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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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薬師の娘ライラと消えた両親



前書き


人には得意なことがあります。


掃除が得意な人。


人付き合いが得意な人。


森を歩くのが得意な人。


そして――


何をやらせても不器用な人。


モンテーヌの町にしばらく滞在することになったユウキたち。


薬屋の二階を借りた彼らを待っていたのは、

束の間の平穏と、

そして少しずつ近づいてくる不穏な影でした。



本文


《主人公・相良ユウキの視点》


翌朝。


目を覚ますと、

窓から柔らかな朝日が差し込んでいた。


久しぶりの屋根付き生活である。


野宿続きだった俺からすると、

それだけで天国だった。


「ふぁぁぁ……」


大きく欠伸をする。


隣ではよっしーが豪快に寝ている。


クリフさんはすでに起きていた。


早い。


相変わらず軍人みたいな人だ。


「あーさんは?」


「既に下へ降りておられる」


「早っ!」


嫌な予感がした。



階段を降りる。


案の定だった。


「あーさん!?」


店内がピカピカになっている。


棚は整理され、

床は磨かれ、

薬草は種類ごとに並べられている。


しかも。


ライラまで手伝わされていた。


「こっちを持ってくださいませ」


「はいはい……」


「もっと丁寧にでございます」


「うぅ……」


完全に弟子である。



婆ちゃんが笑う。


「千鶴さんは働き者だねぇ」


「いえいえ」


あーさんが上品に微笑む。


明治の女学校育ち。


家事能力が高すぎる。



一方。


よっしー。



「本日大特価やでー!」



店先に立っている。



何やってんだアイツ。



「ポーションあります!」


「薬あります!」


「おばちゃん見ていかへん?」



客が来る。



「お?」



また来る。



「おお?」



さらに来る。



ライラが目を丸くした。


「なんで?」



俺も思った。



なんで?



「笑顔や」


よっしーが言う。



「は?」



「商売はまず笑顔や」



ライラ


「……」



納得していない。



でも客は来る。



婆ちゃん


大喜び。



「木幡さん、明日も頼むよ!」



「まかしとき!」



もう店員である。




そして。


問題は俺だった。



「ユウキさんはこちらを」



あーさんが薬瓶を渡す。



運ぶ。



落とす。



ガシャーン!



全員


「……」



「すまん」



次。



薬草を束ねる。



上下逆。



「違います」



「あっ」



次。



接客。




「傷薬ある?」




「ある」




「……」




「……」




帰る。



ライラ


「アンタ何ならできるの?」



グサッ。



心に刺さった。



よっしー爆笑。



「ユウキほんま不器用やなぁ!」



あーさんも笑っている。



ひどい。




昼過ぎ。


店番を交代して休憩する。



「ほな休憩しよか!」



出た。



よっしータイムである。



虚空庫からゴソゴソ。



クリフ


「今度は何を出すのだ?」



「あ、また始まった」


俺は呟く。



出てきたのは。


巨大ラジカセだった。



ライラ


「なんだそれ!?」



婆ちゃん


「箱……?」



クリフ


警戒。



あーさん


興味津々。



カチッ。



次の瞬間。




歩いていこう


前を向いて


歩いていこう



ライラ


飛び上がった。



「うわっ!?」



「箱が歌った!!」



婆ちゃんまで驚く。



クリフ硬直。



「なぜ人が入っている?」



「入っとらん」



よっしー即答。



「絶対入っている」



「入っとらん」



「では何故歌う」



「科学や」



「カガクとは何だ」



「説明長なる」



いつもの流れである。




やがて。


ライラが少しずつ音楽に慣れてきた。



足でリズムを取る。



婆ちゃんも揺れている。



あーさんは微笑む。



そして。


ほんの少しだけ。



ライラが笑った。



それを見て。


俺は少し安心した。




夕方。



店が落ち着く。



ライラが薬草を整理していた。



「なあ」


俺は話しかける。



「ん?」



「何歳なんだ?」



「十三」



若い。



思った以上に若い。



「友達とかは?」



ライラは首を振った。



「いない」



即答。



「店があるし」



「父ちゃんも母ちゃんもいないし」



「婆ちゃん一人じゃ無理だし」



当たり前みたいに言う。



十三歳なのに。



十三歳なのにだ。




夜。



夕食を食べながら。



両親の話になった。



三ヶ月前。



薬草採取。



森。



そして失踪。



誰も戻らない。



「山賊だって噂さ」


婆ちゃんが言った。



「人さらいも出る」



クリフさんの表情が変わる。



「やはりか」



何か知っているらしい。



ライラは俯く。



「父ちゃんは生きてる」



小さな声。



「絶対生きてる」



誰よりも。



自分に言い聞かせるようだった。




その夜。



俺は目を覚ました。



何となく。



嫌な予感がした。



窓の外を見る。



月明かり。



そして。



薬屋の裏庭。



小さな影。



ライラだった。



一人。



泣いていた。



声を押し殺して。



肩を震わせながら。



「……」



俺は何も言えなかった。



その時。



隣に誰か来た。



あーさんだった。



彼女も気付いていたらしい。



「心配でございますね」



小さな声。



「そうだな」



風が吹く。



あーさんは月を見る。



「わたくしも」



ぽつり。



「父と母がおりました」



明治三十五年。



遠い時代。



もう帰れない場所。



「突然会えなくなることの辛さは……」



そこで言葉が止まった。



俺は何も言えなかった。



ただ。



ライラの背中を見ていた。




翌朝。



ライラはいつも通りだった。



元気そうに見えた。



薬草籠を持つ。



「森行ってくる」



婆ちゃんが頷く。



「気を付けるんだよ」



「分かってる」



そう言って。



ライラは森へ入っていった。



俺たちは知らなかった。



これが。



嵐の前の静けさだったことを。




夕方。



ライラが帰らない。



日が沈む。



夜になる。



それでも帰らない。



婆ちゃんの顔色が変わった。



「遅い……」



クリフさんが立ち上がる。



「探そう」



全員が動いた。



森へ入る。



そして。



見つけた。



薬草籠。



破れた布。



争った跡。



俺の背筋が冷たくなる。



「これは……」



クリフさんが地面を見る。



「複数人の足跡だ」



森の奥へ続いている。



そして。



人間のものだった。



俺は嫌な予感を覚える。



山賊。



人さらい。



失踪した両親。



すべてが一本に繋がった気がした。



クリフさんが弓を握る。



「急ごう」



俺たちは森の奥へと駆け出した。



ライラを救うために。



そして。


消えた両親の真実を知るために――。






後書き


ここまで読んでいただきありがとうございます。


モンテーヌでの束の間の日常回でした。


掃除上手なあーさん。

営業の天才よっしー。

森の知識を持つクリフ。


そして何をやらせても微妙なユウキ……。


ですが、人を放っておけないのもまたユウキの長所なのかもしれません。


次回、物語は大きく動きます。


ライラ失踪。


山賊の影。


そして失われた家族。


モンテーヌ編は本格的な事件へ突入します。

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