嵐の後の静けさと美しい夜景に乾杯!!
――山。
目の前にあるのは、地図の線一本で片付けられてた“ただの山”じゃない。
ちゃんと空に刺さってる山だ。角度が悪意を持ってる。
そして俺は――昨夜、飲みすぎた。
「……マジか。え〜……やりたくねぇ……」
言った瞬間、胃が「同意」って小さく返事した。二日酔いに登坂は暴力だ。
それでも、俺は指に嵌めた指輪を親指でなぞる。アンリからもらったやつ。妙に冷たくない。半歩だけ背中を押される気がする。
「ユウキ、顔が令和の絶望しとるで」
よっしーが、水の入ったペットボトルを投げてよこした。
「うるせぇ……昭和の希望、貸してくれよ」
俺が受け取って飲むと、喉がやっと“生存モード”に切り替わる。
「希望はな、歩いていった先に落ちとるんや」
よっしーが得意げに言う。今日のこいつ、妙に名言モードだ。
クリフさんは、山を見上げて静かに頷いた。
「うむ。登った分だけ、景色は嘘をつかない」
「その“嘘をつかない”っての、今の俺には怖いんすけど」
俺がぼやくと、クリフさんは口元だけ笑った。
「無理はするな。歩幅を小さく、息を一定に。酒の後は特にな」
……兵士というより、完全に面倒見のいい兄貴だ。腹立つほど正しい。
あーさんは、胸元の二つの鈴をそっと押さえ、柔らかく笑う。
「ユウキさん。山は怖ろしくもございますが……皆さまと歩むことは、胸が温こうございますね」
ニーヤは尻尾を揺らし、俺の足元を見て言った。
「我が主人、お顔が白いですニャ。水、飲むのですニャ」
「飲んでる飲んでる」
ブラックは無言で、俺の肩で小さく姿勢を変えた。
あいつは言葉がない分、やたら落ち着いてる。
その時、よっしーが――
「ほな、今日はこれや」
虚空庫アイテムボックスから取り出したのは、1989年ごろのラジカセ。
角が丸くて、無駄に頑丈そうで、ボタンがやたら多い。
いまの時代に持ってたら逆にオシャレなやつだ。
「なんで異世界にラジカセがあるんだよ」
「1989年の希望や。令和の絶望には、昭和〜平成の機械で対抗や」
よっしーが胸を張る。
ガチャ、とカセットを差し込み、再生ボタン。
小さなスピーカーから、少しざらついた音が流れ始めた。
JUN SKY WALKER(S) ―『歩いていこう』♪
異世界の山に、平成の風が混じる。
変なのに、しっくりくる。
俺の中の“だるい”が、一段だけ軽くなるのが分かった。
「……ちょっとムカつくくらい合ってるな」
「せやろ? ほな、歩いていこか」
よっしーがニッと笑う。
俺たちは、山道へ踏み出した。
◆ 山頂――みんなで「イエーイ」
しばらく黙々と登って、息が上がって、汗が出て。
それでも足を止めずにいると、ある瞬間、木々がふっと途切れて視界が開けた。
山頂。
空が近い。風が強い。
下に広がるのは、森と谷と、遠くの町の屋根の色――まるで小さな模型みたいだ。
「うわ……」
思わず声が漏れた。
よっしーが両手を上げる。
「イエーイ!! ほら見てみぃや! これやこれ! 登ったやつの特権や!」
テンションがバブル全盛期。
クリフさんも、珍しく肩の力が抜けている。
「良い場所だ。ここまで来た甲斐があるな」
目が子供みたいに澄んでる。
あーさんは、胸の前で手を重ねて、息を吐いた。
「まぁ……まるで絵巻物のようでございます……。この世にも、これほど澄んだ眺めがあるのですね」
明治の言葉なのに、景色に負けてない。
ニーヤは耳を立て、風の匂いを嗅いでいる。
「我が主人、この風……水の匂いがしますニャ」
「鼻、便利すぎ」
ブラックは岩の上にちょこんと座って、どこか偉そうに町の方を見ていた。
お前、ほんと何者だよ。
俺は岩に腰を下ろして、空を見上げた。
こういうの、本当は嫌いじゃない。
だけど俺は、頑張ってもどうにもならない現実を知りすぎた。
心の天気は、そう簡単に晴れない。
「……すげぇけどさ」
俺が呟くと、よっしーが隣に座って肩でぶつかってきた。
