44 語らせていただきます
ひときわ華やかなシルヴァーナ公爵夫人が扇子を閉じたのを合図に、貴婦人たちは家格順に自己紹介してくれる。
筆頭公爵家の奥様であるシルヴァーナ公爵夫人、みんなよりちょっと年上っぽいリヒターフェルト侯爵夫人、清楚なローゼンタール伯爵夫人、そして知的なグリムフェルト伯爵夫人。タイプは違うけど揃いも揃って全員美人だ。高位貴族ってすごい。
「我が子アドリアンは成績優秀で、王太子殿下のお役に立てることと存じます」と、シルヴァーナ公爵夫人が息子くんを紹介してくれた。身につけている宝石が他の貴婦人より一回り大きくて、財力が伝わってくる。
茶色の髪に青い目をしたアドリアンくんは、砂場でレオくんの横にはりつき、タイミングよく銀のカップや熊手を渡している。医療ドラマで見る”外科医とオペ看”みたい。
私が思わず「アドリアンくん、君もやりたいように遊んだらいいよ」と声をかけると、アドリアンくんは「これが僕のやりたいことです、サティ様」と答えてお辞儀をした。シルヴァーナ公爵夫人は満足げに微笑む。「男の子ママは公園のベンチに座る暇なんてない」と言われるけど、さすがに貴族のお坊ちゃまには当てはまらないか。
「我が子ユリウスは運動が得意ですの。上には兄と姉、そして下には妹と弟がおりますので、兄弟姉妹全員で王家をお支えできますわ」とリヒターフェルト侯爵夫人。
つまり五人兄弟の真ん中っ子であるユリウスくんは、「見よ、俺には七色の滑り方があるのだ!」と叫びながら、滑り台を頭から滑り降りている。前言撤回、彼はママに座る暇を与えないタイプ。「貴族だから」とか、ひとくくりにしちゃいけませんね。
レオくんがすかさず「ユリウス、滑り台は座って前向きに滑るんだ」と教える。リヒターフェルト侯爵夫人は扇子の奥からユリウスくんを睨みつけた。
「元気がよろしいこと」と、ローゼンタール伯爵夫人は笑みを浮かべた。言葉とは裏腹に、決してユリウスくんの元気を褒めているわけではないことが伝わってくる。うっすらとしたマウント、怖い。
「サティ様、大切に大切に育てられた私のリオネルもご覧くださいな」
ローゼンタール伯爵夫人の息子であるリオネルくんは穏やかで優しそうな男の子だけど、何もしていない。ただ立って、ローゼンタール伯爵夫人を伺っている。
「我が家ではこのような、手が汚れるような遊びをさせたことがないものですから…」と夫人が扇子で顔を隠して言い訳すると、シルヴァーナ公爵夫人が同調した。
「我が家でもですわ。なにぶんアドリアンは勉強で忙しいものですから」
貴婦人たちが「ええ、そうですわよね」と、お互いに目で合図をして、場の空気がひゅうっと冷たくなった。
彼女たちは決して味方同士ではない。だけど「共通の敵」は私なんだとわかる。
「サティ様は王太子殿下の勉強時間を削ったと伺いましたわ。けれどこのように遊ぶ時間があるのなら、勉強したほうが有意義では?」
「遊びなど意味もない、下々の子どもの暇つぶしでございましょう?」
ああ、共同戦線が張られている。
「なぜサティ様は王太子殿下を遊ばせておられるのですか?このような遊びに、どんな意味が?」
「…遊びの意味、ですか?」
遊びの意味。
それを私に語らせたら長くなりますけども、皆様よろしくて?
自分の口元に、不敵な笑みを浮かんでくるのがわかる。
「ふふっ…ふふふっ…」
貴婦人たちがちょっと身じろぎしたのと同時に、私はすうっと息を吸って、一気に吐き出す。
「遊びは子どもの心身の成長に不可欠で、創造性や問題解決能力を育てます。自由気ままで、大人の目には時として無意味に見える遊びが、新しい視点やアイデアを生み出す土壌になるんです。遊びの中で失敗しながら試行錯誤や工夫を重ねることで、課題を乗り越える力も養われます」
「それに王太子殿下は運動されているため体力があり、睡眠の質も高まっているため、短時間でも勉強が捗っておいでです!サティ様が養育係に就任されてから、顕著に成績が伸びておられます!」とブルーノ先生がバラの生け垣の陰からずばっと姿を現す。
…って、ブルーノ先生!?
「先生、どうしてここへ?」
「サティ様がまた凝り固まった価値観をぶつけられるのではないかと心配で心配で…」
マグダレーナ先生が「サティ様、負けないで!私はいつでもあなた様の味方であり信奉者ですから!」と叫ぶブルーノ先生をずるずると引きずっていくのを、私は変な汗をかきながら見送る。
一方の貴婦人たちは「第一級の歴史研究者であるアーレンス男爵が、サティ様の味方を?」と囁き合った。
突然でビックリしたけど、ブルーノ先生の乱入は、どうやら私にとってはプラスっぽい。
「ええと…あのように、優秀な先生も認めてくださっているのです。遊びの意義について、おわかりいただけましたか?」
「え、ええ…」
さっきまで刺すようだった視線が、「戸惑い」というベールに包まれてではあるけど、少し柔らかくなった気がした。
少し余裕の出た私は、ちらりとグリムフェルト伯爵夫人を見やる。
彼女は挨拶のほかは、まだ一言も発していない。他の貴婦人と違って、我が子を積極的にアピールする気もなさそうだ。ただただ心配そうに、息子のルカスくんをちらちらと伺っていた。
なんだろう、彼女の尋常ではない緊張感は。既視感があるのだけど、思い出せない。




