35 いなくなったレオくん
マリウスさんと私は顔を見合わせて、一緒に玄関へ向かう。玄関先にいたアロイスさんと、彼に付き従っている緑服の騎士さんたちは、まだ肌寒い時期の夜だというのに汗だくだ。
「アロイスさん、こんなに急いで一体どうしたんですか?」
「レオが、いなくなって…」
「い…いなくなった!?」
「トイレ休憩で少し目を離したすきに…」
赤服の男がレオくんを攫うイメージが頭に浮かんで、ぞっとする。
「まさかまたあの赤服たちが…」
「いや、それはない。普通の歩幅のレオの足跡だけが残っていた」
「…自分の足で、自分の意思で、みなさんのところから離れたということですか?」
いつも大人しくてお利口で、子どもとは思えないくらい自制心の効いているレオくんのことだ。興味を惹かれるものを見つけてふらふらっと離れたとは考えにくい。だったら…
「…戻りたくて?」
「だと思ってここへ来たのだが、レオは…?」
「ここには来ていません。探しましょう」
もう夜だ。捜索だって危ない。危ないけど、一人でいるレオくんのほうが心配だ。
「クロ、起きて」
私はテオくんの部屋にあるバスケットで寝息を立てているクロをそっと揺すって起こす。クロはあくびとともに小さな炎を吐き出して、「気持ちよく寝てたのに、何起こしてくれてんだよ」という顔で私を見た。言葉は発してないけど、テオくんに似て口は悪い気がする。
「起こしてごめんね。レオくんがいなくなっちゃったの。空から探してくれない?」
クロは私の言葉を理解してくれたらしい。「やれやれ」といった感じでバスケットから抜け出して窓の前に立ち、「探してほしいなら、早く窓開けろよ。急ぐんだろ」というように私を振り返る。そのジト目も、テオくんそっくり。「あなたが頼りよ、よろしくね」と声をかけると、クロは真っ暗な空に飛び立った。
子どもたちのことをマリウスさんのお家で働いている人たちに頼んで、クロは空から、人間は地上からレオくんを探す。カウベルフェルトの街でレオくんが好きな画材屋さんや小さな画廊の前にも行ってみたけど、いなかった。
「クロ!」
真っ黒な空に真っ黒なクロ。目だけが赤く光っている。クロは私の肩に止まって、ひとつの方向を見た。
「あっち…?え、まさか、村に戻ったってこと?」
クロが「そうだよ」というように目を閉じた。村にはもう小屋はないのに、どうして。何をしに。
「アロイスさん、マリウスさん!レオくんは村に向かったみたいです!」
アロイスさんが馬に飛び乗って、私に手を伸ばす。その手を掴みかけた瞬間、マリウスさんが横から私の手をとった。
「サティさん、私と乗りましょう」
「いや、サティ殿は私と乗るのだ」
いや、どっちでもいい!まじでどっちでもいいから!
「そんなことで争ってる場合ですか!二人して馬鹿なのっ!?」
私に一喝された二人はわかりやすくしゅんとする。私はより大きいマリウスさんの馬で二人乗りすることにして、急いで村に向かう。初めて乗る全速力の馬は思ったよりもずっと速くて、マリウスさんに支えてもらってても正直怖いし、顔に当たる冷たい風も痛くて肌の乾燥も気になるけど、そんなことを言ってる場合じゃない。
「…いた!レオくん!」
焼け落ちた小屋の前に、レオくんが座っている。私は「サティさん、慌てたら危ない」というマリウスさんの言葉も聞かず、転げ落ちるように馬から降りて、レオくんのもとに走る。
「レオくん…!」
抱きしめた彼の身体は冷えていて、私はすぐにマントで彼の身体をくるむ。
「大丈夫?怪我してない?寒いよね?一体、どうしてここに…」
「サティ…」
レオくんが私を見上げた瞬間に、アロイスさんが「レオ!」と彼の肩を掴んだ。
「なんでこんなことをしたんだ!私たちがどれだけ心配したかわかってるか!?」
「ごめんなさい…」
「勝手な行動で周囲を混乱させて…!」
「ちょっと待ってください、アロイスさん!そんなきつく掴んだから、怪我しちゃいます」
私はアロイスさんの手をレオくんの肩からどけて、レオくんをぎゅっとマントの中に抱きしめる。レオくんに「味方だよ」って伝えたくて。そしてアロイスさんをきっと睨んだ。
「なんでこんなことをしたんだって言いますけど、そんな大きな声で怒鳴ったら、レオくんは何も言えなくなるじゃないですか。それって、彼の理由を聞く気なんてないことの表れですよね?」
「サティ殿…」
「理由を聞きたいなら、せめて怒鳴らずに聞いてくださいっ!」
「…わかった」
アロイスさんに深呼吸してもらって、私はレオくんに「どうしてここに来たの?」と聞いた。
「あの絵を王城に持っていきたかったの」
「りんご園の絵のこと?」
レオくんの目から涙が溢れてくる。
「みんなと一緒に行けないなら、絵だけでも持っていきたかったの」
彼が初めて自分の内面を見せてくれた絵。彼の想像力と世界に向ける優しい視線が溢れているあの絵。初めて本当の自分の考えを表現して、みんなに褒めてもらったあの絵は、彼にとってここでの思い出の結晶なんだ。
「でも、なかった」
そう、あの絵は燃えてしまった。レオくんがここから王城に持っていける思い出は、何も残っていない。彼の喪失感が伝わってきて、私はただただ彼の髪を撫でる。
と、何かが胸に引っ掛かる。
「待って。絵を”王城”に持っていくって言った?」




