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約束

よろしくお願いします。

 デ、デブじゃん……。羽織ったコートでイマイチ確認しにくいけど、これでスレンダーとは言えないぞ!もちろん、先輩であられる方にそんな失礼は言えないけれど。


 ただ……、ただだよ、この容姿をスーパービューティーと言い切る藤堂イケメン先輩が「デブ専」だということは確定した。だから由佳ビッチも一応タイプなのか!確かにあの自分勝手で生意気な悪女は小デブだ。


 それにしても哀れなのは藤堂さんに群がっているミーハー女どもである。スレンダーボディを保つために血反吐を吐くようなエクササイズを重ね、頭のてっぺんから爪先に至るまでビューティーサロンで整え続けるのは、先輩が社内一の優良物件である証拠だろう。それが全く的外れだったなんて、これほどの悲劇があるだろうか!?人生はいつだって残酷なものである。俺は思わずほくそ笑んでしまった。


「こちらこそよろしくお願いします。じゃあ、取りあえずお茶でもしましょうか?お互い話すのは初めてですし」


「ええ、そうしましょう。北條君、笑うとちょっとカワイイね」


 あ、いや、これはミーハー女どもの悲劇を思い浮かべたニヤケであって、決して橋本さんがタイプということではないんだけど。でも、やさしそうな人なのはわかる。藤堂さんってキッチリ内面を見れる人だと思ってるから。だって、クソ嫌味な課長を嫌ってるもんな。俺と同じだよ。



 俺は構内にあるケーキ屋さんの喫茶コーナーを目指した。界隈では有名な部類に入ると思う。女の人ならきっと気に入るはずだ。あの体形だし……。



 歩いて五分ほどで着くのだが、橋本さんは直ぐに遅れ気味になる。まあ、身長差は二十センチくらい有るから歩幅も合わないだろう。重力に抗うのも大変だろうし、これは俺が悪い。彼女に合わせるべきだ。


「ゴメンね。私、人より歩くのが遅いの。頑張って連いて行くね」


「大丈夫。時間はたっぷりありますから。俺がゆっくり歩けば済む話ですよ」


「ありがとう。北條君、思った通りやさしいね」


 微笑みながら言う橋本さんが眩しく見えた。



 辿り着いたケーキ屋さんで俺はイチゴショートとブレンドコーヒー、彼女はこの店でお勧めのミルフィーユとミルクティーのセットを頼んだ。


 俺にケーキを食べる機会など滅多にないが、自分でオーダーする時はイチゴショートと決めている。生クリームとスポンジの具合でお店の味が確実にわかるからだ。言わば王道である。脇道は知らない。そんな余裕あるオサレな暮らしはしてないから。安酒は買うけどね。



 皆さまはご存知であろうか?嗜好を無視してただ酔いたいだけならウイスキーが一番コスパが良いことを。もちろん高級酒だと話は違ってくるけどね。まっ、飲まないのが最強だけど、酔いたいからしょうがないじゃん。基本、家飲みだから勘弁して欲しい。こうやって安易な方法でストレスに目をつぶるから現状が改善して行かないのもわかってるんだけど。


「このミルフィーユおいしいッ!さすが看板メニューだわ。北條君のイチゴショートはどう?」


「おいしいですよ。甘さ控えめで。スポンジもしっとりしてて美味です」


「そうね。おいしいお店は何を頼んでもハズレないものよね」


「ええ、僕もそう思います。ところで、橋本さんはこれからどうしたいですか?無難なところで映画とか?ショッピングでもラウンジでも付き合いますよ」


「ねえ、せっかくデートしてるんだから京子って呼んでくれない?私もマサハル君って呼びたいし」


「いいですよ。じゃあ京子さん、さっきの三択でお願いします」


「うーん、それなら映画にしようかな。私、歩き回るの苦手だから。マサハル君、『あなたのお名前なんてえの?』って観た?」


「いや、まだです。うん、それにしましょう。話題作ですしね」


 その時、映画の題目より気に掛かっていたことがある。コートを脱いだ京子さんは藤堂さんの言ってた通り結構グラマラスだ。つまり「巨乳デブ」ってやつだ。つぶらな瞳はクリッとした二重で、とっくりと傘を持たせて居酒屋の入り口に立たせても違和感はない。これがドストライクとは……、改めて藤堂イケメン先輩の罪深さを認識した。



