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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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13/462

薬師の娘ライラと消えた両親



前書き


人には得意なことがあります。


掃除が得意な人。


人付き合いが得意な人。


森を歩くのが得意な人。


そして――


何をやらせても不器用な人。


モンテーヌの町にしばらく滞在することになったユウキたち。


薬屋の二階を借りた彼らを待っていたのは、

束の間の平穏と、

そして少しずつ近づいてくる不穏な影でした。


⸻


本文


《主人公・相良ユウキの視点》


翌朝。


目を覚ますと、

窓から柔らかな朝日が差し込んでいた。


久しぶりの屋根付き生活である。


野宿続きだった俺からすると、

それだけで天国だった。


「ふぁぁぁ……」


大きく欠伸をする。


隣ではよっしーが豪快に寝ている。


クリフさんはすでに起きていた。


早い。


相変わらず軍人みたいな人だ。


「あーさんは?」


「既に下へ降りておられる」


「早っ!」


嫌な予感がした。


⸻


階段を降りる。


案の定だった。


「あーさん!?」


店内がピカピカになっている。


棚は整理され、

床は磨かれ、

薬草は種類ごとに並べられている。


しかも。


ライラまで手伝わされていた。


「こっちを持ってくださいませ」


「はいはい……」


「もっと丁寧にでございます」


「うぅ……」


完全に弟子である。


⸻


婆ちゃんが笑う。


「千鶴さんは働き者だねぇ」


「いえいえ」


あーさんが上品に微笑む。


明治の女学校育ち。


家事能力が高すぎる。


⸻


一方。


よっしー。


⸻


「本日大特価やでー!」


⸻


店先に立っている。


⸻


何やってんだアイツ。


⸻


「ポーションあります!」


「薬あります!」


「おばちゃん見ていかへん?」


⸻


客が来る。


⸻


「お?」


⸻


また来る。


⸻


「おお?」


⸻


さらに来る。


⸻


ライラが目を丸くした。


「なんで?」


⸻


俺も思った。


⸻


なんで?


⸻


「笑顔や」


よっしーが言う。


⸻


「は?」


⸻


「商売はまず笑顔や」


⸻


ライラ


「……」


⸻


納得していない。


⸻


でも客は来る。


⸻


婆ちゃん


大喜び。


⸻


「木幡さん、明日も頼むよ!」


⸻


「まかしとき!」


⸻


もう店員である。


⸻


◇


そして。


問題は俺だった。


⸻


「ユウキさんはこちらを」


⸻


あーさんが薬瓶を渡す。


⸻


運ぶ。


⸻


落とす。


⸻


ガシャーン!


