51 社会見学に行ってみよう
馬車に揺られながら額に手をやる。
えいやの日、私はテオくんの決意を覆せなかった。
諦めきれなくてこっそり手を回そうとしたけど、アロイスさんからは「私は十二歳で戦場に出た」と言われ、アイゼンハルト伯爵からは「心配する気持ちは私も同じですが、いつかは送り出すときが来ます」と手紙が届いた。
《彼の決断を応援してよかったと思えるよう、彼の成功をサポートすることが、私たちにできることではないでしょうか。今は受け入れられなくても、いつかあなたにもわかってもらえると信じています。 マリウス・ラファエル・フォン・アイゼンハルト》
マリウスさんと同じ名前のアイゼンハルト伯爵。
名前のせいか、マリウスさんに説得されているような気がする。マリウスさんもあの優しい声で、同じこと言いそうだな、って。
「なにが嫌って、まじでその通りなんだよね…」
テオくんは王城内に整備された魔法師団の詰め所で、団員の皆さんと寝食をともにし、彼らの指導にあたるようになった。
時折詰め所を見学すると、テオくんはいつも充実した表情をしていた。その背中には頼もしさすら感じて、彼の成長と意志を認めざるを得ない状況になっている。
「サティ、どうしたの?頭痛い?」というレオくんの可愛い声で、私の意識は馬車の中に戻って来た。「サティの中に、悪いものはいないよ」とクリスタちゃん。
「診てくれてありがと」
子離れできない親にはなりたくない。私の中からテオくんを子ども扱いする気持ちを追い出して、テオくんが選んだ道を応援したい。
そう決意したとき、馬車が止まって扉が開いた。
馬車を下りたクリスタちゃんが「おーっきい!」と声を上げ、レオくんも「本当だ」と目を丸くした。
「ほんと、こんなに大きいんだね」
私たちの馬車のあとに続々と豪華な馬車が止まり、中から貴婦人&子どもたちが出てきた。
今日は「社会見学」と題して、風車小屋に来ている。
きっかけは、アドリアンくんの「うちの領地は国内有数の穀倉地帯だ」という自慢。ルカスくんが「収穫された小麦は風車で粉にされる」と知識を披露したものの、風車の実物や粉ひきの現場を見たことがある子はいなかった。
「収穫された小麦がどうやって小麦粉になるのか、知りたい?」
「はい!」
「うん!」
王都郊外にある風車小屋に見学をお願いしたら、これが権力ってものなのか、あっさり許可をもらえた。
「今日はお忙しい中見学を受け入れてくださり、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「そんな…もったいない。ささ、中へどうぞ」
風車の外観は前世で見たことがあったけど、中に入るのは初めて。なんなら私が一番興味津々で楽しんでいるかもしれない。
「中はこうなってるんだぁ…」
風車の中にはプロペラとつながっている大きな歯車があって、歯車が小麦粉を挽く石臼につながっている。そして石臼の下から小麦粉が出てくる。
ルカスくんは矢継ぎ早に風車守さんに質問し、風車守さんの答えをレオくんがメモしてルカスくんに伝える。そうすれば風車守さんが早口でも、ルカスくんは話の内容を理解できる。教えてもないのにうちのレオくんは天才。
ひと通り質問が終わったルカスくんは風車の構造を舐めるように見て、「こうしたほうが力の伝わる効率が」とさらさら図面を描き、風車守さんを感激させていた。
見学が終わると、風車守さんの奥様がその場で小麦粉をパンにしてくれ、私たちは焼きたてのパンからしか得られない幸せを噛みしめる。コーヒー飲みたい。
「見て、中にジャムが入ってる!」とはしゃぐクリスタちゃんの横で、レオくんは静かにパンを見つめていた。
「レオくん、何を考えてるの?」
「何も考えてなかったなって、考えてるの」
なんと哲学的な。
「風車守だけじゃない。畑で小麦を作る人も、小麦粉からパンを作る人もいて、僕たちはパンが食べられる。そんなこと考えたこともなかった。風車の仕事がこんなに大変なことも知らなかった。でも国王になるなら考えなきゃいけないし、知らなきゃ。だって国は人でできてるから」
ああ、レオくんは国王になるんだ。
漠然と知っていたつもりになっていたことが、突然私の胸に実感をもって降りてきた。この子に国民の人生がのしかかる。何て言ってあげたらいいんだろう。「頑張れ」も「偉いよ」も、陳腐に思えてしまう。
そのとき、ロゼマリアちゃんがすっとレオくんの前に立った。シルヴァーナ公爵夫人にそっくりの、薔薇みたいに華やかな女の子。
「ご立派ですわ、王太子殿下。けれど殿下がお一人で考える必要はございません。王太子殿下をお慕いしてお支えする者がおりますことを、お忘れなさいませんように」
レオくんの目がパンを頬張る仲間たちに向いて、それからほんのりと頬を染めているロゼマリアちゃんに向いた。
「うん…ありがとう、ロゼマリア嬢」
ーーー
帰りの馬車で眠ってしまったレオくんとクリスタちゃんを両脇に抱え、「行ってよかった」なんて考えていたら、二人の体温で私まで眠くなってしまい、はっと気づいたら馬車は止まっていた。
目の前の席にはアロイスさんが座っていて、私たちをじっと見つめている。その目には、戸惑いと優しさが宿っていた。
「アロイスさん…?」
「すまない。迎えに来たのだが…三人が寄り添って眠っているのがあまりに幸せな光景だったので、声をかけるのがもったいなかった」
なにその胸キュンフレーズ。うっかりイケメン国王を好きになりそうだからやめてほしい。
「レオくんをお願いします!私はクリスタちゃんを抱っこするので!」
「ああ」
二人で子どもたちを抱っこして馬車を下りると、メイドさんや護衛さんたちが「お子様をこちらへ」と手を差し出す。だけど彼らを制して、アロイスさんはくすっと笑った。
「なんですか?」
「家族のようだと思ってな」
廊下の窓ガラスに映る私たちは、確かに家族みたい。前世で私が思い描いていたみたいな、幸せな家族。だけど私は「そうですね」とは返せなかった。
どれだけアロイスさんの言葉にときめいても、心の奥底が「ここじゃない。彼じゃない」と、小さく叫んでいた。




