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確信犯?

よろしくお願いします。

 京子さんの手前、無視するわけにも行かないので、玄関まで出向き覗き窓から廊下を見た。地獄からの使者は藤堂先輩だった。えっ?想定より登場が早いじゃん。押し入られるのは明日の朝じゃないのか?1月2日から先輩に用など無いぞォ!少しだけ藤堂さんを信じてた自分を恥じた。この悪魔野郎がァ!俺は返事をするのをやめ引き返そうとした。


「オーイ、北條、居るんだろ?早く開けてくれよォ!」


 言葉と同時にチャイムを連続押ししやがる。何て奴だ!ご近所迷惑だし、このままでは彼女に不信感を抱かせてしまうじゃないか!


「わかりました。今開けますよ」


 思いっ切り仏頂面でドアを半分だけ開けてやった。


「北條、明けましておめでとう。これ、お年賀な」


 はあ?先輩が俺にお年賀?ハッキリ言って意味わかんないけど、手渡された厚手の紙袋を覗いてみた。おおッ!「ザ・マッカラン」のシェリーオークではないか!このウイスキーはすごく好みだけど、高いから買わない。でも、貰えるならもちろん嬉しい。思わずニマッとしたら、ドアをバンッと全開にされ押し入られた。先輩は靴を脱ぎ捨てドカドカとリビングへ進んで行く。


「お邪魔しまーす」


「ちょっと待ったあ!」


 時すでに遅しである。ホンの数歩で辿り着くリビングのドアが開けられ、「おっ、京ちゃんじゃないか」と白々しいセリフを吐きやがる。


「藤堂君、明けましておめでとう。いきなりどうしちゃったの?」


「ああ、おめでとうございます。今年もよろしくね。帰省もしない北條が年始から独り寂しく過ごしてると思ってウイスキーを手土産に来たんだけど、まさか京ちゃんと一緒とは驚いたね」


 嘘だァ!履き物見りゃわかるだろ!狭い上り口なんだし。そもそも自分で紹介しておいてこの行動は何だ?やっぱり由佳ビッチに嫌気がさしたってか?まあ、それはわからなくもないけど、だからってタヌキ姫に再アタックなんて認めないぞォ!


「丁度良かったよ。俺も昼メシまだだったんだ。すき焼きとはまた豪勢だな。ホント俺は正月からツイてるよ。いい一年になりそうだ」


 丁度良かった!?何がツイてるだァ!あんたのツキは俺と反比例なんだぞ!絶対に巻き返して追い出してやる。


「先輩、勝手に話を進めないで下さい。小さくてもここは俺のお城なんですから。言っときますけど、食材は二人分しか買ってありませんからね。ホント、アポなしで押し入るなんて社会人にあるまじき無粋ですよ」


「わかった。じゃあ、食材は京ちゃんの分からしか分けてもらわない。二人の会話も邪魔しない。ただここに座ってすき焼きを摘まむだけ。置物だと思って視界から外してくれ」


 このクソッタレは何としても居座るつもりでいるらしい。京子さんにフォローして欲しいけど、同期だし仲介してくれた張本人だから難しいのかな?まあ、俺としては夜を二人切りで過ごせればいいわけだし、あんまり邪険に扱うと後々面倒になるかも知れない。何たって盲目的ファンが多い人だからな。正直、ファンの暴走的仕返しは恐ろしい。バカ女どもは藤堂さんが喜ぶと思ったら、俺のことなど平気でゴミ扱いするだろうし。うーん、ヘタレだけど譲歩するか。


「しょうがないから先輩も混ぜてあげますよ。別に俺は二人切りに拘ってるわけじゃないですし」


 こうして俺も嘘を吐く。先輩と同様で汚れた大人だ。


「そうね。三人で食べるのも楽しいものよ。でも、ここの主はあくまでマサハル君だから、藤堂君もムチャはやめてね」


「了解。京ちゃんがそう言うなら従うさ」


 クッソー!あくまで俺の主導権を認めないつもりだな。イケメンのくせになんて腹黒なんだ。由佳ビッチ、キチンと鎖につないどけよ!俺と付き合ってた頃から好きな相手だったんだろ?