「ユウキ、お前また曇っとるやろ。せっかく晴れとるのに」
「俺の心の天気は、そう簡単に変わんねえよ」
「まあええ。今日は景色の勝ちでええやん」
クリフさんが、少し離れたところから俺を見て言った。
「君が無理に明るくなる必要はない。だが、景色に“負ける”ことは悪くないぞ」
あーさんがそっと添える。
「失われし年としを嘆くよりも、いま此処に共に居る“縁”を……どうぞ」
二つの鈴が、風にかすかに鳴った。
「……縁、ね」
俺は短く笑って、立ち上がる。
「よし。反対側、行くか」
よっしーがラジカセを持ち上げる。
「BGMは続行や。歩いていこう、やからな」
「分かった分かった」
⸻
◆ 反対側へ――一時間。クリフの「休もう」で救われる
山頂から反対側へ下り始めて、一時間ほど。
景色のご褒美は、体力の請求書とセットだった。
足が重い。
酒が抜け切ってない。
膝の裏が地味に痛い。
俺の中の“やりたくねぇ”が、また顔を出す。
「……うぐ」
小さく漏れた声を誤魔化したつもりだった。
けど、クリフさんは見逃さない。
歩く速度が、ほんの少しだけ落ちた。
「ここまで」
クリフさんが手を上げ、俺たちを止めた。
「そろそろ休もう。夜が慌ただしくなる前に、落ち着いて準備したい」
……俺がキツそうなの、察したな。
ありがたいのに、悔しい。
「ユウキ君、大丈夫か?」
「……大丈夫っす。ちょい酒が残ってるだけで」
「それを大丈夫と言うのは、兵の基準では“危険”だ」
よっしーが即ツッコミ。
「クリフ、真面目すぎるわ! まあでも、休憩は賛成や!」
そして俺の背中をばん、と叩く。
「ユウキ、令和の絶望なら昭和のメシで回復や!」
「理屈が雑なんだよ」
「雑に強いのが昭和や」
あーさんが微笑む。
「まこと、よっしーさんは頼もしい方でございます」
完全に乗せられてる。
ニーヤも頷く。
「我が主人、休むのですニャ。主人が倒れたら、あっしが困りますニャ」
「理由が生活寄りだな」
「生活は大事ですニャ」
ブラックは地面へ降りて周囲を一周し、何もない顔で戻ってきた。
“ここ安全”って報告に見えてしまう。
⸻
◆ 「ほんならここいらでキャンプやな」→カレー準備
止まった場所は、木々が少し開けていて、地面も平ら。
近くに小さな流れがある。焚き火にも、水にも困らない。
「ほんならここいらでキャンプやな」
よっしーが言うなり、虚空庫アイテムボックスから道具を出し始める。
テント。
焚き火台。
鍋。包丁。まな板。
それと――ラジカセの音量を少し上げて、山の静けさに馴染ませる。
「なんか、山が“酒場”みたいになってきたな」
俺が言うと、よっしーが得意げに笑った。
「せや。嵐の後は静けさや。静けさの中で食うメシが一番うまい」
そして、よっしーが“嬉しそうな顔”をした。
「ほんなら――カレーにしよか?」
材料がずらりと並ぶ。
玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、肉。
香りの強いルウ。
そして米。
あーさんの顔が“事件”になった。
「まぁ……! 肉に、野菜に、香りの粉……それを一度に煮込むなど……!」
口元に手を当て、目を輝かせる。
「そんなに驚く?」
俺が聞くと、あーさんは真剣に頷いた。
「はい。わたくしの頃に“西洋のカリー”と申せば、異国の珍味……
それも、上等な食堂でいただくような“ご馳走”でございます。
香辛料は高価、肉も貴重……それを、この野外で、惜しげもなく……!」
よっしーがニヤニヤする。
「ええ反応や。千鶴さん、分かっとるなぁ」
クリフさんは鍋を覗き込む。
「香りが強い。辛いのか?」
「辛いのもあるし、甘いのもある。今日はちょうどええとこでいく」
よっしーが言う。
ニーヤは米をじっと見て、ぽつり。
「我が主人、この白い粒……主食ですニャ?」
「そう。これにカレーをかける」
「上から……ですニャ?」
「上からだ」
「主人、哲学ですニャ……」