⸻


全員


「……」


⸻


「すまん」


⸻


次。


⸻


薬草を束ねる。


⸻


上下逆。


⸻


「違います」


⸻


「あっ」


⸻


次。


⸻


接客。


⸻


客


「傷薬ある?」


⸻


俺


「ある」


⸻


客


「……」


⸻


俺


「……」


⸻


客


帰る。


⸻


ライラ


「アンタ何ならできるの?」


⸻


グサッ。


⸻


心に刺さった。


⸻


よっしー爆笑。


⸻


「ユウキほんま不器用やなぁ!」


⸻


あーさんも笑っている。


⸻


ひどい。


⸻


◇


昼過ぎ。


店番を交代して休憩する。


⸻


「ほな休憩しよか!」


⸻


出た。


⸻


よっしータイムである。


⸻


虚空庫からゴソゴソ。


⸻


クリフ


「今度は何を出すのだ?」


⸻


「あ、また始まった」


俺は呟く。


⸻


出てきたのは。


巨大ラジカセだった。


⸻


ライラ


「なんだそれ!?」


⸻


婆ちゃん


「箱……?」


⸻


クリフ


警戒。


⸻


あーさん


興味津々。


⸻


カチッ。


⸻


次の瞬間。


⸻


♪


歩いていこう


前を向いて


歩いていこう

♫


⸻


ライラ


飛び上がった。


⸻


「うわっ!?」


⸻


「箱が歌った!!」


⸻


婆ちゃんまで驚く。


⸻


クリフ硬直。


⸻


「なぜ人が入っている?」


⸻


「入っとらん」


⸻


よっしー即答。


⸻


「絶対入っている」


⸻


「入っとらん」


⸻


「では何故歌う」


⸻


「科学や」


⸻


「カガクとは何だ」


⸻


「説明長なる」


⸻


いつもの流れである。


⸻


◇


やがて。


ライラが少しずつ音楽に慣れてきた。


⸻


足でリズムを取る。


⸻


婆ちゃんも揺れている。


⸻


あーさんは微笑む。


⸻


そして。


ほんの少しだけ。


⸻


ライラが笑った。


⸻


それを見て。


俺は少し安心した。


⸻


◇


夕方。


⸻


店が落ち着く。


⸻


ライラが薬草を整理していた。


⸻


「なあ」


俺は話しかける。


⸻


「ん?」


⸻


「何歳なんだ?」


⸻


「十三」


⸻


若い。


⸻


思った以上に若い。


⸻


「友達とかは?」


⸻


ライラは首を振った。


⸻


「いない」


⸻


即答。


⸻


「店があるし」


⸻


「父ちゃんも母ちゃんもいないし」


⸻


「婆ちゃん一人じゃ無理だし」


⸻


当たり前みたいに言う。


⸻


十三歳なのに。


⸻


十三歳なのにだ。


⸻


◇


夜。


⸻


夕食を食べながら。


⸻


両親の話になった。


⸻


三ヶ月前。


⸻


薬草採取。


⸻


森。


⸻


そして失踪。


⸻


誰も戻らない。


⸻


「山賊だって噂さ」


婆ちゃんが言った。


⸻


「人さらいも出る」


⸻


クリフさんの表情が変わる。


⸻


「やはりか」


⸻


何か知っているらしい。


⸻


ライラは俯く。


⸻


「父ちゃんは生きてる」


⸻


小さな声。


⸻


「絶対生きてる」


⸻


誰よりも。


⸻


自分に言い聞かせるようだった。


⸻


◇


その夜。


⸻


俺は目を覚ました。


⸻


何となく。


⸻


嫌な予感がした。


⸻


窓の外を見る。


⸻


月明かり。


⸻


そして。


⸻


薬屋の裏庭。


⸻


小さな影。


⸻


ライラだった。


⸻


一人。


⸻


泣いていた。


⸻


声を押し殺して。


⸻


肩を震わせながら。


⸻


「……」


⸻


俺は何も言えなかった。


⸻


その時。


⸻


隣に誰か来た。


⸻


あーさんだった。


⸻


彼女も気付いていたらしい。


⸻


「心配でございますね」


⸻


小さな声。


⸻


「そうだな」


⸻


風が吹く。


⸻


あーさんは月を見る。


⸻


「わたくしも」


⸻


ぽつり。


⸻


「父と母がおりました」


⸻


明治三十五年。


⸻


遠い時代。


⸻


もう帰れない場所。


⸻


「突然会えなくなることの辛さは……」


⸻


そこで言葉が止まった。


⸻


俺は何も言えなかった。


⸻


ただ。


⸻


ライラの背中を見ていた。


⸻


◇


翌朝。


⸻


ライラはいつも通りだった。


⸻


元気そうに見えた。


⸻


薬草籠を持つ。


⸻


「森行ってくる」


⸻


婆ちゃんが頷く。


⸻


「気を付けるんだよ」


⸻


「分かってる」


⸻


そう言って。


⸻


ライラは森へ入っていった。


⸻


俺たちは知らなかった。


⸻


これが。


⸻


嵐の前の静けさだったことを。


⸻


◇


夕方。


⸻


ライラが帰らない。


⸻


日が沈む。


⸻


夜になる。


⸻


それでも帰らない。


⸻


婆ちゃんの顔色が変わった。


⸻


「遅い……」


⸻


クリフさんが立ち上がる。


⸻


「探そう」


⸻


全員が動いた。


⸻


森へ入る。


⸻


そして。


⸻


見つけた。


⸻


薬草籠。


⸻


破れた布。


⸻


争った跡。


⸻


俺の背筋が冷たくなる。


⸻


「これは……」


⸻


クリフさんが地面を見る。


⸻


「複数人の足跡だ」


⸻


森の奥へ続いている。


⸻


そして。


⸻


人間のものだった。


⸻


俺は嫌な予感を覚える。


⸻


山賊。


⸻


人さらい。


⸻


失踪した両親。


⸻


すべてが一本に繋がった気がした。


⸻


クリフさんが弓を握る。


⸻


「急ごう」


⸻


俺たちは森の奥へと駆け出した。


⸻


ライラを救うために。


⸻


そして。


消えた両親の真実を知るために――。



⸻




後書き


ここまで読んでいただきありがとうございます。


モンテーヌでの束の間の日常回でした。


掃除上手なあーさん。

営業の天才よっしー。

森の知識を持つクリフ。


そして何をやらせても微妙なユウキ……。


ですが、人を放っておけないのもまたユウキの長所なのかもしれません。


次回、物語は大きく動きます。


ライラ失踪。


山賊の影。


そして失われた家族。


モンテーヌ編は本格的な事件へ突入します。

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