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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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夜明けの残響(星の鐘)



 祭りの灯が静かに消えていった翌朝、ステルネ・ツィフの町はまだ夢の底にいるように眠っていた。

 石畳の路地には昨夜の花弁と紙灯籠のかけらが散り、広場の中央には燃え尽きたかがり火の灰が、薄く白く積もっている。

 空は群青から金へと滲み、遠くの山頂には夜明け前の星がひとつだけ残っていた。


 宿の窓辺に立つユウキは、その星を見つめながら息を吐いた。

 「……なんか、あっという間だったな」

 背後で毛布がもぞりと動く。ニーヤがまだ夢の中にいて、小さく「もう食べられませんニャ……」と寝言を漏らす。

 よっしーはいびきをかき、あーさんは椅子にかけたまま、朝の祈りの姿勢で浅く眠っていた。


 部屋の扉がそっと軋み、クリフが入ってくる。肩にはすでに旅支度の外套。

 「起きてたか」

 「……あんまり眠れなくて」ユウキは笑ってみせた。「頭ん中で、まだ太鼓が鳴ってる」

 クリフは窓際に歩み寄り、夜明けの空を見上げた。

 「楽しい夜のあとは、少し空虚になるものだ。けど、それは悪くない」

 低い声には、どこか父親のような穏やかさがあった。


 「兄貴みたいなこと言うな」

 「兄貴分にはなれんが、若い奴の失敗くらいは受け止めてやれるさ」

 そう言って、クリフは手早くユウキのマントの留め金を直した。

 「紐が逆だ。これじゃ風を受けすぎる」

 「……あ、ほんとだ」

 その仕草に、ユウキは一瞬だけ故郷の兄を思い出した。もう声すら忘れかけていたのに、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 窓の外で、教会の鐘がかすかに鳴った。

 ひとつ、ふたつ――しかし三つ目は鳴らない。

 ユウキが首を傾げる。

 「……鐘、途中で止まった?」

 「この町の古い風習らしい」クリフが言う。「三つ目は“願いの鐘”だ。鳴らさずに残すんだと」

 「鳴らさない願い、か」

 「誰かの幸せを祈るとき、音を立てずに風に乗せるんだ。静かな願いほど届くらしい」

 その言葉に、ユウキは小さく息を呑む。

 鳴らさぬ鐘――あーさんが昨夜、かがり火の前で呟いた言葉が蘇る。


 「……なんか、わかる気がするな」

 「そうか」クリフが短く笑った。「なら、鳴らさなくていい」


 やがて皆が起き出すと、宿の一階からパンを焼く匂いが上がってきた。

 ニーヤが寝ぼけ眼で降りてきて、「バターの祭りは今日も続いてますニャ」と呟く。

 よっしーは頭を掻きながら、「あー、身体中がリズム刻んどる……」と苦笑した。

 あーさんは落ち着いた所作で二鈴を整え、深呼吸をひとつ。

 「本日も、皆さま、慎ましやかに参りましょう」


 支度を整え、扉を開ける。

 朝靄の向こう、鐘楼の屋根には雪がうっすらと積もり、鳥が一羽、風を切って飛び立った。

 クリフが前に立ち、仲間たちを振り返る。

 「行こう。星の町に、礼を言っておけ」

 ユウキはうなずき、胸の前で静かに手を合わせた。

 音を立てずに、心の中でひとつ願う。


 ――どうか、この旅が終わる日まで、誰も欠けませんように。


 その祈りが風に溶け、町の鐘楼が微かに揺れた。

 二拍遅れて、朝の光が差し込む。


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