わからないこと
よろしくお願いします。
暫く沈黙し思案してたら京子さんが戻って来た。もちろん俺のスウェットをダボダボ着込んでだ。化粧を落としてもタヌキ姫はタヌキのままだった。俺と先輩は思わずスッピンを見つめてしまう。
「イヤーん!二人して見ないでよォ!こんなブス見たっていいことなど無いわよ!」
自分の表情はわからないけど、イケメンのマヌケ面は確認した。ポカンと口を開けて見入ってる姿は、いかにも頭が悪そうだ。写メに撮って脅迫の材料に使ってやろうかとさえ思った。
「湯上りの京ちゃんもなかなかいいね。服はダサいけど、それを補って余りある」
悪かったなあ!本当はスウェットを着ないつもりだったんだぞォ!いったい誰のせいだァ!
「じゃあ、次は先輩が入って来て下さい。もちろん着替えはありませんから同じ服を着て下さい。俺は京子さんに色目を使う奴には冷たいんです」
上唇を捻じ曲げて皮肉満々で言ってやった。
「ヒャーア、マジで怒ってるよォ。じゃあ、ゆっくり入って来るから、京ちゃん、北條をなだめといてね」
イケメンがバチンとウインクしてハートオーラを送りやがる。凝りない野郎だぜ。布団で簀巻きにしてベランダに吊るしてやりたい。
でも、やっと二人切りになれた。京子さんがススッと寄って来たので抱きしめてキスをした。先輩が出て来るまでずっとこうしていようかと思った。
「マサハル君、好きよ。でも、今夜は我慢しようね」
「我慢したくないって言ったらどうします?」
「バカ、我が儘は二人だけの時にして。私だって我慢するんだから」
ドキッとした。鼻血が出て来ないだろうな。ホント悩ましいことをサラッとおっしゃるお姉さまだ。イカン!このままでは俺の紙屑のような理性など跡形もなく消失してしまう。話題を変えて自分を抑えなくては。
「ところで、京子さんにとって藤堂さんはどんな存在なんですか?単なる同期ってだけじゃ説明つかないですよ。乱入されてからも決して邪険にしてないように思えるんですけど」
「それってジェラシー?」
「まあ、そんなとこです」
京子さんはアハハと笑って俺の肩口をバンッと叩いた。痛ってえ!と思えるくらい強くだよ。
「ありがとう。嬉しいな。そうね、彼はすごく気の合う友達。入社以来ずっと気遣ってくれる、何でも相談出来る人だわ」
「先輩は友達として見てませんよ。正直、タイマン勝負は分が悪いと思ってます」
「でも、藤堂君は友達。マサハル君は恋人。どちらも大切な人なの」
うーん、不完全燃焼だけどしょうがないかと思えた。きっとこの問い掛けに満足出来る回答は得られない気がしたから。要は俺が逃げてるんだけどね。
そこへドタドタと足音を響かせ藤堂さんが戻って来た。
「フーウッ、北條、お先でした。いいお風呂だったよ。サッパリした。ありがとう」
嬉しそうに王子さまスマイルを向けやがった。俺に微笑むんじゃねえ!京子さんにも見えてるんだぞ!悩殺ビームは由佳ビッチかファンのために取っておけってえの!
「じゃあ、俺もお風呂行って来ます。もし、戻った時に先輩がいなくなってても平気ですからね」
半分本気で言い残しリビングから消えてやった。
お湯に浸かってひとしきり考えた。ビデオから推察するに、このまま三人で朝まで過ごし明日の昼過ぎに散会する。進歩もなければ後退もない、グダグダの展開が待っているだけだ。もちろん、それが悪手だとも思ってないけど。
長湯して先輩に京子さんとのしっとりタイムを提供するのはシャクに触るので、思考の継続をやめた。
近未来を垣間見れたって何も変わらないじゃん。所詮、自分の力だけでサプライズなんて起こせないんだと実感し、無力さを味わった。
風呂から上がってリビングに戻ったら、二人はちょっと気まずい顔をしていた。ん?何があった?