 ケイタイナンバーとメアド交換だけして駅に隣接するシアターに入った。夕食代わりのケーキセットだったけど、物足りなかったのは否めない。腹の足しにポップコーンとコーラのセットを買って席に着いた。観客数は全席の半分以下ってとこだ。俺たちは真ん中の前よりの席に並んで座っている。イチャつくわけでもないので後ろの端っこにする必要はない。そもそもこの映画ってアニメのラブコメだし。もちろんエモーショナルな部分はあるんだけどね。


 俺は上映序盤から二人の間に置かれたポップコーンをムシャムシャと頬張った。ゴメンよ。少し摘まんだら食欲が湧いて来ちまったのさ。映画が三十分ほど進んだところで京子さんと手がぶつかった。彼女はそれまで申し訳程度しか摘まんでいない。思わず顔を見合わせてしまう。


 暗い中だけど京子さんが頬を染めた気がして、俺は衝動的に彼女の柔らかい右手を握った。京子さんはそれを振りほどくでもなくジッとしていたが、やがてそっと左手を重ねて来た。そのせいで上半身が肩にしな垂れ掛かって来る。彼女の甘い香りに鼻腔をくすぐられた。


「京子さん、お正月は一緒に初詣に行きましょう」


 彼女は上目遣いに俺を見て、大きくコクンとうなずいてくれた。イヤッタァ!早くもロンリー状態脱出だぜ!藤堂先輩ありがとおォォォ!!


 正直、最初は巨乳デブかよと思ったけど、京子さんが醸し出すアンニュイな雰囲気がとてもいい。もっと知りたいと思わせるんだよな。決して俺はサルでもクズでもないんだけど、年上のタヌキ姫上等だァ!


「映画が終わったら、少しお酒でも飲みましょうか?マサハル君、アルコールは苦手?」


「いや、たしなむ程度ですけど飲めますよ。二人で話しながら飲めるのって最高です」


 嘘である。ほぼ毎日飲んでるから。一リットルサイズの「バランタイン」一週間で空になるもん。俺、若くしてアル中かも知れない。


 まあいいや。初デートからラウンジなんて、さすが京子さんは大人だ。由佳なんて遊園地が大好きで、やたら俺の嫌いな高いところへ身体を運ぶ乗り物に引っ張り回しやがって。いい加減付き合い切れなくなって「バカになるから高所へ上がる乗り物はやめよう」と言ったら、「じゃあ下で待ってて。一人で乗って来るから」とブッ込きやがったんだぞォ!ホント、クソビッチ以外の何者でもなかったよ。



 百五十分の映画を観終え、二人で駅ビルの十一階に在るラウンジへ行った。俺は気取って「マッカラン」のソーダ割を頼み、京子さんはブラッディマリーをオーダーした。何かこの人カッケーよな。グレーのパンツスーツも場に溶け込んでるし。デニム系の俺はちょっと肩身が狭いけど。


 キンと冷え切った銀製のカクテルグラスにウイスキーグラスを当てた。カチッと小さく短い音がした。


「マサハル君、本当に私なんかでいいの?年上で太目の女だよ」


 やはり太目って自覚はあるのか。でも、人間は容姿ではない!……と信じたい。だって、それでは藤堂さん以外の野郎が浮かばれないじゃん。もちろん、俺も含めてだけど。由佳なんて小デブの平面顔なのにリアルを満喫してるではないか!


「俺、京子さんの雰囲気って好きです。大人の対応も気に入ってますし。でも、藤堂さんを袖にして俺を選ぶ感覚はわかりません」


「ふーん、藤堂君を気にしてるんだ。確かに彼はカッコイイもんね。でも、外見だけじゃないんだよ。すっごく気遣い出来る人なんだから。私みたいなブスにも分け隔てなく接してくれるしね」


