38 はあ?
「離れてる間、どうやって過ごしてたの?」
王城でのレオくんの生活は、私の想像を絶していた。
「長い間王城を離れていたから、教育が遅れている」なんて言って、朝七時から夜九時まで、外国語だの歴史だの神学だの剣術だの馬術だのって、ありとあらゆる勉強や訓練をぎっちぎちに詰め込まれていたのだから。
王様になるんだもん。小屋にいたときみたいにのんびり暮らしちゃいられないことは、中身が現代人かつ庶民の私にだってわかる。でもこれはやりすぎだ。子どもの生活じゃない。
私は即座にアロイスさんの執務室へ向かう。
「サティ殿、来てくれたな」
「挨拶はあとです。そんなことよりアロイスさん、私のここでの仕事は”レオくんが心身ともに健やかに育つお手伝いをすること”ですよね」
「ああ、そうだ」
「だったら、今は勉強が多すぎます!」
王族の子どもが幼少期から「教育虐待」とも言えるスパルタ教育を受けて、グレたり病気になったりしたことは、前世の大学時代に習った。勉強がどれだけ大事でも、レオくんの健康には代えられない。
私は「でも王族の子どもはみんな…」と言い逃れするアロイスさんに、一方的な詰め込み教育の弊害をとうとうと語って聞かせ、勉強のコマ数削減を約束してもらった。あとはレオくんの興味や関心に合わせて、外で遊んだり絵を描いたり、活動を整えていけばいい。
これでひと安心。
だと思った矢先、私たちと再会して緊張の糸が切れたのだろう、レオくんは高熱を出した。
熱さましの薬を飲んでも、熱はなかなか下がらない。身体の問題だけじゃなくて、心の問題もあるからだ。このニカ月、どれだけの負担がレオくんにのしかかっていたのか想像して、私は拳をぎゅっと握った。
レオくんの枕元でクリスタちゃんがしょぼんと呟く。
「身体の中に悪いものは何もいないのに…」
「悪いものがいなくても、熱が出ることはあるんだよ」
「そうなの?なんで?」
「レオくんは頑張りすぎてたみたい」
「レオは本当に頑張り屋さんだもんね」とクリスタちゃん。
その言葉で自分の言葉を思い出し、はっとする。
小屋にいたころ、私は褒めるつもりでレオくんに「本当に頑張り屋さんだね」と声をかけていた。だけどこんなに苦しむなら、頑張り屋じゃないほうがいいのかもしれない。期待されればされるほど頑張ってしまうレオくん。私も彼を追い詰めたのかもしれないと思うと、苦しい。
「レオ、元気になる?」
「うん。いっぱい寝て休んだらまた元気になるよ。あとは私が見てるから、クリスタちゃんはお部屋に戻ってよう」
「はぁい」
お湯にタオルを浸し、レオくんの額の汗を拭いたとき、ドアがノックされた。
「サティ様、王太子殿下の家庭教師の先生方がお見えになっています」
「わ、お見舞いに来てくれたんですね」
けれど家庭教師ズはずかずかとレオくんの寝室に入ってきて、「ちょっと熱を出したくらいで授業を休むなんて、非常識極まりない」と吐き捨てた。
はあ?である。
はあ?としか言いようがない。
「高熱を出している状態で勉強するほうが、非常識だと思いますけど。そんな状態で勉強しても、頭に入るとは思えません」
おじいさん先生が「ちっちっちっ」と指を立てた。
「将来の国王に休む時間などないのだっ!!」
「さすが王太子殿下の勉強時間を削るだなんて、意味のわからないことを言うだけありますな。しまいには”熱を出したら休んでいい”とまで言い出すとは」
「さすがド田舎の村人は考えることが違いますわね。殿下を休ませろだの遊ばせろだのなんて」
「サティ様、王族は幼少期から知識をしっかり蓄積してこそ、外交や政治に力を発揮できるのです。どうかご理解ください」
「遊んだり休んだりばかりしていて、殿下が恥をかいてもいいとお考えですか?」
「殿下が失敗すれば、養育係のお前も責任を問われるんだぞ!」
「責任を問われる」とか、そんな脅しは全然怖くない。レオくんがどんどん痩せて青くなっていくほうが怖い。
レオくんを元気にして責任を問われるなら、いくらでも問われてやる。レオくんを愛して大切にすることが罪なら、私はギルティ。
私はとんと胸に手をやった。
「はい、存分に責任を問うてください」
「田舎者の平民さん、自分が何を言ってるのかおわかり?」
「わかってます。レオくんがちゃんと育たなかったら私のせいだって言うんですよね?望むところです。だってそれだったら、レオくん本人の責任にはならないじゃないですか。彼が誰に何を言われても、ド田舎のりんご農家に育てられたから仕方ないって言い訳できるんですよね?それって私が彼にあげられる、最高の免罪符ですもん」
みんなで田舎女を責め立てて涙目にさせるつもりが、返ってきたのが予期しない答えだったからだろう。家庭教師ズはぐっと言葉に詰まる。口をパクパクさせる人もいるけど、言葉は出てこない。
「たったニカ月でレオくんをここまで弱らせたあなたたちに何をどう批判されても、痛くも痒くもないです。レオくんを静かに休ませたいので、お見舞いじゃないならお引き取りください」
私はくるりと彼らに背を向けた。扉が閉まって、扉の外で彼らがなんやかんや騒いでいるのが聞こえるけど、シャットダウン。勝手にやってな。
「もう大丈夫だからね、レオくん」
私が守るから。
そっと彼の前髪を流すと、レオくんが目を開けた。アロイスさんとそっくりの、不思議な色の目。
「サティ…いなくならないよね?」
「ならないよ」
「いてくれて嬉しい」
「私もレオくんのそばにいられて、嬉しいよ」
そっと頬に触れると、レオくんはまだ赤い顔で、微笑んでくれた。