「北條、ビールある?俺、もう少し飲みたいんだ」
「ええ、少しならありますよ。年末に買って来た六缶パックが冷蔵庫にブチ込んだままです。摘まみ用のチーカマとかも入ってます」
「じゃあ、私が用意するわ。もちろん私はウーロン茶だけどね。マサハル君、キッチンお借りします」
何を今更と思ったけど、すき焼きの下ごしらえの時は先輩がいなかったからなあ。クッソー!ホントに忌々しい状況である。
正直、特に話したいことなど無かったので、深夜のテレビ画面を見ながらあれこれ言ってるだけだった。京子さんが戻ってからもそれは変わらなかったけど、明らかに俺に寄り添う仕草が照れくさかった。
先に京子さんが寝落ちしたので、シングルベッドに運んで眠ってもらった。情けないが、彼女を運ぶ時は先輩に手助けしてもらった。だって、重いんだもん。今後のことを考えれば、こんな些細で腰を痛めるわけには行かないんだよォ!
京子さんの寝顔を見て一気に緊張から解放された俺は、ひと眠りして目が冴えている先輩を振り切ってフロアに転がった。まあいいや。直に朝は来る。
ちゃぶ台の上にコトンコトンと食器が置かれる音で目覚めた。今は1月3日(火)の午前8時だ。並べられた朝食は、ご飯、のり、インスタントみそ汁、目玉焼き、漬物、刻みキャベツにトマトの野菜サラダだった。
「ゴメンね。アジの開きくらい昨日買って来れば良かったのに。ホント、私って気が利かないな」
「いや、俺はすごく嬉しいです。朝食って、いつもトーストとコーヒーだけ。時にはそれも抜く。玉子焼きすら作らないですからね」
「うん、北條の言う通りだ。男の独り暮らしって、食生活は悲惨だからな。たまには例外もいるんだろうけど、弁当作って持参してる人なんて神だよ」
「藤堂君はお弁当くらい余裕でしょ?一声掛ければわんさかと集まるでしょうに」
思わぬ京子さんの皮肉に先輩が顔をしかめる。まあ、由佳には無理だと知ってる俺は少しだけ同情してあげるけど。
以前、森林公園に遊びに行く時、お手製弁当を頼んだことがあるけど、即行拒否された。「食べ物はいつだって出先で調達するものよ。それも場を満喫する一考だからね」とビッチらしい言い訳をしやがった。あいつに家庭的とか女らしさを求めてもムダだ。雄ライオンのように、徹底してグウタラの肉食獣だから。
朝食後、京子さんは昨日のすき焼き鍋も含め、すべての洗い物を済ませてくれた。本当に助かる。俺と先輩は出されたコーヒーを口に運び、ボーッとテレビ画面を見つめてればいいのだから最高だ。
彼女が戻ってからも三人でダベっていた。「明日からの仕事が憂鬱だ」と口々に言い合ったけど、それでもゆったりとした時間は過ごせた。
お昼ご飯はタヌキ姫特製のオムライスだった。こういうメニューを頂きながら正月気分を抜いて行く。明日からは一人立ちだけど、彼女のためにも頑張れる気がしていた。いい意味なら公私混同でも構わない単純さが俺にはある。
良い年になる予感しかしていなかった……。
午後になって京子さんが「そろそろお暇するわ」と切り出した。先輩も当然のように同調して腰を上げる。
「藤堂君、送ってあげようか?」
言いながら彼女は俺に視線を振って来る。
「北條が了解してくれるならお願いしたい。飲むつもりでバスで来てたから」
先輩にまで見つめられてしまった。何だよ?俺は子供じみた妨害なんてしないぞ。
「一緒に帰ればいいじゃないですか。いちいち後輩の了解なんて不必要でしょ?」
ニッコリ笑って二人を送り出してやった。ちょっと独りになりたくなってた。昨日から続いてる緊張感を解き放ち、心をリセットするべきと思えてたから。結局フミカから渡された毒も使わず終いだったし。
ベッドに寝転がってビデオを思い出す。明日から金曜の夕方まではいいよ。仕事に没頭するだけだもん。そして夕方、先輩の誘いで居酒屋へ行く。今回の詫びのつもりかも知れない。
そのまま酔って帰って眠ったらフミカが現れるんだろう。そして居座られ、土曜日は一緒に過ごす羽目になるんだ。今度こそ暖かい南半球でも連れて行ってもらおうか?
そして日曜日は京子さんとデートする。うん、実に充実した週末だ。こんな簡単にしあわせを手に出来てもいいのだろうか?そもそも、これってフミカのお陰か?全然関係ない気がするけど、俺がしあわせになったら任務完了ってことだから、もう会えなくなるのかな?それは彼女にとっても良いことなんだろうけど……。
その日は早めに床に就いた。フミカ来ないかなあ?と少し期待したんだけど、彼女は朝まで現れなかった。
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