ブラックは肉の近くに寄って、じっと見ている。
目が「俺の分ある?」って言ってる。
⸻
◆ 夜景に乾杯
鍋がコトコト言い始めた頃。
香りが立ち上がる。
腹が勝手に前のめりになる。
そして俺の中の悪魔が囁く。
――飲みてぇ。
「……酒、欲しい」
俺が言うと、よっしーが肩をすくめた。
「はいはい。出るで〜」
缶ビールと赤ワインが出てくる。
山の中で当たり前みたいに出てくるのが、異常なのに、今は正義だ。
俺が缶を受け取ろうとした瞬間、クリフさんが静かに手を上げた。
「待て」
説教かと思った。
「せっかくだ。皆で乾杯といこう」
クリフさんは少し照れたように言う。
「登りを越えたことに。そして――嵐の後の静けさに」
あーさんが、そっと頷いた。
「……はい。まこと、良き響きでございます」
ニーヤは杯の意味が分からず、水の器を持ち上げた。
「我が主人、あっしもですニャ!」
よっしーがラジカセを指で叩く。
「BGMも最高やしな。歩いていこう、や」
曲の“抜け”が、焚き火のぱちぱちと混ざって心地いい。
ふと見上げると、木々の隙間の向こうに、谷の向こうの町の灯りが見えた。
遠いのに、はっきりと瞬いている。
昼の絶景とは別の、夜の景色だ。
「……うわ、夜景」
俺が呟くと、クリフさんが静かに言った。
「美しいな。火の海のようだ」
あーさんが息を漏らす。
「星と、地の灯が……競うております」
言葉が綺麗すぎる。
よっしーが缶を掲げた。
「ほな――嵐の後の静けさと美しい夜景に乾杯!!」
「乾杯」
俺も缶を合わせる。
「乾杯」
クリフさんの杯が静かに鳴る。
「かんぱい、でございます」
あーさんは丁寧に微笑む。
「乾杯ですニャ!」
ニーヤが元気に器を合わせる。
ブラックは――俺の肩で小さく目を細めた。
あいつなりの乾杯だろう。
⸻
◆ カレー完成:現地組の衝撃/よっしー「うまいやろー!」
「できたで!」
よっしーが鍋の蓋を開けた瞬間、香りが夜を支配した。
焚き火の煙と混じって、腹の奥へ一直線に刺さる。
炊き上がった米を皿に盛り、カレーをどろりとかける。
見慣れた光景なのに、山の上だと“儀式”みたいだ。
「千鶴さん、熱いから気ぃつけてな」
「はい……いただきます」
あーさんが手を合わせて一口。
次の瞬間、目が見開かれる。
「……! こ、これは……!
香りが、異国の舞踏会のようで……それでいて、身体が温まります……!」
例えが明治すぎる。でも最高だ。
クリフさんも一口。
「……うむ。兵舎の煮込みとはまるで違う。
甘みと辛みが同居している。これは……力が出る味だ」
ニーヤは恐る恐る、米ごとすくって口へ。
――固まった。
「……」
「……おい」
「……」
「ニーヤ?」
「………………美味すぎて衝撃ですニャ!!!!」
森に響いて、どこかの鳥が飛び立った。
よっしーが腹を抱えて笑う。
「猫のリアクション派手すぎやろ!」
そして、胸を張って言う。
「うまいやろー!!…ワイにまかせとき!」
俺はビールを一口飲んで、息を吐いた。
二日酔いの頭が、少しずつ“楽しい”に寄っていく。
焚き火の音。
ラジカセから流れる『歩いていこう』。
遠くの町の灯り。
仲間の笑い声。
――嵐の後の静けさって、こういうことかもしれない。
大きな出来事の後に残る、やさしい時間。
それを俺たちは、ちゃんと拾えている。
「なあ、よっしー」
「ん?」
「……今日、来てよかったわ」
小さく言うと、よっしーは何も言わずに笑って、俺の缶に自分の缶を軽く当てた。
クリフさんも、焚き火を見つめたまま言う。
「こういう夜を積み重ねれば、人は強くなる」
兄貴かよ。
あーさんが静かに頷く。
「縁とは……温かきものにございますね」
ニーヤは皿を抱えて、夢中で食べ続けている。
ブラックは肉だけを狙ってよっしーに小突かれ、しれっと俺の肩に戻ってきた。
俺たちの夜は、まだ続く。
BGMと焚き火とカレーの匂いに包まれて――ゆっくり、ゆっくり。




