源泉に響く笑い声と、明治の乙女の覚悟
前書き
強敵ワイルドベアとの遭遇を乗り越え、ユウキは新たな眷属、猫魔導士ニーヤを手に入れた。しかし、戦いは思わぬ形で幕を閉じた。クリフの放った一矢で熊は逃げ出し、ユウキは少し拍子抜けしたような気分だ。それでも、無事に危機を脱したことに変わりはない。
旅路を進める中で、ユウキたちはいつの間にか、まるで家族のような一体感を築き始めていた。過酷な環境での共同生活が、彼らの心を強く結びつけたのだ。そんな彼らを、黄昏の空の下、心身を癒やす至福の時間が待っていた。しかし、そこには、あーさんこと千鶴の、明治の乙女としての複雑な心境と、よっしーの粋な計らいが隠されていた。
(主人公・相良ユウキの視点)
ワイルドベアとの遭遇は、クリフさんの放った一撃で、あっけなく終わった。クリフさんの矢が熊の身体に突き刺さると、熊は驚いて逃げ出して行った。
「なんや、ずいぶんと臆病な熊やな」
よっしーが、拍子抜けしたような顔で言った。
「まあ、それでもとりあえず何とかなったんだし、いいんじゃねえの」
俺は、そう言って、よっしーに荷物を**虚空庫**に戻すように促した。
よっしーは、言われた通りに荷物を片付けると、また山道へと入り、移動を再開した。
「なあ、よっしー」
「なんや、どうしたん?」
「その能力って、生ものとかは大丈夫なの? さっき、肉ごとポイって放ってたよね」
俺は、昼間のバーベキューを思い出し、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「ああ、大丈夫やで。この能力、アイスとかも凍ったままやねん」
「うむ。それが本当ならば、例えば魔法なんかをその能力の中に入れてしまえば、いざとなった時に取り出して使うことができないのか?」
クリフさんの言葉に、よっしーは首を傾げた。
「さぁ、それは考えたこともないわ。そもそも、魔法なんか使われへんしな」
よっしーは、自分の能力を単なる「保管庫」としてしか考えていなかったようだ。
その時、俺の肩に止まっていたブラックの隣で、ニーヤがサッと樫の杖を挙げた。
「我が主人よ。魔法なら任せてくださいニャ。あっしの帽子の上にとまって休んでいるブラックもまた同様ですニャ」
ニーヤは、そう言って、得意げな表情で胸を張った。
なるほど。魔法を**虚空庫**に保管できるかどうかは、今後の大きな課題となりそうだ。俺たちは、また落ち着いた場所にいる時にでも試してみる、ということになった。
そういえば……。俺たちは、山道を歩きながら、ごくごく自然に会話をしている。っていうか、いつの間にか、こんなにも体力がついたんだな。ほんの少し前までは、体力がなくてヒーヒー言っていたのに。
向こうの世界にいた時は、登山なんかやろうとも思わなかったし、そもそも、あまり家から出なかった。この異世界での生活が、俺たちを逞しくしてくれたのかもしれない。
「なあ、みんな見てみぃや! 夕日がめっちゃ綺麗やで!」
どうやら、先頭を歩いていたよっしーが、見晴らしの良い場所を見つけたようだ。
「うむ。ユウキ君、どうだ? 素晴らしい景色だろう?」
クリフさんの言う通り、しばらく見入ってしまうほどの、凄まじい夕焼けだった。
「よっしゃ! ほんなら、ここいらでちょっと休憩タイムしようや!」
よっしーは、虚空庫から見たことのあるチョコレートウエハース菓子を出してみんなに配っていった。
皆、大喜びしたが、クリフさんは食べ物よりも、パッケージの色や形に興味津々みたいだ。
俺は、チョコレートを食べながら、ニーヤに尋ねてみた。
「なあ、ニーヤ。お前は、どうしてあそこで熊に襲われていたんだ?」
ニーヤは、悲しそうな顔で、その時のことを語ってくれた。どうやら、彼は同じ種族の仲間たちと旅をしていたらしい。そこへ突然、あの熊が現れて、仲間たちはみんな殺されてしまった。ニーヤは、命からがら逃げて、俺たちと出会った、ということらしい。
「ほうか。危機一髪ちゅうやつやったんやな!」
よっしーが、ニーヤの頭を撫でて慰める。
「本当に危なかったですニャ……」
ニーヤは、そう言って、俺たちに身を寄せてきた。
「うむ。それにしても、臭い……。せめて先ほどの川で水浴びでもしていれば……」
クリフさんが、自分の匂いを気にしている。まあ、ここんとこずっと野宿だもんな。
「ほんまやな。どっかその辺に風呂場とかあればな」
おいおい、人っ子一人通らないこんな山奥に、そんなものがあるわけねぇだろ。俺は、よっしーの発言に、心の中でツッコミを入れた。
すると、ニーヤが、サッと樫の杖を挙げた。
「この近くに、自然湧出の源泉ならばありますニャ」
「ほんまか!?」
