36 いざ
「待って。絵を”王城”に持っていくって言った?」
「うん、王城」
「なんで王城?」
「王城がお家だから」
「え、と…それはつまり…」
私は助けを求めるようにアロイスさんを見つめる。話をじっと聞いていたアロイスさんが頷いた。
「レオの本名はレオンハルト・アレクシス・フォン・レイデンバーン。亡くなった前の王太子の息子であり、将来この国の王となる人間だ」
ここはレイデンバーン王国。国の名前がどーんとついちゃってる。
「そして私は、アロイス・ヴィルヘルム・フォン・レイデンバーンだ」
もぐりとは言え一応国民のくせに、国の事情に疎すぎる私に、アロイスさんは簡単にわかりやすく説明してくれる。
三年前、レオくんのお祖父さんにあたる先代国王が亡くなったとき、レオくんのお父さんはすでに病気で亡くなっていて、レオくんはまだ三歳だった。
そのためレオくんの叔父さん…アロイスさんのもう一人のお兄さんであるフリードリヒ国王が、「レオくんが十歳になるまで」という約束で即位。
ところがフリードリヒ国王は、国王でいるうちに、王位を譲りたくなくなってしまった。で、邪魔になるレオくんを殺そうとしたものの、レオくんのお母さんが身を挺して我が子を守り、アロイスさんにレオくんを託した。
それからアロイスさんはレオくんと一緒に実の兄から逃げ続ける一方で、兄の横暴に反対する仲間を集め、反撃のチャンスを狙っていたというわけ。
つまりレオくんを探しに来たあの赤服たちは、国王が差し向けた兵士だったのだ。
「準備が整ったので、私とレオが王都に戻って兄を廃位する。とはいえレオはまだ幼いので、レオが王位を継げる十歳になるまで、私がつなぎの王となるのだが」
「アロイスさんが王様っ!?」
おいおい、恐れ多すぎないか?私ついさっき、アロイスさんに「馬鹿なの!?」とか言っちゃったよね。これは首を斬り落とされる案件ではないだろうか。
「な、何と言ったらいいか…私、王族の方にとんだ無礼を…!子どももいますのでどうか命だけは…」
「サティ殿は私の目を開かせてくれたのだから、無礼にはあたらない」
「あ、そうです…か?」
心の広い新国王で助かる。レイデンバーン王国万歳。
レイデンバーン王国万歳なんだけど、レオくんが戻る家が、まだまだ政情不安定そうな王城だというのは気がかりすぎる。それにきっと、国王になるためにいろんなことを勉強しなきゃいけなくて、子どもらしい自由もないだろう。
優しくて繊細なこの子が、そんな環境で健やかに育っていけるのだろうか。私の腕の中で、必死に自分の感情を抑え込んで泣き止もうとしている、小さなこの子が。
守りたい。
決意が胸に湧き上がった。私はもう一度ぎゅうっとレオくんを抱きしめる。
「レオくん、私も一緒に行くよ」
「ほんと…?」
レオくんのほっぺをそっと撫でながら、私は自分の心を確かめる。うん、やっぱり、彼を守りたい。そばにいたい。アロイスさんだって国王になったら忙しいだろうから、気心の知れた大人がそばにいなくちゃ。
「うん、ほんと」
レオくんは目をぱちぱちと瞬いて、私を抱きしめ返してくれる。思ったよりずっとずっと力が強くて、彼が本当に私を必要としてくれていたことがわかる。
「アロイスさん…じゃない、国王陛下」
「アロイスと呼んでくれ」
「アロイスさん、”一緒に来てほしい”というご提案ってまだ有効ですか?」
「もちろんだ。サティ殿、まさか…」
「はい、一緒に行きたいです。私を王城に連れて行ってください」
アロイスさんはレオくんごと私を抱きしめた。
「…ありがとう」
彼の声がほんの少し震えていて、彼もまた、私を心底必要としてくれていたんだと気づく。
「王族だと明かしたら、怖気づいて断られると思ったのだが…最初から正直に話したほうが良かったな」
「王族でも貴族でも平民でも、レオくんはレオくんであって、私にとって大切な存在ですから」
アロイスさん越しに、マリウスさんと目が合う。
胸がツキンと痛む。
「優しい旦那様の第一候補」だった彼。クリスタちゃんの触手から守ろうとしてくれて、子どもに優しくて、ヒントをくれて、凹んでるときに欲しい言葉をくれて、オーバーヒートした私を休ませてくれた人。
ここに残ったら、もしかしてもしかしたら、ずっと彼と一緒に生きていけるかもしれない。心の底でそう願ってるから、胸が痛いんだ。
だけど何より、レオくんに寂しい思いをさせたくないから。今私がやるべきことは、アロイスさんと一緒にレオくんを守ることだから。
だから私は一度目を閉じて、アロイスさんを見る。
「本人たちが希望すれば、テオくんとクリスタちゃんも連れて行きたいのですが」
「もちろんだ」
一旦カウベルフェルトに戻った私は、テオくんとクリスタちゃんに事情を説明する。反対されるかと思ったけど、二人は一瞬顔を見合わせて、「サティが行くなら行くよ」「おもしろそう」と、あっさりと王城行きをOKしてくれた。
「ねえサティ、王城ってお菓子ある?」
「いっぱいあると思うよ」
すぐにでも出発したいというアロイスさんに少しだけ猶予をもらい、燃え落ちた小屋から出た燃えカスなんかが周囲に迷惑をかけないように片付けて、創造神さんの力で炎から守られたらしき無限生成シリーズの「インスタントコーヒー」「顆粒出し」「醤油」の瓶を拾い上げる。
そして仲良くなった村の人たちには、引っ越しの挨拶をして回る。頭や腕に怪我をしている人もいて、彼らが私たちを守るために戦ってくれたことが、身に沁みてわかる。
だからせめてものお礼に、家の扉やみんなが持っているアクセサリーに「えいや」して、クリスタちゃんにはみんなの傷口にいる細菌を殺してもらった。
「クラウスおんじのりんご園」を引き継いでくれる人も見つかり、一人になってしまうおじいちゃんのことも散々みんなに頼んだから、もうここに残していく心配はない。
おじいちゃんとハグして、春から王都で働くアンナちゃんと「王都で会おうね」と約束し、私は村を去った。
いざ、まだ見ぬレイデンバーン王国の王都と王城へ。




