スーパービューティー?
よろしくお願いします。
翌日、いつも通り6時半に起床して会社へ向かった。言っとくけど、今日は12月26日(月)だぞ。未来の映像で藤堂先輩と並んで課長のデスク前に立っていた日だ。
不思議なことだが由佳に振られてまだ二日しか経ってないのに、俺の気持ちはかなりスッキリしていた。ビデオの予告通り朝礼後に早速課長に呼ばれたけど、由佳の新しいカレ氏である藤堂さんと並ぶのにもさして抵抗が無かった。
課長に呼ばれた理由は担当替えだった。要は藤堂さんの担当顧客の半分を譲り受け、新年から一人で切り回して行けとのお達しである。まだ入社二年目の俺は幅広く仕事を覚えるとの大義名分で、今までいろんな先輩の補佐とかパシリしかやらせてもらえなかったのだ。とても一人前の仕事ぶりじゃなかったんだよね。
課長に「わかりました。藤堂さんに恥を掻かせないよう頑張ります」と述べ、藤堂さんに連れられてお得意さま訪問に出掛けた。先輩とコンビを組むのは初めてだったけど、午前中に近場で五件の挨拶回りを済ませたら昼時になっていた。
「北條、そろそろ昼メシにしよう。いちいち会社に戻るのも面倒だし、外食でもいいだろ?課長の顔見なくても済むしな」
俺はクスッと笑って「もちろんです」と答えた。藤堂さんも課長が苦手だったのか。思いも寄らなかったよ。さすが出来る営業マン。作り笑顔はお手のもんってか。
藤堂さんは馴染みだという大衆食堂へ連れて行ってくれた。もちろんカツ丼は奢りである。庶民的でセルフサービス主体のお店は、トラックの運転手や近くで働く工員さんなどでにぎわっていた。失礼ながらイケメンでスーツ姿のキマった藤堂さんに、女性客の一人もいない店は似つかわしくないと思ったけど、先輩はこの雰囲気が好きだと言っていた。ちょっと変わってるんだよな、この御方は。
カツ丼をかっ込んでお茶を啜っていたら、イケメン先輩に見つめられた。ちょっ!先輩!俺、BLはダメですよ!と言い出したくなるくらいの強烈な眼差しだった。
「なあ北條、弁解めいて申し訳ないけど、俺はお前が由佳ちゃんと付き合ってること知らなかったんだよ。思い切って告ったら「じゃあ北條君と別れます」って言うんだもん。ビックリしちゃったよ」
「いや、藤堂さんはそれほど悪くないです。由佳さんは思いっ切り悪いけど。まあ、社内では付き合ってること内緒にしてましたし、先輩相手じゃ勝ち目ないですよ。遅かれ早かれ同じ結果を招いてたと思います」
「そうか。そう言ってもらえると少しは俺も救われるけど、本当にゴメン!すみませんでした」
先輩は深く頭を下げてから話を続けて来た。
「で、ここからが本題なんだけど、実は俺もずっと好きだった人に振られちゃってたんだよ。だからって、間に合わせで由佳ちゃんと付き合うことにしたわけじゃないけど、やっぱり寂しかったんだと思う。北條、俺と同期の橋本京子さんって知ってる?城西支店で経理担当の人だけど」
「いえ、知りません。さすがに同期じゃない他支店の方までは存じ上げてないです」
「実はその橋本さんが俺の意中の人だったんだ。入社式で一目惚れってやつさ。俺もグズグズした性格だから、いつかいつかって思いながら何事もなく来ちゃってたんだ。そしたら後期始めに研修で本社に来てたから、修了後に飲みに行く約束をしたんだ。彼女とラウンジへ行った帰り路「このまま俺の部屋で飲み直さない?」って誘ったんだけど、「後輩の北條君ってちょっといいわよね。一度デートしたいなあ」って噛み合わない返し方をされたんだよ。遠回しの返答だったけど、俺は聡明な彼女のニュアンスを察して観念したのさ」
ふーん、藤堂さんほどのイケメンでも振られちゃったりするんだ。オマケにその人は俺に好意的だって?何で俺のこと知ってるんだよ?全く持って信じ難い話である。
「そんなわけで無性に落ち込んでた時、由佳ちゃんにディナーをせがまれて連れて行ったんだ。由佳ちゃんは総務で部署違いなのにいつも何かと親切にしてくれるし、京ちゃんほどのドストライクじゃないけど、タイプには違いなかったからね。そして彼女に縋りたくなった。振られて今まで我慢してたものが一気に崩れちゃったのかもね。ホント情けない男だよ、俺も」
何だそりゃ!?と思ったけど、藤堂さんが嘘を言ってないのはわかる。それにしても由佳の奴、以前から先輩に色目使ってたんじゃん!絶えず藤堂さんとの機会を伺ってたんじゃない?要するに俺は本命のスペアで、はなっから捨て駒だったわけだ。地獄に落ちろ!クソビッチがァ!
