーナさんはこくんと頷いてくれた。それだけで救われるような気がする。
「店長はああ見えて鍛えてたから、大丈夫よ」
確かにそれはそうだ。胸板硬かったもん。いつだったかの感触にすがって、大丈夫だって信じたい。
「びっくりさせてごめんなさい。もうちょっと話し方を考えるべきだったわ。中でカモミールティーでもどうぞ」とリーナさんは店の奥に案内してくれる。
果物の箱が並んで爽やかな匂いが漂う廊下は、以前と全然変わってない。
だけど彼はもうここにいない。じゃあ私がここにいる意味って、なに?
「意味なんてないじゃん」
マリウスさんがいないのに、私がいる意味ない。
私は漫然と動かしていた足を止めた。
「ごめんなさい、リーナさん。お心遣いに感謝します。でもカモミールティーは結構です。私、行かないと」
「行くってどこに…」
「サティさん!?」という声を背に、私は通りに出て駆けだす。
「きれいなお姉さん、俺たちとお茶でもしない?」とかいう声はフル無視。有無を言わさずクロに飛び乗ってエルドルフに戻り、テオくんの前を塞ぐように飛び降りて、手のひらを差しだす。
「テオくん、指輪を貸してほしいの」
「急になんだよ」
私は事情をかいつまんで説明する。
マリウスさんがアイゼンハルト軍で戦闘に参加していること。私は彼を探しに行くこと。アイゼンハルト軍にたどり着いたときに怪しまれないよう、テオくんがアイゼンハルト伯爵からもらった指輪を借りたいこと。
「俺も行く」
「だめ。危険だもん」
「俺がだめでサティはいいなんておかしい。そもそもアイゼンハルトは俺の”実家”だし、俺のほうが強いし、アイゼンハルト軍がどこにいるかも俺は知ってるし。サティは知らないだろ?」
「場所は教えてくれたらいいだけじゃん!」
「機密だから無理。それに指輪は外しちゃいけないって伯爵から言われてるから、貸せないしな。俺の手首を斬り落として奪うか?」
「冗談やめてよ」
「押し問答してる時間が惜しい」
テオくんはクロに乗って、私に手を伸ばす。
「行こう、サティ」
ーーー
エルドルフから、テオくんが把握してるアイゼンハルト軍の駐屯地まで、連れて行ってもらう。食欲なんてないけど、「一時間かかるから、何か食え」とテオくんに促されて、さっき買ったばかりのバッシュおじさんのパンをかじる。
「前より美味しくなってる…?」
「そういえばバッシュおじさんから手紙が来てたよ。俺が開発した魔法パン窯を導入してから、遠方からも客が来る名店になったって」
「テオくんの火加減を再現する窯?」
「ああ。来年カウンティタウンに店を出して、ゆくゆくは王都にも進出するつもりだってさ」
「すごいね」
こんなときなのに、なんて平和な世間話。だけどちょっとだけ気は紛れる。クロが「ちょうだい」と首を曲げたので、口に残りのパンを押し込んであげる。「ぐふ」と満足そうな声がして、スピードがあがった。
「好きな女が好きな男に会いに行くのに同行するなんてな」とテオくんがこぼす。
「ですよね…」
気まずすぎる。でもついてくるって言ったのはテオくんだしさ。
「でもこれで諦めがついたかも」
「え?」
「指輪を渡せって俺にすごんだときのサティの顔。子どものこと以外で、サティがあんな顔するのは初めて見たから」
すごんだつもりは一ミリもないけど、一体どんな顔してたんだろう。必死な顔だったんだろうな。
「おじさんのことが本当に好きなんだってわかった」
「うん」
私だってずっとわかってたのに、行動を起こすのが遅すぎた。マリウスさんから気持ちを伝えられたときに正直な気持ちを話していれば、彼が戦争に行くこともきっとなかったのに。
私のせいだ。そのせいで経緯はどうあれ、結局テオくんまで巻き込んでる。
「巻き込んでごめんね」
「アイゼンハルトに行くことについては気にすんな。そもそも俺の家のことだしな。伯爵には”来るな”って言われてるけど、一回行ってみたかったし。つーか、伯爵の攻め方はぬるすぎる。なんでこんなに時間がかかってるのか理解できねえよ」
「これ、言葉遣い」と私はテオくんの腕を叩いた。
「だってさ、俺個人からも魔法師団からも何度も助力の提案はしたんだぞ。魔法使いが力を貸せばすぐ終わるって。なのにそのたびに断りやがって。俺を養子にした意味がまるでないだろ」
「戦争に関わらせたくない親心じゃないの?」
「会ったこともない養子に親心?」
「アイゼンハルト伯爵は優しい人なんだよ。手紙はいつも丁寧だし、私なんかにも誕生日カードくれるし」
「優しさとか、戦場では余計だろ」
「そうかもしれないけど…」
そう言ったときに、「あそこだ」と少し緊張したテオくんの声がした。
眼下にいくつものテントが見える。兵士たちが「ドラゴンだ」とこっちを見上げているのも見える。あの中の一人が、マリウスさんかもしれない。私は必死で目を凝らす。
「いた!クロ!あそこ!マリウスさん!!」
私の語彙と文法よ。
楓の描かれた旗が周りに立てられている、一番大きなテントの前。
「サティさん…とテオくん?夢、なのか…?」
緑の目を大きく見開くマリウスさんの前に、クロはふわりと降り立った。