 すき焼きはすごく美味しい。何たって肉が柔らかい。ソーダで割った「ザ・マッカラン」も格別だ。さすが高いだけある。しかし、気に食わない。何が一番ムカつくかって、先輩のリラックスした態度だ。カッコ付けてるのならいいさ。そんな虚勢は必ずメッキが剝がれるから。まあ、俺のことなんだけどね。


 結局俺と先輩でウイスキーを飲みまくり、タヌキ姫は様子を見ながら、時折り会話に混ざって来るだけだ。でも、彼女は笑顔を絶やさなかった。


「ところで北條、今日は二人で何処へ行ってたの?」


「妙仙山へ初詣に行ってイ〇ンに寄って帰って来ました。二人っ切りで鍋をつつこうと思ってです」


 目一杯皮肉を込めてやった。不躾に聞きやがって。大きなお世話だってえのに。


「えっ?妙仙山?何でそんな」


「藤堂君、私も行きたかったからなの。二人の意見が一致したのよ」


 珍しく京子さんが声を被せて答えた。先輩は何故かしかめっ面をしたけど言葉は続けなかった。



 夜の7時になったけど先輩は飲むのをやめない。しょうがないから残っている「バランタイン」をキッチンから持って来た。もちろん俺の常飲酒はシリーズ最安の「ファイネスト」ってやつだ。お口に合わないだろうけど知ったこっちゃない。これもささやかな抵抗だ。とっとと帰りやがれェ!


 あれっ?ビデオでは明日の朝も先輩はここに居たなあ。ゲッ!もしかしてこのまま居座られるってか?それじゃ京子さんとのグッドナイトはお預けってこと?カンベンしてよォ。何とかしてご帰還願えないものだろうか?そしたら明日の朝は絶対に入れてやらないのに。


「先輩、もう遅いですし、そろそろお帰りの支度など始められてはいかがでしょうか?」


「何言ってるんだよォ?俺だって北條と同じ独り暮らしだから、待っててくれる人なんていないよ。明日も休みなんだし、そんな邪険にするなよォ!」


「ふーん、藤堂君って寂しがり屋なんだ。意外ね。社内でもファンが多いのに」


 よし!タヌキ姫、良く言ってくれた。一気に攻勢を掛けてやる。


「彼女だってちゃんといるのに、正月から後輩に甘えてちゃいけませんよ」


「でも、甘える藤堂君ってちょっと母性をくすぐられるな。イケメンが無防備にさらけ出す姿ってトキメいちゃう。どうせなら、ファンの子たちの前で甘えればいいのに。追い出さないマサハル君のやさしさにつけ込んでるな」


 ファンの前で甘えたら修羅場を招くぞと思ったが、俺が気遣ってやる道理はない。何故なら、俺はタヌキ姫のセリフで先輩に殺意を抱いたからだ。でも、若干褒めてくれたりもしてるから難しい決断を迫られている。逆上して京子さんに飢えた狼だと思われるのは心外だ。まあ、狼なんだけど。うーん、どうしよう……。



「先輩の好きにすればいいですよ。俺は全然余裕ですから」


 ハハハ、またやっちまった。お得意の自爆だよ。ホント、俺は救いようのない優柔不断野郎である。


 その後、先輩の自発的帰宅に一縷(いちる)の望みを託したが、ほどなくして希望の灯は消えた。先輩が酔い潰れてしまったからだ。グッドナイトは延期決定である。まっ、しゃあないか。ここでガツガツしてもどうにもならないもん。


「もう遅いから帰られた方がいいですよ。京子さんは独り暮らしじゃないですし、新年からご家族に心配掛けるのは感心しません。ここは俺が先輩の面倒を見ますから大丈夫です」


「ううん、帰らないわ。マサハル君、今夜はここに泊めて。実は家には友達のところで泊まるって言って出て来たんだ。ちゃんと替えの下着とかも持って来てるの。パジャマは無いけどね。不必要だと思ってたから」


 な、何ィ!?そこまでの決心があったのなら早く言ってくれェ!だったら、何が何でも先輩を放り出したのにィ!しかし事態は手遅れだ。叩き起こすって手も、疲れたような寝息を立ててる先輩に下すのは無理がある。


 ちょっと俺はショボくれた。せっかくの彼女の決意がムダになってしまうんだもん。


 京子さんは急に擦り寄って来て頬を寄せた。視線を振ると唇が合わさる。柔らかい感触がした。一度離してから彼女の両腕が首に巻きつく。今度は俺から唇を寄せた。


 長いキスが終わると京子さんは身体を預けて来る。それを受け止め俺も背中に腕を回し抱きしめた。でも、そこまでだった。


 彼女は俺を見つめ返し「ゴメンね」と小さく呟いた。意味が掴めない俺が「何で?」と訊くと、ニッコリ笑って「いいの」と返された。とにかく、今夜はこれ以上の進展が望めないのは理解出来た。不思議なことに、それもいいかもと思えた。


