39 味方一号
家庭教師ズは熱を出しているレオくんの部屋に押しかけて集団で私を囲んだことが「血まみれの国王」ことアロイスさんにバレてこっぴどく叱られ、何人かはあっさりクビになり、一斉に大人しくなった。
だけどもとはと言えば、アロイスさんがレオくんの教育をスパルタ家庭教師ズに丸投げして、忙しさを理由にレオくんの体調やメンタルを気遣ってなかったのが悪い。すんごく悪い。
「レオくんのそばに置く人はしっかり選んでくださいって、言いましたよね…?んで、アロイスさんはわかったって答えましたよね…?それなのに何ですか、この体たらくは!レオくんは四十度の熱を出して寝込んでるんですよ!」
「血まみれの国王」が田舎女に叱りつけられているのを見て、傍に控える侍従さんは硬直している。「やりすぎたか」と思って、私はふうっと息を吐いた。
「今後は私もいますけど、アロイスさんも、今よりもっとレオくんを気にかけてください」
「ああ。本当にすまなかった」
「私に謝ってどうするんです。あとでレオくんにちゃんと謝ってくださいね!あと今後の授業には私も抜き打ちで同席しますから」
「授業に同席?なぜだ?」
だって異世界モノでよくあるじゃん。子どもを馬鹿にしたり叩いたりしてトラウマ発生装置になる家庭教師。心配過ぎる。
しかもレオくんだけじゃない。テオくんとクリスタちゃんにも、「遊び相手にふさわしいマナーや教養を身につけてほしい」と家庭教師がつくのだ。「魔力持ちの平民にこんなことを教えても」「田舎者め、こんなこともできないのか」と家庭教師ズに馬鹿にされないか、心配しないほうがおかしい。
そうやって心配しながら、私はレオくんとテオくんが一緒に受けている歴史の授業を抜き打ちで見学しに行った。
歴史を教えるのはお堅い雰囲気のブルーノ先生だけど、心配していたような「高圧的な授業」ではなかった。
王族の家庭教師を務めるだけあって教え方は本当に上手だし、語り口から本当に歴史の勉強や研究が大好きなんだと伝わってきて、私まで話に引き込まれてしまう。渋いおじ様だし、予備校の講師になったら人気が出そう。
そう言えば彼は私の部屋に押しかけて来たときも、「未来の国王には幼少期からたっぷりの勉強が必要なんだと、ご理解ください」って、理解を求めるスタンスだった。まだ良心的なほうなのかもしれない。
あっという間に授業が終わってしまい、ちょっと残念な気持ちで私は椅子から立ち上がる。
と、鋭い声が飛ぶ。
「サティ様、常にもっと背筋を伸ばしてください」
「はいっ、すみませんっ」
「すみませんではなく…」
「申し訳ございませんでしたっ」
「語尾を優雅に、息を抜くように」
「申し訳ございませんでした…」
実は子どもたちだけではなく私にも、「王宮で暮らす以上は、一定程度のマナーは身につけてほしい」と、マナーを教えてくれるマグダレーナ先生がついている。四六時中はりついているので、先生っていうより監視役みたいだけど。
「サティ様」
マグダレーナ先生に謝る私に、ブルーノ先生が声をかけてきた。またレオくんについてあーだこーだ言われるのかもしれないと、私は身構える。アロイスさんに叱られたのに、まだ懲りてないの?
「なんでしょうか」
「先日のことを、改めてお詫び申し上げたくて」
ブルーノ先生はちょっと口ごもったあと、私の目をまっすぐに見た。
「サティ様は王太子殿下の養育に対して責任を負うとおっしゃいましたね。王太子殿下が失敗したら、自分が批判の的になればいいと」
「はい」
「そのお言葉を、責任ということを、考えてみたのです。そして私は、”責任を取るのが怖いから、王太子殿下に厳しく接していたのではないか”という気がしてきたのです。王太子殿下の成績を上げなければ自分が責任を問われるから、必死になっていたのではと…」
「自己保身のために、スパルタ教育を課していたと?」
「お恥ずかしながら、そういうことです。”これだけやってもだめなら、王太子殿下が悪い”と言えるように、という気持ちもありました」
ブルーノ先生は、一歩私に近づく。
「私の中の醜い気持ちに気づかせてくださって、ありがとうございます。そして先日のことは、本当に申し訳ございませんでした」
ブルーノ先生は頭を下げてくれた。その手が細かく震えている。心からの謝罪だってわかる。
「謝罪は受け入れますが、お礼には及びません。熟考して自分の気持ちに気づいたのは、ブルーノ先生ご自身じゃないですか」
「けれどサティ様がいなければ、一生気づいていなかったでしょう。あなた様は私に生き直すチャンスをくださいました」
「いや、そんな大げさな…」
「大げさではありませんっ!」とブルーノ先生がブンブン首を振った。
「本当に感謝申し上げているのです、サティ様!考えてみれば、好きであればあるほど勉強に力が入って身につくのは常識なのに、今までの私の授業では歴史の楽しさや奥深さを伝えるなど不可能でした。これからは心を入れ替えて、まずは殿下に歴史を好きになっていただけるように努力いたします。どうかこれからもご指導ご鞭撻を賜りますように」
「指導だなんてそんな…!」
でも、共感してくれて嬉しい。ふっと笑みが込みあげてくる。
「一緒に頑張りましょう。よろしくお願いします、ブルーノ先生」
「はいっ」
「あとブルーノ先生の授業はとっても面白いので、来週から私も生徒として参加していいですか?」
「もちろんですっ!あと、もしお望みであれば私のとっておきの歴史書コレクションから、おすすめの本もお貸しいたしますっ」
「嬉しいです」
レオくんが椅子のうえで、嬉しそうに笑ってくれる。だから私の嬉しさも倍になる。
だけどマグダレーナ先生は眼鏡を光らせて「歴史の授業を受けるのはけっこうですが、話し方もしっかり学んでくださいませね」と私の耳元で囁いた。
「はい、じゃない。ええ、わかっておりますわマグダレーナ先生…」




