37 痛々しいハグ
カウベルフェルトから馬車で三週間のところにあるレイデンバーン王国の王都ジリアは、とってもきらびやかな都会だった。
建物は高くて、お店がいっぱいで、冬はまだ終わったばかりなのにもう風は冷たくないから道行く人はみんな薄着でおしゃれで、エルドルフ村やカウベルフェルトがド田舎だったんだと実感する。
私だけじゃなくてテオくんとクリスタちゃんももちろん驚いているし、野生に帰ることを拒否してついてきちゃったクロも「ふわわ」と目を丸くしていた。
そして私たちはまず「王宮内のごたごたが片付くまで」という期限付きで、もともとの領主様であるベルント伯爵のタウンハウスに滞在させてもらった。
ベルント伯爵はかつてアロイスさんの剣術の師匠だった、立派な髭と目の上の傷が目立つ強面なおじいさん。「厳しそう」と思って一瞬身構えたけど、中身は人情派で子どもに超絶甘かった。
伯爵夫人と一緒になって「これも喜ぶかもしれないと思って」なんて言って、テオくんとクリスタちゃんにおもちゃから馬まで次から次へと買い与えるのだから、まさに激甘なじいじとばあば。
「あんまり贅沢を覚えさせないで」と夫妻を制しても、聞きゃあしない。
私も私で、伯爵夫人に「でもサティ、これは絶対クリスタに似合うと思うでしょ?」なんて夢のように可愛いドレスを見せられて、「テオとお揃いにもできるのよ?見てみたくなぁい?」なんて男の子用の服まで広げられたら、悶絶しながら頷くしかない。この世界の子ども服が可愛すぎるのが悪い、と責任転嫁して。
「少しなら、いいよね?」
高飛車なお嬢様はおらず、使用人さんたちも親切で、私はアンナちゃんがいい職場で働けることにほっとする。
一方のアロイスさんは実のお兄さんを湖に浮かぶ小島の塔へと送り、お兄さん派の貴族たちを粛清し、なんとニカ月足らずで王宮内のあれこれを片付けた。
そして四月の終わり。
アロイスさんは私をレオくんの養育係として、テオくんとクリスタちゃんをレオくんの遊び相手として、王城に迎えてくれた。
ただの平民が養育係や遊び相手になるのは前例がなくて反対が多そうだってことで、私とクリスタちゃんはベルント伯爵の養女になった。だから今の私とクリスタちゃんは、十八歳差の姉妹。
テオくんは「サティと姉弟にはならない」とごねにごねて私を半泣きにし、さらにテオくんに子爵位と小さな領地を継がせる気になっていたベルント伯爵夫妻をも泣かせたのち、アイゼンハルト伯爵の養子になった。
「会ったこともない人の息子になるなんて」と思ったけど、ベルント伯爵が「彼なら信頼できる」とお墨付きをくれたので大丈夫なはず。養子縁組の書類をやりとりしたときも「本当なら会って話したいのですが、領内にいる前国王派の掃討にかかっているので、行けなくて申し訳ありません」と手紙をくれて、誠実さを感じた。
テオくんとクリスタちゃんがレオくんの遊び相手として王城に入ることについては、平民どうこうに加えて「魔力持ちが次期国王のそばにいるなんて危ない」という声も、もちろんあった。けれどアロイスさんはえいや付与済みの食玩の効果を見せ、魔力持ちへの差別を全面的に禁止する法律をつくって、反対意見をねじ伏せた。
「そんなにうまくいくもんかな」と思ったけど、今のところは静かだ。貴族にも魔力持ちは相当数いるので、家族が魔力持ちで悩んでいた貴族からの支持を得られているのが大きいらしい。あとはアロイスさんが前国王派を徹底的に粛清したことで「血まみれの国王」なんて呼ばれてて、逆らえない雰囲気もあるとかなんとか。
「見た目によらず、アロイスさんって剛腕なのかも…?」
そんなこんなでようやく足を踏み入れた王城は、何かのアニメで見たことがあるような、きれいで広くて天井の高い建物で、「壮麗とはこういうことか」って感じ。庭も廊下も広間も、光を纏っているようにきれいで明るい。ベルント伯爵のタウンハウスも豪邸だったけど、王城は比べ物にならないくらい広くて豪華。
「こんなところに住むなんて…」
「創造神さんにお願いした条件がひとつ叶ったかも」と思った瞬間、私はあるものを見て、目を見開いて固まってしまった。
中庭の噴水。その中央に建つ銅像。
美少年と美少女が大きな鉾を一緒に地面に突き刺し、その鉾の刺さったところから水が溢れて噴水になっている。
その片割れである美少年が、創造神さんにそっくりなのだ。
「天才芸術家ダンドーロの手による、”創造神たち”です。レイデンバーン美術史上の傑作のひとつですわ」
「そう…なんですね」
あまりに創造神さんにそっくりすぎて、「命の危険がある場面で助けに来てくれなかったこと」への怒りが再燃する。私はまだ許してないからね、創造神さん。ほんとに、何してるの?寝てるの!?
像が「実はそうなんだ。まだ力が戻ってなくてさ」と喋ったような気がして目を見開いたとき、後ろから「みんな…?」という聞きなれた、でも弱々しい声がした。
声がしたほうを向くと、廊下の先に、レオくん。
「レオくん!」
「レオだ!レオ!!」
みんなで駆け寄ると、彼の顔は青白い。ほっぺのお肉も、少し落ちてしまったような気がする。
「レオくん、大丈夫なの…?」
「うん」
そんな泣きそうな顔して、無理して笑って、大丈夫なわけない。しゃがんで抱きしめたら、小さな身体は、小屋で暮らしていたときよりもさらに小さくなったように思えた。
「触れるってことは、本当のサティだよね?」
レオくんはきゅっと私の背中に腕を回す。いつもだったら可愛くて嬉しいはずのハグが、痛々しくて悲しい。
「いつも、サティに会えたと思ったら目が覚めて…夢だったって気づくの。でもこれは夢じゃないんだよね?」
「そうだよ、夢じゃない。ちゃんとここにいるよ。来たんだよ」
でも、もっと早く来るべきだった。どうしてこんなことに。
「レオくん、離れてる間、どうやって過ごしてたの?」




