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妙仙山

よろしくお願いします。

 そして1月2日(月)の朝を迎えた。もちろん俺は7時に起き出してからドキソワである。トーストとコーヒーで朝食を取り、洗顔と洗い物も済ませた。


 まだ8時過ぎ、服装はコーデュロイのパンツとボタンダウンにオレンジのトレーナー、外出時にはカーキ色のダウンジャケットを羽織ればOKだ。ベッドにゴロンと転がって天井を見つめる。


「しあわせって何だろう?」



 軽く唇を噛んで過去を思い返す。公立の普通高校に進学し、さして努力もせずにEラン大学に入って地元に帰らずそのまま就職。その時その場で未来をどれほど真剣に考えただろう?逃避したり放棄してたのは自分自身じゃないのか?それでしあわせとやらを一丁前に欲しがったって巡ってくるはずがないのに。わかってるんだよな、本当は……。



 グダグダしながら時間を過ごし、約束時間の十分前、9時50分に207号室のドアを開けた。階段を降りようとすると赤いハッチバックがアパートの前に止まる。直ぐに運転席のパワーウインドウが下がって京子さんが手を振ってくれる。俺はトントンと足早に階段を下りフォルクスワーゲン・ポロに駆け寄った。


「マサハル君、おはよう。あ、明けましておめでとうだよね。今年もよろしくお願いします。私、迷わずにちゃんと来れたよ。まあ、優秀だったのはナビだけどね」


「京子さん、おめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします。まだ時間前だけど、五分前行動が板についてますね。さすが先輩社畜だけある」


「イヤーね。お正月から皮肉言わないでよ。でも、二人の時間は一分でも無駄にしたくなかったから」


 ふ、二人の時間だって!?ホント京子さんは嬉しいセリフを自然に言ってくれる。知らないな。甘い言葉に弱いのは女子だけじゃないんだぞ。


 俺は反対側のドアに回ってサイドシートに滑り込む。さして広くない車内は、京子さんのコロンなのかミントっぽい香りがした。


 ポロは妙仙山の神社へノーズを向けた。俺がリクエストしたからだ。「晴天で良かったね」とか「山間(やまあい)は思いの外寒いかもよ」と他愛のない話をした。でも、それがすごく楽しく感じられる。


 俺たち、少しは恋人同士になれてるのかな?正直、彼女の気持ちはわからないけど、京子さんをビッチでないとは思ってる。まあ、まだ二回目のデートだ。期待と不安が交錯するのは当然のことだろう。



 妙仙山の駐車場にポロを置き、二人並んで歩きだす。俺は軽く京子さんの手を握った。彼女も少し力を入れて握り返してくれる。山間の冷気など一瞬で吹き飛んだ。


 この神社は鳥居を潜ってからの参道が長い。百メートルほどの階段が四つ、間に十メートルほどの石畳を挟んで続いている。少々きついけど、それだけ長く一緒に歩けるからここを選択した。


 最初の階段に差し掛かると京子さんはさりげなく俺の手を離し、参道の中央に仕切られた手すりに掴まった。


「ゴメンね。私、歩くの遅いから。マサハル君は先に行って神殿の手前で待ってて」


「えっ?じゃあ、俺もゆっくり歩きますよ。急いでるわけじゃないんだし」


「ううん、先に行って。ホント、重いから重力に抗うのが大変なのよ」


 彼女は微笑みながら言ったけど、俺には笑えないジョークだった。でも、こんなことで自己主張したくなかったので先に行くことにした。全然普通の速さでだけど。階段を上り切ったところで待っていたら、ほどなくして京子さんがやって来た。彼女が荒い息を整えるまで立ちすくんだけど、それも大した時間じゃない。


「京子先輩、お疲れさまです」


 俺はニッコリ笑って彼女の肩に手を掛けた。


「コラッ!私をバカにしたなァ」


 コツンと頭を小突かれたけど、もちろん全然痛くない。人混みじゃなかったら抱きしめてるところだ。


 二人並んでお賽銭を投げた。そのまま二礼二拍手一礼だ。お賽銭は奮発して五百円、彼女も同様だった。総額千円の神頼み、安いかも知れないけどお願いします。そりゃ、神の使いよりコスト掛けてないけどさ。ホントあいつは酒代が掛かり過ぎるよ。


「マサハル君、何をお願いしたの?」


「いきなり禁じ手使うんだ。話すと叶わなくなるって知ってます?」


「えっ?そうなの?じゃあ訊かない。私も話したくないし。だって、大切なお願いをしたんだもん」


「そうだろうね。きっと同じことを願ったんだと思うよ」


「カッコ付けてるなあ。でも、そのセリフ嫌いじゃないわ」


 京子さんは声を出してアハハと笑った。多分、こんな彼女は珍しいのだろう。無防備で無邪気な姿を間近で見れるしあわせだ。俺は完全にタヌキ姫に惚れてしまった。由佳ビッチに振られたことさえ、しあわせへの一歩に思える不思議があった。