「京子さん、お湯を張って来ますから先に入って下さいね。あまり広くないですけど、シャンプーなどは男性用じゃありませんから遠慮なく使って下さい」


「ありがとう。でも、ご主人さまより先に頂いちゃっていいの?」


「もちろんです。京子さんは大切なVIPですから。そこに転がってる憎らしい物体と違って」


「アハハ、ひどいなあ。でも、藤堂君は決して悪い人じゃないからお手柔らかに頼むわよ」


「チェッ、釘を刺されちゃったなあ。先輩にはベランダで眠ってもらおうと思ってたのに」


「藤堂君、凍死しちゃうよ」


「構いません」キッパリと返してやった。


 俺はスッと立ち上がって踵を返すようにバスルームへ向かった。軽く浴槽を洗い流しシャンプーなどの量を確認する。OK!お湯は入れ始めさえすれば自動で止まる。脱衣スペースの足マットやバスタオルを整えリビングに戻った。京子さんは先輩の寝顔をやさしそうに見ていたけど、戻って来た俺に視線を移した。


「小さな浴槽ですから直ぐにお湯は張れると思います。先輩は俺が見てますから、ゆっくりと浸かって来て下さい。それと、今夜は俺のスウェットを使って下さい。大きくて悪いですけど」


 俺はクローゼットから洗いざらしのスウェットを引っ張り出して手渡した。


「ありがとう。マサハル君って、意外なほど出来た後輩ね。さすが無愛想な藤堂君が肩入れするだけあるわ」


「へーえ、やっぱり藤堂さんって無愛想に思われてるんだ。まあ、イケメンだから批判的な言い方まではされてないけど、絶対に八方美人じゃないですもんね」


「うん、そう。彼って基本的に人嫌いだからね。もちろん営業職だから話術は心得てるんだけど、誰彼構わず打ち解けるタイプではないわよ」


「ふーん、そんな人がわざわざ手土産持って休暇に押し掛ける意味がわかりませんよ」


「フフッ、そんなの簡単よ。マサハル君が気に入られてるってこと。これって稀有なことだからね。藤堂ファンに殺されちゃうわよ」


 俺は彼女のように思わなかったけど、あえて突っ込む気はしなかった。率直に言えば、そう思いたい自分がいただけのことだ。


 京子さん、少しは自分の魅力に気付いてね。俺はあんなにモテる先輩の見る目の確かさに感心してたんだよ。



 京子さんが浴室に向かったのを見計らって、藤堂さんをガシガシ揺すって起こしてやった。気持ち悪くなろうが容赦しない。だって、室内に泊めてやる気になったんだから。


「おお、北條、悪い。俺、潰れちゃってたんだな」


「そうですよ。俺と京子さんの前で酔い潰れて寝入ってました。ホント最悪の人ですね。ハッキリ言って強盗より極悪です」


「もう、それくらいにしてくれよォ!お前の針の(むしろ)はキツ過ぎる。俺、ネチネチやられるのに耐えられないんだからさァ」


 この輩はまだ反省が足らないと思ったけど、パシフィックの心で許してやることにした。俺は実にナイスガイである。


「ところで、やっぱり京ちゃんってイイ女だろ?あーあ、どうしようもないことだけど北條が羨ましいな。由佳ちゃんが悪いわけじゃないけど、彼女って絶対的主導権に固執してて、自分のやりたいことに忠実過ぎるんだよね」


「そうですよ。あいつはいつも真っ直ぐ自分に向き合って計画を立て、パートナーを巻き込んで実行するのにしあわせを見出してる悪魔です。でも、俺は生贄になってるのが先輩で嬉しいです。少しは世のためになってると思って下さい。これ以上犠牲者を増やさないためにも」


「犠牲者って、ひでえ言い方するよなあ。仮にも元カノだろ?」


「だから言い切れるんです。あいつは精神的ドSだからタチが悪い。それでも好きだったこともあったけど、先輩と違って未練は感じてません」


 すかさず藤堂さんの顔色を伺った。俺は先輩を本質的に無粋な人間だと思っていない。でも、わかっててこんな真似をした。京子さんを好きってだけでやることじゃない。まるで確信犯のような行動は、俺たちそれぞれを心配してのことに思えて来る。いったい何があるんだろう?もしかして、彼女と付き合うには余程の覚悟がいるってことか?


読んで下さりありがとうございました。

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