81 ちょっと聞くけどさ
「闘技場に案内したばかりに」と謝罪する先生にこっちが謝り倒し、アロイスさんやママ友さんたちのお見舞い攻撃を受け止め、救出した子どもたちの預け先や奉公先を見つけ、足首の痛みをこらえながら何とか歩けるようになった。
「ようやく落ち着いたな」
オットマンに脚を乗せながら呟いたとき、部屋に神々しい光が満ちた。これは、彼だ。
「創造神さん」
「サチさん、会うのは久しぶりだね」
なんだ、この悪びれのなさは。
「そうだよ、久しぶりすぎるよ!危険な目にあってたのに、全然助けてくれなかったじゃん!前国王の兵隊に追われたり、人攫いに攫われたり、大変だったんだよ」
「ごめんねぇ。見えてはいたんだけど、力がなかなか戻らなくて」
王城に来た日、噴水の像が同じようなことを言ってたような気がする。
「力が戻らなかったってどういうこと?」
「ブリギッテの寿命を延ばすために、けっこう力を使っちゃってさ」
ブリギッテとは、つまり第一村人のおばあちゃん。
「おばあちゃんの寿命を延ばした…?」
「そ。あの子はもともと、サチさんがテオとクリスタを引き取ってすぐのタイミングで死ぬはずだったんだ」
それを、創造神さんの力で引き延ばしていたのだという。
「神は万能だって勘違いされがちなんだけど、本来僕は《《この世界の人間》》に干渉できないし、ノーリスクで何でもできるわけじゃない。その原則を曲げてまで、寿命を延ばすなんてハードな干渉をしちゃったもんだから、反動がすごいんだよね」
「創造神さんのおかげで、おばあちゃんと長く過ごせた…?」
「そ。ブリギッテもクリスタにたっぷり愛情を注いでから喜んで逝ってくれたし、苦労した甲斐はあったかな」と創造神さんは満足そうに笑った。
「とにかく僕が出てこられない間も、サチさんが無事でよかったよ。アロイスとテオが守ってくれたおかげだねぇ」
「…?確かにテオくんは人攫いから守ってくれたけど…」
創造神さんは「はは、アロイスって不憫だなぁ」と笑う。
「アロイスはずっと君を守ってるよ。護衛もつけてるじゃない。あの女装の男性…偽名はマグダレーナだっけ?彼女っていうか彼っていうかあれは、マナー講師じゃなくて凄腕の護衛だよ」
「はい?」
先生が筋肉質なのは、鍛えてる女性じゃなくて男性だから?しかもマナー講師じゃなくて護衛とは?ちょっと情報量が多すぎる。
「ワインをかけてくる悪役令嬢はいないけど、王妃の座を狙う令嬢はいる。そんな人たちにとっては、どう見てもアロイスに愛されてレオからも懐かれてるサチさんは邪魔で仕方ないよね。君を排除しようと裏で動いてる家門もあれば、彼らに雇われた暗殺者もわんさかいるんだよ。だからマグダレーナが君に近づく危ない奴らを力ずくで排除してるってわけ」
「そ、そんな物騒な…!」
「だって王城だもん、多かれ少なかれ物騒でしょ。ちなみにこそこそとサチさんの評判を落とそうとしてる人たちのことは、シルヴァーナ公爵夫人とグリムフェルト伯爵夫人が中心になって社交術で抑えてるみたいだね」
私の周りが嘘みたいに平和なのは、そのおかげってこと?
「ちなみにマグダレーナがマナー講師に擬態してるのは、アロイスの意向。”サティ殿には、王城が危険な場所だと思ってほしくない”ってさ」
「全然気づいてなかった…」
「気づいてなくていいんじゃない?アロイスは気づいてほしくなかったんだし。それも愛だよね。今回のテオは君がいなくなったって聞いて血相変えて飛び出すし。本当に愛されてるねぇ、アロイスからもテオからも」
愛。
創造神さんの言葉が、ようやく凪いだはずの胸に波紋をつくっていく。
胸の前で手を握りしめて穏やかになることを願っても、罪悪感は消えない。
私は私のために心を尽くして危険を冒してくれる二人の気持ちを、受け取らなかったんだ。
「そこでちょっと聞くけどさ、なんで彼らじゃだめなの?二人とも君のことを愛してて、守ってて、さらに若くしてハイスぺでしょ?アロイスは国王だし、テオだって相当給料もらってるよ?」
「うん」
「あ、そこは認めるんだ」
だって認めるしかないじゃん。全部事実だもん。
「そんなパーフェクトな旦那様候補が二人もいるのに、なんで遠く離れた場所で果物売ってるマリウスなんかにいつまでも固執するのさ」
ハイスぺな旦那様に愛されて守られて、至れり尽くせりで暮らすのはどれだけ楽で幸せだろう。だけどそれが「自分が本当に願っていること」ではないような気がする。
「うまく言葉にできないけど、何ていうか…」
「あ、だめだ。スタミナ切れ」
「ええ!?」
部屋の中を満たしていた光が弱くなっていく。
「またね」
「ちょいちょい!今すっごく大事な話してるじゃん!自分が言いたいことだけ言って、言い逃げするのはどうなの」
思わず立ち上がり、足首に痛みが走って「おおう」とうずくまったところに、ノックの音がした。ドアを開けたイヴォンさんが「サティ様!」と駆け寄ってくれる。
「足が痛いことを忘れて動いちゃって…でも大丈夫です。ところで、何かありましたか?」
「ええ、お手紙が」
イヴォンさんが銀のトレーに乗せた手紙を差し出してくれた。ママ友さんたちが使う上質な紙とは違う、茶色い繊維が残った素朴な紙。
「珍し。アーデルハイドさんからだ」
エルドルフ村のお隣さん。レオくんが蜂に刺されたとき、ポイズンリムーバーを譲ってくれたというか、金貨一枚という法外な値段で売ってくれた人。焼き芋大会で仲直りして、村を出るときにはおじいちゃんのことを「くれぐれも」とお願いしてきた。
「…!おじいちゃんになにかあったんじゃ…!?」
私はペーパーナイフも使わずに手紙をこじ開け、たどたどしい文字で書かれた手紙を読む。手紙を持つ指がこわばっていく。
「サティ様、どうなさいましたか?お顔色が…」
私は心配してくれるイヴォンさんに返事もしないで、魔法師団に向かって足を引きずりながら走り出した。




