52 いいところ
ローゼンタール伯爵夫人がしとやかにため息をついた。
「アドリアン様は家柄もよく優秀ですし、ユリウス様は快活で体力があり、ルカス様はあの知識量。それに比べて、リオネルは目立たないような気がして…」
私はぴっと警戒のアンテナを立てる。
前の世界にもたまにいたんだよな。謙遜なのかもしれないけど、ちょっと自分の子どもを下げてしまう人。
聞かされているほうって結構気を遣ってしまうし、毎回毎回否定して相手を立てるのも正直疲れる。それに家族からの批判を子どもの耳に入れたくない。柔らかい心に刷り込まれてしまいそうで。
王太子のレオくんほどじゃないかもしれないけど、ただでさえたくさんの目にさらされてあーだこーだ言われてしまう貴族の子どもたち。せめてご家族だけは、いつも子どもを応援して安心させてあげる存在であってほしい。
ちらりとリオネルくんを見る。こっちを見ていないようで、安心した。
そして社会見学のときのリオネルくんの様子を思い出す。
ーーー
リオネルくんは風車小屋の中に入ってから、ずっと上を見ていた。
「リオネルくん、何か見つけた?」
「んと…」
私はリオネルくんのそばにしゃがんで、彼に笑顔を向けた。「リオネルくんの話が聞きたいから、言葉が出るまで待つよ」と伝えるために。
その横からユリウスくんが「サティ様!粉がぶわーって飛んでる!あの中からきっと賢者が出てくるんだ!」と叫んでくる。「今リオネルくんとお話してるから、順番ね」と制しても、ユリウスくんは話すのを止めない。
リオネルくんがすうっと離れていこうとするのを、私は引き止める。
「今はリオネルくんの時間」
リオネルくんはようやく「動いてる」と、小さく上を指さした。確かに、よくよく見ると風車の上部がゆっくりと回転している。
「わ、ほんとだ。全然気づかなかったよ」
風車守さんが「風向きに合わせて回転するようになっているんです」と説明してくれた。ユリウスくんは「魔王の城みたいでかっこいい!」と興奮して、クリスタちゃんはもちろんアドリアンくんやレオくんにも上部が回転していることを知らせる。
ユリウスくんが最初に気づいたみたいになっちゃって手柄を横取りされたけど、「よく気づいたね」と私が言うと、リオネルくんは嬉しそうに笑ったのだった。
ーーー
「リオネルくんは周りをよく見ています。素晴らしい長所だと思います」
「でも見ているだけで自己主張できなくて…もっと自己主張しなさいと言ってもなかなか…」
心配になるのはわかるけど、自己主張が苦手な子に無理やり自己主張させるのは苦行。まず長所を見てほしい。
「自己主張したくてもできないのは問題ですが、しなくてもストレスが溜まっていないならいいかと。自己主張が弱いことは、協調性があって集団のバランスをうまく取れるという長所にもなりますし…」
そうフォローしようとしたとき、今まで聞いたことないくらい大きなリオネルくんの声がした。
「母上!サティ様!地面が揺れています!」
「確かにちょっと揺れてる…かな?」
「体感では震度1くらいだけど、このあと大きな地震が来たら危ない。そもそもこの世界の建物の耐震性能が日本並みだとは考えにくい」と思って、「みんな、一旦遊びをやめてこっちにおいで。押さない、走らない、喋らない、戻らない、だよ」を声をかける。
「どうして?」「なんですか、それは?」と言いながら子どもたちが戻ってこようとしたとき、遊び場の地面が割れた。地面の割れ目から砂埃が舞い上がって、大きな土人形…いわゆるゴーレムってやつが現れる。ゴーレムは砂をまき散らしながら腕をぶんぶん振り回す。
「きゃああっ!」
「アウレリア!!」
「アウレリアちゃんっ!」
私は逃げ遅れたアウレリアちゃんに駆け寄って、背中に隠す。
なんで急にゴーレム…とか考えてる場合じゃない。今は理由より、子どもたちを守らないと。どうしたらいい?
よくわからんけど、ゴーレムって、つまりは魔法のなにかしら。だとしたら触れさえすれば、私のチートで無力化できるはず。いやでも、あのぶん回される腕に当たったらチート発動前に死…
「サティ、クリスタが動きを止める!」
クリスタちゃんが指輪を外すと、紫の触手がゴーレムを上下左右から押さえつけた。クリスタちゃんの触手はこんな使い方もできるのね。
「サティ!」
「よっしゃ!」
私は触手の下でもがくゴーレムに近づいた。
別に言わなくてもチート能力は出せるけど、言いたいから言わせてくれ。厨二病と言われても構わない。
「土へ還れ!」
ゴーレムは「ぐおおおおお」と断末魔をあげ、崩れて砂の山になった。
「無事かっ!?」
アロイスさんが青い顔でこちらに駆けてくる。
「サティ殿、怪我はっ…!?レオは?」
私はふうっと息をはいて、腕をさすって怪我がないか確かめてくれるアロイスさんに「みんな無事です」と頷いて、クリスタちゃんにお礼を言う。
そして、今日のヒーローはもうひとり。
「リオネルくんのおかげで、誰もケガしなかったよ」
「僕は何も…」
「リオネルくんが小さな小さな揺れに気づいて大きな声で教えてくれたから、みんな無事だったの。気づかずにあのまま遊んでたら、転んだりゴーレムに殴られたりして、ケガしてたかも」
私は「本当にありがとう」とリオネルくんを抱きしめた。ローゼンタール伯爵夫人も「リオネル、あなたは母上の誇りよ」と彼を抱きしめる。
レオくんたちにもお礼を言われて、リオネルくんは本当の本当に、嬉しそうな顔をした。
ユリウスくんがクリスタちゃんに触手の出し方を聞き、レオくんがまだ震えているロゼマリアちゃんを気遣っている横で、アドリアンくんの表情が少し硬いことに、このときの私はまったく気づいていなかった。