 あれ?やっぱり藤堂さんをカッコイイと思ってるんだ。審美眼が偏ってるわけじゃないんだな。


「京子さん、自分でブスって言うのやめて下さい。謙虚なのは好きですけど、卑下するのはダメです!俺の立つ瀬が無くなるじゃないですか」


「フフッ、そうね。ネガティブなこと言ってゴメンなさい。マサハル君、やさしいね。ありがとう」


 そりゃそうだってばァ!何処までが謙遜なのかわかんないけど、社内一の優良物件はあんたのことスーパービューティーって言い切ってたんだぞォ!それにアッサリ引っ掛かっ、ゲフンゲフン、信じて出向いて来たんだからさァ。結果的に正解だったと思えるし。


「俺、京子さんは才女だって聞いてるんですけど、本社勤務は希望されてないんですか?出来る人はやっぱりコントロールタワーである本社にいるべきだし、藤堂さんが認めてたくらいだから実力あると思ってるんですけど」


「私は本社勤務を希望しないの。あえて交通機関のアクセスが悪い城西支店を希望したの。本社勤務と違って自家用車通勤が認められてるからね。もちろん駐車場は自前だし、ガソリン代も入れたら支給される交通費も足が出ちゃうけど、それでもいいの。残業も本社に比べれば少ないから早く帰れるしね。私、お金が最優先じゃない変わり者だから」


 親にパラサイトしてるとは言わないけど、やっぱり実家暮らしは生活に余裕があるんだなあと呑気に思うだけだった。


「へーえ。確かに自家用車通勤だと帰り道にショッピングなど出来ますもんね。大きな荷物も車に積むだけですし」


「そうなの。定時上がりで家路は気の向くままにショッピング。全ての日が定時とは行かないけど、経理課の残業はほぼ月末の週だけだしね」


「それはいいかも知んないけど、俺だと時間を持て余しちゃいそうです。ホント帰ってからゴロゴロしてるだけで。最近は自炊も億劫でコンビニ弁当とか牛丼で済ませてるもんなあ」


「それはダメよ。栄養が偏っちゃうわ。今度手料理を食べさせてあげるね。マサハル君が部屋に上げてくれたらだけど。あっ、でも、大したものが作れないのは許してね」


「激、嬉しいです!俺、女の人の手料理なんて食べたことないですから」


 そうだよ!由佳は俺のために料理なんて一度もしなかった。もちろん、お弁当など作って来たこともない。化粧の時間が無くなるとか、手が荒れるとか言い訳ばかりしてさ。思えば京子さんは女神さまだよ。タヌキ姫バンザァァイ!


「マサハル君、私と付き合ってくれるの?カワイイ顔してるから藤堂君とは違った意味でモテるんでしょうに」


 ハッハッハァ、残念ながら俺はモテねえ。童顔だとは昔から言われるけど、それは決してモテる要素ではないのだ!大学時代に合コンで知り合った女と付き合ったけどアッサリ振られたし、由佳は俺を空のペットボトルみたいにゴミ箱へ投げ込んで藤堂さんの許へ走りやがったんだから。


「俺は全然モテない奴だけど京子さんと付き合いたいです。やさしいのが男らしいと思ってたのに、現実はそんな甘いもんじゃなかったです。まあ、藤堂さんみたいにモテる人でも想いが成就しなかったりするから、本当は何がいいのかわかりませんけどね」


「じゃあ、私にだけモテて。一緒に初詣に行けるのがとっても楽しみだわ」


「俺もです。三が日で都合が良い時を連絡して下さい。俺は帰省もしないし、スケジュールはガラ空きですんで」


「わかったわ。ありがとう。私、とっても嬉しい」


 いいぜ、いいぜェ!盛り上がって来たよォ!巨乳デブなんて気にしない。だって、この人すごく純心そうだもん。どこぞのクソ女とは真逆だよ。ビッチは爪の垢でも分けてもらって、喉に詰まらせ窒息死しろォ!



 そのあとは仕事の愚痴も出てしまったけど、京子さんが笑みを絶やさず聞いてくれたのが心地良かった。いや、カノジョが出来た喜びもあってのことだけど。



 午後11時に店を出た。京子さんはタクシーで帰ると言ったので乗り場まで付き合って見送る。まだ電車があるのにリッチだなと思った。もちろん俺は酒の匂いが充満した電車で帰るけど、たくさん話したお陰か全然酔っていなかった。


 ワンルームに戻ってシャワーだけ済ませ布団に潜り込む。充実感に浸ったまま直ぐに眠ってしまった。


読んで下さりありがとうございました。

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