「いや、藤堂さんの話は信じられますから、弁解めいたこと言わなくていいですよ。そもそも、俺が不甲斐なかったってだけです」
「全然不甲斐なくないよ。あのスーパービューティーな橋本女史が見初めたんだから。去年、本社に来た時に同期の俺んとこに顔出して、デスクに座ってた新人のお前を見た時から注目してたんだってさ。心底羨ましい限りだよ」
何か捨てる神あれば拾う神ありの展開だよな。あっ、もう一人「えんじぇう」とか名乗ってる変な神の使いがいるんだった。
「そんなことで羨ましがられても、俺、今は彼女いないですし、やっぱり藤堂さんたちの方がいいと思います」
「年上がイヤじゃなかったら、北條も橋本女史とカップルになっちゃえよ。お前さえ良ければ、京ちゃんとコンタクトしてセッティングさせてもらうからさ」
ふええー!社内一優良物件の藤堂さんを袖にした美女とデートさせてくれるってかァ?愛に年齢など関係無いィ!俺に断る理由なんてあるわけないじゃん!
「先輩、ぜひお願いします。正月休みも目前ですし、年末までに一度会わせて下さい!ちなみに、どんな感じの方ですか?」
「クリッとしたつぶらな瞳で、ギスギスした感じなど全く無くて、背は高くないけどグラマーだし、スゲエ才女だよ。やっぱり俺には高根の花だったんだろうなあ。ムービースターに憧れてたって感じだよ」
ほう、ムービースターとな。このイケメン先輩にここまで言わせるとは、どんな大物なんだ?これは心して掛からねば。そんな美女が社内にいるって初めて聞いたけど、他支店だから耳に入って来なかったんだろうなあ。
もしかして、俺って先輩よりイケメンなの?なわけないか。クソビッチはアッサリ俺をポイ捨てして先輩の許へ走ったんだし、そのスーパービューティーが変わり者ってだけだよね。でも、先輩も絶対に変わってるけど。ハッキリ言って藤堂ファンの中にも小太りで平面的な顔の由佳よりイイ女なんてたくさんいるぞ。先輩は自分がどれくらいモテるかわかってないんだろうなあ。由佳ビッチごときで妥協なんぞしなくて良かったのに。
「とにかく、セッティングが決まったら言うよ。どうせ年内はずっと北條とコンビなんだし、お互い楽しみをもって休暇に突入しようぜ」
「わかりました!先輩、由佳さんのことなんてこれっぽっちも気にしないで下さいね。むしろ大感謝です。スーパービューティーの橋本さんとデート出来たら、これ以上のハッピーはありませんよォ!」
少し落ち着いて、腑に落ちなかった。だって、これでは未来なんて見なくてもしあわせ掴めたじゃん。まあ、カッコイイ俺にはフミカの力なんてはなっから必要無かったってことなんだな。
でも、一応感謝しておこう。金時計前のモザイク女性が美人って確定したんだから。フミカも女史のあまりの美女っぷりに嫉妬したのかもな。推理小説みたいなんて、取って付けた言い訳しちゃってさ。可愛いもんだよ。
午後からやや遠方のお得意さまを回って夕方帰社した。先輩から簡単なレクチャーと顧客管理ファイルを譲り受け、残業しないで帰宅した。
キッチンに行って戸棚を開け、買い貯めてあるレトルト食品の賞味期限を確認する。一番間近に迫っているのがカレーだった。あっ、そうか!未来のビデオを見たんだから、最初からカレーを選択すれば良かったんだ。資料を使いこなせていないのが実に俺らしい。いや、これから使いこなして行けばいいんだ。何事もエクササイズは必要だからな。
まあ、俺は藤堂さんからのセッティング報告を待って、30日(金)の夕刻に金時計に向かうのが確定してるから余裕だよ。
12月27日(火)も藤堂さんとコンビでお得意先回りを続行した。昨日のレクチャーとファイルで展開は読めている。もちろん、お客さま訪問中は集中していなければならない。来年からは俺の個人成績に結びついて行くわけだし、布石は手を抜かずに打って行かなければ先輩にも申し訳が立たないってもんだ。
今日のランチは郊外のレストハウスだった。運ばれて来たオムランチを頬張りながら藤堂さんはニコやかに言った。
「北條、セッティング出来たよ。30日の午後6時に駅の金時計前に行ってくれ。橋本さんは実家暮らしだから大掃除やおせち作りで忙しいみたいだけど、それも30日の午後には終わらせるってさ。彼女、すごく喜んでたぞ。お前の都合が悪かったらセッティングし直すけど大丈夫か?まあ、お節介も初回限りのことだけどね」