 長い階段の参道を下る時、また京子さんは「先に行って」と言った。まあ、二人並んでゆっくり歩き、他の人の壁になってもいけないので言葉を受け入れた。


 階段と手すりが無くなった辺りで振り返って彼女を待った。下りなのに手すりに掴まりながらの京子さんの足取りは本当にゆっくりだった。慎重と言った方がふさわしい姿は確かに違和感を覚えた。


 階段を下り切った彼女は俺の傍らに来て「ゴメン」と謝った。何となくだけど、その言葉は聞きたくなかった。



 ここからは階段が無いので、俺たちは再び手を繋いで歩く。参道沿いの店は何処もにぎわっていた。


「もうすぐお昼だし、何か食べようか?」


「うん、すき焼きが食べたい。それも二人切りで」


 えっ?イマイチ意味がわからない。「二人で」と「二人切りで」の違いがだ。


「どういうことですか?」


「あなたの部屋で一緒に食べようって提案よ。お鍋とかある?」


「ああ、確かセット物が押し入れに有るはずです。使ったことないけど」


「じゃあ、食材を買って帰りましょう。二人でするお買い物も楽しそう」


 確かに、それもいいかもと思えた。牛肉なんて久しく食べてないし。


 駐車場に戻るとポロはイ〇ンへ向かった。俺にとっては二日連続の場所だ。イ〇ンに着くと入り口付近は結構人がいたけど、俺たちが目指した食品売り場は空いていた。当たり前だ。正月用食材の買い物など年末に済ませてあるだろうから。


 カートを押しながら野菜の鮮度を確かめて回る京子さんは手際が良い。歩く速度も参道とは全然違う。まるで水を得た魚だ。きっと料理も上手いんだろうな。直ぐにでも奥さまをやれそうに思える。俺の奥さまだったらいいなあとイメージした。


 牛肉はグラム千円もするのを五百グラムも買った。それだけで五千円だ。俺なら絶対に買わない。結局買った食材と飲み物で一万円ほど使った。京子さんがヴィトンのサイフから払ってくれた。いや、もちろん俺も払おうとしたんだよ。でも、彼女は「大丈夫よ」ってサラリと断るんだ。その流れがとてもスムーズで、無理に食い下がるのはダサいと思わせるんだ。



 大きなレジ袋はもちろん俺が両手に持ってワンルームへ戻った。京子さんに上がってもらうので緊張した。


「お邪魔します。へーえ、結構キレイにしてるんだね。もっと無精かなと思ってたんだけど、正直見直したな。これなら家事も充分分担出来そうね」


 な、何をおっしゃるんですかァ!俺の大切なタヌキ姫は結構過激であられる。


「いや、今だけですよ。今回は珍しく念入りに大掃除をしましたから。いつもはサッとしかやらないんですけどね」


「実際キレイにしたんだから立派よ。そりゃやらなくても大して支障はないんでしょうけど、やっぱり片付いてるのは気持ちいいものね。私もこうして部屋に上げてもらえたんだし」


「じゃあ、常にキレイにしておかなくちゃダメですよね。京子さんならいつだってウェルカムですから」


 ウフフとタヌキ姫が嬉しそうに笑った。思わず俺もデヘッとしてしまう。


「早速取り掛かりましょうか。マサハル君、お腹空いたでしょう?引き伸ばしちゃってゴメンね」


 「ハイ!」と返して押入れをガサゴソ漁り、実家から持って来た電気式グリル鍋を引っ張り出した。京子さんはワンルーム特有の狭いキッチンに立ち、ネギなどの食材に包丁を入れて行く。ザクッとかトントンと小気味良い音が響いて来る。


 俺はテーブルを拭いてグラスや取り皿を並べささやかなお手伝いだ。何か一緒に暮らしてるような光景ですごく楽しい。


 少しだけ待つと、キッチンのガスコンロで下ごしらえしたすき焼き鍋をタヌキ姫がそろーりと運んで来た。台座にセットしてスイッチオン!やっと高級牛肉を食べられるぜィ!


 俺の飲み物はいつもの「バランタイン」で、京子さんはイ〇ンで買ったウーロン茶にした。カツンとグラスを当て一口喉を潤す。うん、うまい!いつもより食欲が増すのは鼻腔をくすぐるすき焼きの匂いのせいだけではない。まあ、言わずもがなだな。


 そこでピンポーンと絵に描いたようなお邪魔パターン!易々と俺にしあわせを掴ませない意地悪な展開である。一瞬、フミカの呪いを疑った。


読んで下さりありがとうございました。

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