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監査室の蝶番



 石造の詰所は涼しく、壁一面の戦利品と誓詞が威圧する。

「身元照会、行う」隊長は事務卓を拳で叩いた。

 入室してきたのは黒外套の監察官ロディス。王都監察院の紋章を襟に付け、書架の埃を指で拭って眉をひそめる。

「規定通りにやろう。……君、書記」

「はい、ミレイナです」

「相互通行協定第七条、朗読」

 彼女の澄んだ声が、石壁に跳ね返って文言を刻む。「――登録冒険者は、正当な理由なき通行妨害を受けない」

 ロディスがユウキを見る。「君たちの目的は?」

「休息と情報。祠の鐘の噂があるなら、札を確認したい」

「鐘……」監察官の目が細くなる。「最近、この町の**“鐘の記録”**に空白がある。三の刻が抜ける夜が続く。お前らが鳴らしたのかと、疑う者もいる」


「鐘は鳴らさない。俺たちの流儀だ」ユウキは静かに返す。

 よっしーが肩を回す。「鳴らしてええのは、乾杯のジョッキだけや」

 ニーヤが頷く。「あと魚の骨」

「それは折るのですわ」あーさんがやわらかく訂正して微笑を落とす。場の角が丸まる。


 ロディスは小刻みに頷き、卓上の砂時計を逆さにした。「では“座”を置こう。勇者団は不用意な武威を慎み、来訪者は剣を抜かない。この場では言葉だけを交わす」

 クリフが一歩前へ。「同意する」短い言葉に、隊長がなぜか従う。背中に流れる圧は、剣よりも強い。

 監察は淡々と進む。冒険者証の真贋、過去の受注記録、推薦署の照合――ミレイナの指は迷いなく紙をめくる。

「……有効。詐称なし」

 隊長のこめかみが動く。

 ロディスは溜息をつき、最後の紙を置いた。「よろしい。だが鐘の件は見過ごせない。三の刻が消えるは、祝祭の均衡が崩れる兆しだ。君たちに“観察人”を一名つける」

「誰を?」

 ミレイナが手を上げた。「わたしが行きます」

 隊長が噛みつく。「書記風情が現場に出るな」

 ロディスは首だけで止める。「紙を動かす手は、現場を知らねば鈍る。いい機会だ」


 こうして一行は、ミレイナを加え、夕刻の鐘楼へ。

 城門の影は長く、風は北にささやく。

 階段を上る途中、ユウキのマントの留めが緩んだ。

「ユウキ」クリフが止めて、無言で金具を直す。「風が強い。喉も冷える。これを」喉当ての布を押しつける仕草は、叱るより先に守る兄のそれだ。

「……ありがと」

「礼はいい。ついでに靴紐も」

 ミレイナが小声で笑った。「仲がいいんですね」

「彼は、私の“蝶番”でございますの」あーさんの言葉に、ユウキは耳の奥が熱くなる。


 鐘楼上部、三の鐘だけに薄い煤がついていた。

 よっしーが懐から使い捨てカメラのフラッシュを取り出す。「埃の反射で動き見よか」

 白光が走る――煤は外側からではなく、内箱から微かに吹き出していた。

「鍵穴ではなく、蝶番……中の軸が逆回転しとる」

「写し/呪の類……?」ニーヤが毛を逆立てる。

「真夜中、三の刻だけ、内側から誰かが鐘を“止めている”」ミレイナの声が震えた。

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