「さすがに仕事早いっスね。全然大丈夫です。正月も帰省しないし、ワンルームの大掃除なんてどんなにゆっくりやっても二日と掛かりませんから」
でも、ビデオでは大晦日も掃除ってテロップだったよな。きっとデートまでの二日間、気持ちが昂ぶって手が全然動いてなかったのだろう。実に俺である。
「それと、俺からの頼みだけど、彼女を気遣ってやってくれ。残念ながら俺にその役目は回って来なかったからさ」
へーえ、藤堂さんってやさしいなあ。振られたのに橋本さんを思いやるなんて。心までイケメンな人ってそうそういないよ。俺なんて、由佳に罵詈雑言を浴びせたくてしょうがなかったのに。
「任せといて下さい!年下だからって甘えるつもりありませんから」
「何か危ないなあ。でも、北條を信用するしかないのがシャクだよ」
先輩は苦笑いを見せながら食後のブレンドコーヒーを口に運んでいた。
その日の夕食は帰り路に買って来た牛丼の特盛りだ。お茶はペットボトルをそのまま飲むので洗い物をしなくて済む。ホンの十五分で夕食を終え「バランタイン」タイムを迎える。一日の疲れを癒す大切な時間だ。まあ、年末年始は酒浸りで過ごさなくてもよさそうだし、すこぶる気持ちは軽かった。
明けて28日(水)、今日は仕事納めである。外回りは午前中に済ませ、午後からは伝票と書類の整理。3時半以降は机回りやOA機器の清掃だ。あっ、商用車の洗車もしなければ。定時になって上長に挨拶を済ませ、ビジネスバッグをたすき掛けにしてエレベーターホールに向かったら、藤堂さんにポンと肩を叩かれた。
「頑張れよ」
小声で耳打ちされた。俺はVサインで応えてからエレベーターに乗り込み家路に着いた。
帰宅途中にコンビニに寄って雑誌と缶ビールとお寿司のパックを買い込んだ。部屋に戻るなりちゃぶ台に広げて晩餐である。でも今日は一人で食べても味気なくない。希望ある未来って大切だ。
29日(木)から30日(金)の午後まではダラダラと掃除や片付けをしていた。でも、全然はかどらない。原因はハッキリしている。埋もれていた本を手に取ると直ぐに休憩してしまう。トイレと風呂掃除は済ませたけど、キッチン周りは手付かずである。狭いベッドルーム兼リビングもいらない雑誌をまとめ上げただけでお茶を濁しているありさまだ。お陰で未読の本を結構読めた。って、何をやっているのだ!キレイな部屋にするんじゃなかったのかよ!まあ、汚れてたってゴミ屋敷ほどじゃないし、男の独り暮らしなんてこんなもんだよと割り切れてしまう残念な俺だ。
そして30日(金)の夕方、4時ごろからシャワーを済ませ、珍しく耳の裏に「タクティクス」のコロンをつけ、5時の時報と同時に部屋を飛び出した。服装はブルージーンにボタンダウン、白いセーターを被って買って間もないダウンを羽織っていた。ビデオ通りだけど不都合もないので考えなかった。
バスに乗って駅に着いたのは5時40分。まだ二十分も有るので構内をゆっくり歩きながら金時計に向かった。駅の中は人でごった返していた。でも、カジュアルの出で立ちが多くスーツ姿は少ない。年末の買い物客が多数を占めているのだろう。
俺は人混みをかき分けながら、ぶつからないよう慎重に進んだ。頭の中は目前に迫ったスーパービューティーとの出会いで占められている。絶対に口元が緩んでるはずだ。イカン!唇を一噛みして気を引き締める。あーッ、緊張するぜィ!
金時計の袂に立って百八十度周囲を見回す。待ち合わせの6時まであと五分だ。ヤバいくらいに心臓が強く早い鼓動を響かせる。血液の循環に器官が連いて来れるだろうか?あと十分もしたら鼻血吹いてブッ倒れるぞ!
約束時間の二分前、5時58分にベージュのステンコートを羽織った女性が左方から近寄って来た。俺は彼女と相対するように向きを変える。
「北條くん……ですか?」
「ハイ、北條です。は、橋本さん?」
「橋本です。今日はわざわざありがとうございます。来てくれて嬉しいです」
彼女はトートバッグを両手で持ったまま九十度近くまで身体を曲げてお辞儀した。
読んで下さりありがとうございました。




