82 帰ってきた
アーデルハイドさんの手紙には、「おじいちゃんが床に臥せっていて、長くないだろう」とあった。
私がバタバタしているのを見て勘づいたレオくんが「僕も行く、絶対」と言い出し、「王太子殿下の旅行の付き添い」としてエルドルフ行きは公務になった。
結果、たいそうな護衛がつき、さらに「テオやクリスタの恩人ならできるだけのことはしなくては」とベルント伯爵夫妻まで薬を山盛りに積んで同行することに。おじいちゃんは私の恩人でもあるけど、あの二人はいつも私のことはカウントしない。もう慣れたからいいけどさ。
頻繁に馬を変え、通常より早く馬車は進んでいく。
「おじいちゃん、大丈夫だよね?」
「もちろんだよ。おじいちゃんは強い人だもん」
「そうだよね。おじいちゃんは木登りが上手だし薪も割れるもんね」
そうであってほしい。「どうか間に合って」と祈りながら、私は「うん」と笑顔をつくる。
エルドルフに着いたら、アーデルハイドさんが駆け寄ってきた。
「サティ!」
「お久しぶりです、アーデルハイドさん」
「なんだい、堅苦しいね」
「じゃあ…ただいま?」
アーデルハイドさんは満足げに頷いた。
「おじいちゃんは?」
「早く会いに行っておあげ」
クリスタちゃんとレオくんがおじいちゃんの家に向かって走り出す。その後ろ姿に、ここでみんなで走り回っていたときの光景が蘇る。
帰ってきた。黄泉の国からじゃないし私は戦士でもないけど、帰ってきた。
「ただいま」
懐かしい匂い。そしてベッドに腰掛けているおじいちゃんは、年齢の割にはイケてるままだった。懐かしい。
「すっかり貴婦人じゃないか、サティ。きれいだ。わしがせめて四十歳若かったらなあ」
「もう!おばあちゃんに怒られるよ?」
「そうだな」って、おじいちゃんはちょっと笑って、私も合わせて笑う。思ったより元気そうでほっとするけど、少し小さくなったようにも見える。
「体調は大丈夫なの?」
「おい、その話はテオに伝えただろ」
「どういうこと?テオくんは何も…」
「聞いてないのか?だから来たのか?」
「いや、何の話をしてるのか、意味がまったくわからないんだけど」
「俺が説明するよ」と声がして振り返ったら、テオくんがドアにもたれていた。
「テオくん!なんで?」
おじいちゃんの体調が悪いらしいとテオくんに伝えたとき、彼はあっさりと「四週間も休んでエルドルフに帰るのは無理」と答えたのに。
《なに言ってるの、もう二度とおじいちゃんに会えなくなるかもしれないんだよ?》
《無理なものは無理。じいちゃんもわかってくれる》
《この薄情者!あとから泣いて頼んだって連れてってあげないからね!》
「行かないとは言ってないだろ。一カ月も休むのは無理だけど、一日抜けるくらいならできる。クロなら王城からここまで一時間だからな」
…なんと、その手があったか。
私から話を聞いたその日のうちに、テオくんはエルドルフに帰っておじいちゃんに会い、手紙の内容が大袈裟だったと知った。
おじいちゃんはりんご園を手伝っていて脚立から落ちたものの、身体が痛くてしばらく寝ていただけで、もう回復してぴんぴんしていたのだ。
「じゃあなんで、アーデルハイドさんはあんな手紙を送ってきたの?」
このあたりの成人女性の多くがそうであるように、アーデルハイドさんは字を書くことに不慣れ。「ベッドで寝込んでる」と書きたくて、「手紙の書き方・マナー」という本で似ている例文を探してそのまま書き写したら、「床に臥せっていて、長くないだろう」になってしまったと。
「ちょ、何それ…いや、大したことなくてよかったけどさ…」
私はへなへなっと、クッションもない硬い椅子にもたれるように座った。
「なんですぐ教えてくれなかったの?」
「久々に会いたいだろうと思ってさ。レオも行く気になってて、公務扱いになるってことだったし」
「禿げそうなくらい心配した気持ちを返してよ」とぶつぶつ言う私を押しのけるように、レオくんとクリスタちゃんが「おじいちゃん!元気なんだね!」とおじいちゃんに飛びつく。
「聞いて!クリスタね、新しい友達がいっぱいできたんだよ。一番の仲良しはロゼマリア!あとこのクマはエステルが作ったの!」
「僕はルカスとアドリアンとユリウスとリオネル!」
「勉強もいっぱいしてる!」
「僕の絵はコンクールで入選したの!」
聞いて聞いて攻撃がすごい。おじいちゃんは「そうか」と言いながら、私に目を向けた。
「立派に子どもたちを育ててるな、サティ」
「みんなが助けてくれるから、何とかやっていけてるだけだよ」
これは本当にそう思う。たくさんの人が関わって助けてくれるから、やっていけてるだけだ。昼食はよく噛んで食べられるし、コーヒーだってゆっくり飲めるんだもん。もしひとりだったら、前みたいに余裕をなくして爆発してた。
「助けてもらえるのも才能だ」
「私には人に恵まれる才能があるのかもね。最強だなぁ、それ」
そうだ、私を助けてくれる人と言えば。
「おじいちゃんに会いたいっていう人たちが王都から来てるの。入ってもらっていい?」
「誰だ」
「私とクリスタちゃんを養子にしてくれたご夫妻だよ」
私は「うちの領地だが、ここには来たことがなかったな」「気持ちのいいところですわね」と村を見回しているベルント伯爵夫妻を、おじいちゃんの家に迎え入れた。
「じゃん!ベルント伯爵夫妻だよ。ここの領主様だから、名前はもちろん知ってるよね?」
ベルント伯爵夫妻に「ミケルさんです」とおじいちゃんを紹介しようとして、私は動きを止めた。
伯爵の様子がどう見てもおかしい。おじいちゃんを凝視しながら、身体を小刻みに震わせている。
「伯爵!?大丈夫ですか?」
「あなた、どうなさったの?」
伯爵は私と夫人の問いかけには答えない。ただおじいちゃんだけを見ている。
運命の人と再会したみたいに。
「ミケル、なのか…?」
おじいちゃんはベッドから立ち上がり、すうっと背筋を伸ばした。
「はい、ハインツ隊長」