「ふむ。そんな場所があるのなら、是非とも」
「いいじゃん、行こうよ!」
よっしーが、俺の方を見てきたので、俺は手でOKサインを出した。
野山を登り、一時間ほど歩いた所に、それはあった。
「へぇ……」
俺は、思わず声を漏らした。人の手はまったくかかっていない。まさに絵に描いたような、自然そのままの温泉**「野湯」**だった。
右側の湯は、薄い水色をしていて、左側の湯は、緑色をしている。
「よっしゃー! ワイが一番乗りや!」
「うむ。なら、私もいくぞー!」
よっしーとクリフさんは、ガキみたいにはしゃぎ出し、ドボンッと左側の湯へとダイブしていった。マジかよ、コイツら。
「我が主人よ。この源泉には、疲労回復効果もあるそうなので、是非一度試してみるニャ」
ニーヤがそう言うなら、ちょっと入ってみるかな。そろそろ疲れも溜まってきているし。
俺は、ブラックをニーヤに預けて、ザバァッと右側の湯に入った。
「おおおっ! 熱い!」
しかし、少しずつ体が慣れてきた。湯に浸かりながら見る山々の景色も、なかなかだ。それにしても、これはまさに最高の至福だな。周りの草の香りも悪くないし、子供の頃にお爺ちゃんに連れて行ってもらった銭湯の薬湯を思い出す。
「……そういや、俺、何も親孝行とかしてなかったなあ。もし、元の世界へ帰ることができたら、両親に温泉でも連れて行ってやりたいね」
俺は、湯に浸かりながら、遠い故郷の家族に思いを馳せた。
明治の乙女、千鶴の心境
俺たちが温泉に浸かっている間、あーさんこと相沢千鶴は、少し離れた場所で、湯に足をつけるかどうか迷っていた。
「千鶴殿。どうした? 一緒に入ろうではないか」
クリフさんが、心配そうに声をかける。
しかし、千鶴は、首を横に振った。
「わたくしは……。いえ、結構でございます」
千鶴の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
「ああ、そうか……」
クリフさんは、すぐに察したようだ。
千鶴が育った明治の日本では、男女混浴など、ごく一部の地域を除いて、ほとんど行われていない。女性が男性の前で肌を晒すなど、言語道断だったはずだ。
俺は、千鶴の気持ちを察し、どうしたものかと考えた。
その時、よっしーが、**虚空庫**から、何かの布を取り出した。
「これ、千鶴さんに」
よっしーが千鶴に差し出したのは、1989年頃の女子高生が着ていたような水着だった。
「えっ……? これは……?」
千鶴は、その見たことのない布切れに、戸惑いを隠せない。
「ワイらの世界では、こういうの着て、プールとか海とかに入るんや。これなら、肌を晒さずに済むやろ?」
よっしーは、千鶴の気持ちを汲んで、この水着を用意してくれていたのだ。
「ああ……。よっしーさん、ありがとうございます……」
千鶴は、涙ぐんで、よっしーの用意した水着を受け取った。
(相沢千鶴の視点)
わたくし、相沢千鶴は、生まれて初めて見る「みずぎ」というものに、戸惑いを隠せずにいた。
男性の前で肌を晒すなど、わたくしの育った時代では、決して許されないことでございます。しかし、よっしーさんのお心遣いに、わたくしは胸が熱くなりました。
「……こんな、恥ずかしい姿、初めてでございます……」
わたくしは、着替えを終え、意を決して、皆の前に姿を現しました。
「千鶴さん、似合っとるで!」
よっしーさんが、満面の笑みで、わたくしに声をかけてくれました。
「うむ。千鶴殿。とても可憐で美しい」
クリフさんも、優しく言ってくれました。
ユウキさんは、少し照れたように、目を逸らしていましたが……。
わたくしは、皆の優しさに触れ、少しだけ、勇気を持つことができました。
ゆっくりと湯に足を入れると、温かい湯が、わたくしの身体を包み込みました。
「ああ……。なんと気持ちの良いものでございますか……」
わたくしは、生まれて初めて味わう、温泉の心地よさに、思わず声を漏らしました。
空には、満天の星が輝き、皆の楽しそうな声が、源泉に響いていました。
この、得体の知れない異世界で、わたくしは、かけがえのない仲間たちと出会うことができた。
そして、この温かい湯が、わたくしの心に、新しい希望を灯してくれました。
後書き
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
野山を歩き、温泉にたどり着いたユウキたち。よっしーの粋な計らいで、あーさんこと千鶴も、無事に温泉を楽しむことができました。
次回、彼らは再び旅に出ます。しかし、彼らの旅路には、まだまだ多くの困難が待ち受けているようです。
応援コメントや好評価をいただけると幸いです。
まだまだ未熟ですが、よろしくお願いします。




