83 必要なもの
「はい。ハインツ隊長」
どういうこと?この二人に面識が?
そう言えばおじいちゃんはいつか、「ベルント軍のミケルっていやあ、ちっとは名の知れた兵士だったんだ」って言ってた。ベルント軍で伯爵と一緒に戦っていたということか。
「元気だったか」
「はい、隊長」
「あれ以来だな。栄光よりここを選んで幸せか」
「はい、隊長」
沈黙。
いや、二人だけで完結しないで。二人以外は全員置いてけぼりだし、気になり過ぎる。私は「んんっ」と咳払いした。
「お二人はどういうご関係ですか?」
ベルント伯爵はまだちょっと震えてる声で教えてくれた。
おじいちゃんは「ちっとは名の知れた兵士」どころじゃなかった。名のある敵将を何人も生け捕りにしたり奇想天外な作戦で味方を勝利に導いたりして、平民ながらベルント軍内で異例の出世を続けていたそうだ。
ある日おじいちゃんに絶体絶命のピンチを救ってもらったベルント伯爵は、おじいちゃんに「自分の妹と結婚し、男爵にならないか」と提案した。
貴族の仲間入りだなんて、「異例の出世」の極み。
なのにおじいちゃんはあっさりと断った。
《田舎に帰って好きな女と暮らすんだ。あいつは村から動きたがらないから、俺も村に住むしかねぇ》
《だがベルント軍には、お前の力が必要だ》
《軍が俺を必要としてても、俺が必要としてるのは軍じゃねえ。ブリギッテなんだよ》
私からしたら「おばあちゃん愛されすぎてて尊死」なんだけど、伯爵にはまったく理解不能だった。
《なぜなんだ!?土地と栄誉、それこそが男のロマンだろう》
《俺が軍隊に入ったのは、好きな女に結婚式と家とロバをプレゼントしたかったからだ。これまでの稼ぎで目的は果たせるから、もう十分だ》
伯爵がどう説得してもおじいちゃんは折れず、軍隊を辞めて村に帰ってしまった。愛を貫いたおじいちゃんと、へそを曲げてしまった伯爵は、それきり今日まで何十年間も会わないままだったのだ。
「お前が後悔して、”男爵にしてくれ”と泣きついてくる夢を何度も見たよ」
「実際には、私も後悔したことが何度もあります。家内と喧嘩して家を追い出された雪の日や、子どもに”上の学校で勉強がしたい”と言われて金の工面に苦労したときなんかに…」
「だったら…!いつだってお前が戻って来たなら、わしは受け入れただろうに」
おじいちゃんは首を振った。
「それでも、やはりここで地に足をつけて生きるのが自分の人生だったと思うのです。いくら金と栄誉が落ちていても、血で染まった大地は私の生きる場所ではありませんでした。人の羨むような暮らしはできても、自分らしく生きてはいけなかったでしょう。それが幸せだとは思いません」
「何の話をしてるの?」という目で二人を見ているレオくんとクリスタちゃん。何となくわかり始めている私とテオくん。おじいちゃんは私たち四人を優しい目で見つめる。
「ここに戻らなければ、この子たちにも会えませんでした」
「…そうだな」
「それにここに戻って年を重ねたからこそ、こうやって閣下と穏やかにお話しできています。これ以上の幸せがあるでしょうか」
「そうだな、ミケル」
伯爵はまた一歩おじいちゃんに近づいて、腕を広げた。大柄な伯爵が、小柄なおじいちゃんをぎゅっと抱きしめ、おじいちゃんも伯爵の背中に腕を回した。
「会いたかったぞ、戦友よ」
「私もです、《《隊長》》」
伯爵夫人がふふっと笑って、「思い出話のおともに、一番上等なお酒を開けましょう」と手を叩いた。
「薬だけじゃなくて食材もたっぷり持ってきたの。野外パーティーよ!」
「そうしよう。ミケル、来てくれ。ベルント軍伝説の英雄を、若い奴らに紹介したい」
ーーー
おじいちゃんと伯爵は、伯爵家の騎士さんたちに「すごすぎる」「信じられない」と称えられながら、そして村の人たちには「おんじの昔話は嘘じゃなかったのか」って感心されながら、戦場での思い出話に大輪の花をいくつも咲かせ、挙句べろべろに酔っぱらってしまった。
騎士さんとテオくんに手伝ってもらい、二人をおじいちゃん家のベッドに寝かせる。
本当なら村長さんの家に泊まるはずだったのに、伯爵が「ミケルの家に泊まる」とごねたのだ。騎士さんたちは「警備が」「荷物の移動が」とてんてこまいだったけど、伯爵は頑として譲らなかった。
「騎士の皆さんも大変ですね」
「あんなに嬉しそうな閣下を見たのは初めてですので、そのためなら。それにミケルさんは本当の英雄です。あの歴史的な大勝がミケルさんの一瞬の判断で…いや、もう、かっこよすぎて語彙を失います」
英雄って遠い存在だと思ってたけど、意外に近くにいるもんだ。私はそっとおじいちゃんに掛け布団をかける。
「おじいちゃん、私たちは村長さんのお家に泊まらせてもらうからね。明日の朝ちゃんと身体を洗ってよ」
「了解、隊長…」
「私は伯爵じゃないってば」
思わず笑ったら、ぱちっとおじいちゃんが目を開けた。
「サティ」
「うわびっくり。なに?」
「うまく生きるより、幸せに生きろよ」
「え…うん」
「必要とされるのも大事だが、自分が必要としてるものを見失うな」
いいことを言われた気がして、私も何かいい答えをひねり出さなきゃと思ったら、おじいちゃんはもう目を閉じていびきをかいていた。
「…そういうちょっといいことは、素面のときに言うもんじゃないの?」
呆れながら掛け布団をかけ直して、私は外に出た。ひんやりしたエルドルフの夜の風が、頬をなでてくれる。
「私が自分が必要としてるもの…か」




