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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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薬屋の二階と帰る場所

 薬屋の二階と帰る場所


前書き


人を助けることは簡単ではありません。


助けたつもりでも、

相手がそれを望んでいないこともあります。


手を差し伸べても、

振り払われることもあります。


それでも――


誰かのために動こうとする人がいるから、

世界は少しだけ優しくなれるのかもしれません。


今回はモンテーヌの町で出会った少女、

ライラのお話です。



本文


(主人公・相良ユウキ視点)


「ちょいと待ちな、アンタら」


薬屋を出ようとした時だった。


後ろからしわがれた声が聞こえた。


振り返ると、

店の奥から一人の老婆が姿を現した。


白髪混じりの髪。


背中は少し曲がっている。


だが、その目だけは妙に鋭かった。


「婆ちゃん!」


ライラが慌てて声を上げる。


どうやら彼女の祖母らしい。


老婆は俺たちを順番に見回した。


そして小さく頭を下げた。


「孫を助けてくれたんだろう?」


「いや、まぁ……」


俺は頭を掻いた。


別に礼を言われるようなことでもない。


見過ごせなかっただけだ。


「たいした礼はできないけどね」


老婆は言う。


そして。


「泊まるところはあるのかい?」


俺たちは顔を見合わせた。


ない。


普通にない。


今夜も野宿予定だった。


「実は無いんや」


よっしーが笑う。


「いつもその辺で寝とる」


「アンタら馬鹿かい」


即答だった。


「山賊も魔物も出るのに」


「いやぁ〜」


「笑い事じゃないよ」


正論である。



老婆は店の天井を指差した。


「二階が空いてる」


「え?」


「昔は薬草置き場だったんだけどね」


ライラが慌てる。


「婆ちゃん!」


「なんだい」


「勝手に決めるな!」


「だったら追い出すかい?」


ライラが黙った。


図星らしい。


「助けてもらったんだろう?」


「……」


「恩は返せる時に返すもんだ」


ライラは不満そうに頬を膨らませた。


「好きにしなよ……」


そう言って奥へ引っ込んでしまう。



結局。


俺たちは薬屋の二階を借りることになった。


階段を上がる。


ギィィ……


嫌な音がする。


扉を開ける。


「うわ」


思わず声が出た。


埃。


蜘蛛の巣。


薬草の山。


木箱。


謎の袋。


完全な物置だった。


「なるほどな」


クリフさんが苦笑する。


「確かに空いている」


「空いてるだけやな」


よっしーも笑う。



すると。


「まぁ!」


あーさんが目を輝かせた。


「お掃除でございますね!」


なぜ嬉しそうなんだ。


「あーさん?」


「お任せくださいませ!」


そう言うと袖をまくった。


明治の乙女がやる気である。



そこから大掃除が始まった。


よっしーは箒をコピー。


バケツをコピー。


雑巾をコピー。


何でもコピー。


「お前便利すぎるだろ」


「そうか?」


自覚が無い。



一時間後。


部屋は見違えるようになっていた。


窓から夕日が差し込む。


床も見える。


寝場所も確保。


「おお……」


クリフさんが感心している。


「さすが千鶴殿」


「ありがとうございます」


あーさんは嬉しそうだった。



その夜。


一階で夕食をご馳走になった。


野菜スープ。


黒パン。


燻製肉。


豪華ではない。


だが温かい。


「いただきます」


ライラは黙々と食べている。


あまり喋らない子だ。



しばらくして。


老婆がぽつりと言った。


「本当ならね」


全員が顔を上げる。


「ここにはもっと賑やかな声があったんだよ」


ライラの手が止まる。


「婆ちゃん」


「父ちゃんも母ちゃんもいた」


静かな声だった。


「薬草を採りに行ったまま帰らなくなった」


空気が重くなる。



「どれくらい前なんですか?」


俺は聞いた。


「三ヶ月だよ」


長い。


長すぎる。


普通なら死んだと思う期間だ。



「山賊だって話さ」


老婆が言った。


「人さらいも出る」


クリフさんの表情が変わった。


「やはり……」


何か知っているらしい。



ライラは顔を伏せた。


「父ちゃんは生きてる」


小さな声だった。


「絶対生きてる」


誰に言うでもない。


自分に言い聞かせるように。


「だからアタシが店を守るんだ」



その夜。


眠れなかった。


ふと目が覚めた。


窓の外を見る。


月明かり。


そして。


一階の裏庭。


小さな影。


ライラだった。



一人で泣いていた。


声を殺して。


肩を震わせながら。



俺は何も言えなかった。


だが。


隣に誰か来た。


あーさんだった。


彼女も気付いていたらしい。



「心配でございますね」


小さく呟く。


「そうだな」


「まだ子供にございます」


風が吹く。



あーさんは遠くを見る。


「わたくしも父と母がおりました」


明治三十五年。


遠い時代。


「突然会えなくなることの辛さは……分かる気がいたします」



翌朝。


事件は起きた。


薬草採取に出たライラが帰ってこなかった。



「何だって!?」


老婆が立ち上がる。


「昼には戻るはずだったんだよ!」


嫌な予感しかしない。



クリフさんが立ち上がった。


「探そう」


即答だった。


「まだ遠くへは行っていないはずだ」



俺たちは森へ向かった。


ライラの足跡を追う。


そして。


見つけた。



薬草籠。


破れた布。


争った跡。



「クソッ……」


嫌な予感が確信に変わる。



クリフさんが地面を見る。


「複数人」


「え?」


「人の足跡だ」


森の奥へ続いている。



「山賊か」


俺が言う。


クリフさんは頷いた。



その時。


木陰から矢が飛んできた。


ヒュッ!



ガキン!


クリフさんが弾く。



「何者だ!」



森の奥から男が現れた。


弓を持っている。


三十前後。


鋭い目。



「……見つかったか」


男は苦笑した。



そして。


その後ろから現れる。


武装した男たち。



先頭に立つ大男。


熊みたいな体格。


巨大な斧。



ガレス。



その隣。


槍を持つ男。


ルガー。



さらに。


弓使いカシオン。


大剣のアーサー。



完全に山賊だ。



ガレスが俺たちを見る。


「その娘の知り合いか」


低い声だった。



俺は剣を抜く。


「ライラはどこだ」



ガレスは黙る。



そして。


静かに答えた。



「話をする気はある」



その言葉に。


俺は少しだけ違和感を覚えた。



普通の山賊なら。


こんな顔はしない。



まるで。


何か事情を抱えている人間の顔だった。



だが。


ライラを連れ去ったことに変わりはない。



俺たちは知らない。


この先で待つ真実も。


ライラの両親の行方も。


そして。


ガレスたち黒狼団が抱える事情も。



次回へ続く







後書き


ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回はライラ編の導入回となりました。


薬屋の二階。

ライラとの距離。

そして失踪した両親。


モンテーヌでの出会いは、思わぬ方向へと進み始めます。


次回は黒狼団との本格的な接触。


山賊は本当に悪なのか。


そしてライラの両親は生きているのか。


ユウキたちの新たな人助けが始まります。


応援コメントや評価をいただけると励みになります。


それではまた次回お会いしましょう。

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