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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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灰色の町

灰色の町


前書き


町は、一人では腐りません。


一人の悪人だけでも腐りません。


誰かが見て見ぬふりをする。


誰かが仕方ないと諦める。


誰かが黙って従う。


そうして少しずつ、


町は灰色になっていきます。


悪とは、


案外静かなものなのかもしれません。


⸻


《主人公・相良ユウキ視点》


森を抜ける頃には、陽は西へ傾いていた。


木漏れ日が長く伸び、風は昼間よりも冷たくなっている。


誰も口を開かなかった。


ヴァルターと対峙した後だからではない。


それぞれが、自分の中で何かを整理していた。


俺もその一人だった。


ガレス。


ルガー。


二人とも「山賊」ではなかった。


戦争が終わり、国に切り捨てられた兵士。


村を失い、生きる場所を失った男たち。


そんな人間が集まり、行き着いた場所が黒狼団だった。


俺は以前の世界で見てきた光景を思い出していた。


仕事を失った人。


派遣切りに遭った人。


帰る家をなくした人。


事情は違う。


世界も違う。


けれど、「居場所を失う」という痛みだけは、不思議なほど似ていた。


⸻


砦へ戻ると、子どもたちがライラの周りへ集まっていた。


「お姉ちゃん!」


「おかえり!」


幼い少女が飛びつき、ライラはぎこちなく笑う。


「ただいま。」


その笑顔を見て、ライラの母エレナは胸を撫で下ろした。


ロベルトも薬草を干しながら娘を見つめている。


それは、どこにでもある家族の風景だった。


俺は胸の奥が少しだけ苦しくなった。


こんな場所が、本当に討伐されるべき場所なのだろうか。


⸻


「ユウキ。」


振り返ると、カシオンが立っていた。


「少し、お時間をいただけますか。」


彼は砦の奥にある小さな部屋へ俺たちを案内した。


そこは倉庫のようでもあり、書斎のようでもあった。


壁には羊皮紙が何枚も貼られ、棚には帳簿が積み重なっている。


よっしーが目を丸くした。


「山賊のアジトとは思えへんな。」


カシオンは少し笑った。


「よく言われます。」


彼は一冊の帳簿を机へ置いた。


「見てください。」


ページをめくる。


そこには数字がびっしりと並んでいた。


収穫量。


税率。


薬草の買取価格。


塩や小麦の相場。


「これ……全部調べたんですか?」


「ええ。」


カシオンは静かに頷く。


「私は元商人です。」


「数字を見るのが仕事でしたから。」


彼は一本の線を指でなぞった。


「三年前。」


「ここから急におかしくなります。」


⸻


確かに。


税率が跳ね上がっている。


薬草の買取価格は下がり続けている。


逆に生活必需品は値上がりしていた。


「これじゃ……。」


俺は思わず呟いた。


「普通に暮らしてても赤字だ。」


「その通りです。」


カシオンは穏やかな口調で続けた。


「ロベルトさんだけではありません。」


「鍛冶屋。」


「農家。」


「猟師。」


「織物職人。」


「皆、同じように店を畳みました。」


「それでも税だけは下がらなかった。」


よっしーが腕を組む。


「ほな、町の人らは何しとるん?」


「耐えています。」


短い答えだった。


「耐えきれなくなった人から、この森へ来るのです。」


⸻


俺は窓の外を見た。


薪を割る老人。


洗濯をする未亡人。


木刀を振る子どもたち。


ここは山賊の砦ではない。


国から零れ落ちた人たちの、小さな村だった。


その時だった。


コンコン。


扉が叩かれる。


「頭領。」


見張りの青年が顔を覗かせた。


「町から使者が来ています。」


ガレスが眉をひそめる。


「誰だ。」


青年は答えた。


「徴税官バルトンの秘書だそうです。」


部屋の空気が一変した。


ルガーの手が槍を握る。


アーサーが立ち上がる。


カシオンは静かに帳簿を閉じた。


「……早すぎます。」


ガレスは低く呟く。


「こちらの動きを読んでいる。」


「あるいは――」


クリフが窓の外へ視線を向けた。


「この砦に、奴らの目がある。」


その一言で、全員が黙り込んだ。


もし本当に内通者がいるのなら。


ヴァルターたちが現れた理由も。


木札が置かれた理由も。


すべて説明がつく。


静まり返った部屋の中で、ガレスはゆっくりと全員を見回した。


「……誰も一人では動くな。」


「今日から、この砦の中にも敵がいると思え。」


その言葉は、重く全員の胸へ落ちた。


外だけではない。


敵は、もうすぐそこまで入り込んでいるのかもしれない。


⸻


(続く)


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