第三十九話 ゆいの居場所
ゆいが行きそうな所に検討があるかと聞かれたら、首を横に振る他ない。
一緒に行ったところなんて駅周辺と、紗由理を探すために行ったところ以外無い。ホテルの近くには駅があるので、既に遠くへ逃げてしまったという可能性は十分にある。
(ゆいが行きそうな所なんて、俺からしたら数ある場所しか検討がつかん。行ったことのない場所に行かれたら、こっちからしたら敵わんわ……)
既にニュースになっており、ゆいもそれを知っている。だから、人目のある街中にはいないはずだ。
もしまだこの街にいるのならば、もう少し人目のつかない町外れか、近くに聳える山や森の中……。そう考えたところで嫌な予感がしたが、うっすらと空に張る雲のように消えてしまった。
時々すれ違う警察官の姿を見る度に、周平の焦る気持ちは募っていく。
彼らが見つける前に見つけないと。そうしないと、二度と本当のことを話せない気がする。言いたいことを言えず、心に霧を抱えたままこれから暮らしていくなんて、ずっと迷っているようなものだ。
二度と会えなくなる前に、これが最後になっても良いから話しておきたい。二人きりで。
その為にも、周平は警察官が見つけてしまう前にゆいと会わなくてはならない。
(……ほんまに、会わなあかんのか?)
ふとそんなことを思った。
二人で会う必要はあるのか?
本当のことを話す必要はあるのか?
会わなければならない理由は、本当にそれだけなのか?
会わなければならないと思っているのは、きっと周平だけだ。夏実も、ゆいも、周平がゆいに会う必要性はないと考えるだろう。
では、何故周平はゆいに会いに行かねばならないのか。
それは、「ただ周平がゆいに会いたいから」。
理由は簡単だった。会いたい、ただそれだけ。
特別な理由や複雑な関係は一切ない。
会いたいと言う他に、それらしい理由が存在するだろうか?
(俺は、会わんなん。……違う、会いたい、か)
そう思ってみると、背筋の手が届かないところに何か気になるものがついたような、むず痒さを感じた。
これまで何度も、他の誰かに対して「会いたい」と思ったことはある。決して、初めての思いでは無かった。それなのに、何故こんなにもこそばゆいのか。
周平はスマートフォンを手に取ると、電話帳を開き、ゆいの名前に触れた。
考えている暇などない。会いたい理由も、このむず痒さも、今は忘れて、ゆいを見つけ出すことだけに集中しなければ。会えなければきっと、後悔してしまう……。
耳に響く、相手を探している音。何度も何度も繰り返され、それを聞き続けると、その後に聞こえるかもしれないゆいの声をより恋しくさせる。
一向に鳴り止まない音に飽き、周平は電話を切った。電話に気付いていないのか、わざと出ないのか。ゆいのことだから、わざとだろうと検討をつける。
通話すら許されない状況。警察と比べれば、これは圧倒的に不利だ。警察はそれなりの機械を使って探知することが出来る。だが、一般市民である周平にそんなことができる訳がない。
では、一体どうやってゆいを見つけ出すのか。
唯一ゆいと繋がれるスマートフォンが使えないのなら、方法は一つ。
(自力で探しだすのみ!)
スマートフォンを尻ポケットに入れると、周平は走り出した。
姿を隠すことができる場所、かつ、監視カメラのない場所にゆいはいるはずだ。そのため、屋内はあり得ない。屋外は、駅周辺だと人の目につく。更に言えば、警察が現在聞き込みを行っているため、わざわざ駅に来るとは考えにくい。近くにゆいが泊まっていたホテルがありまだ警察官がうようよいるので、これから先、ゆいが駅に来ることはないだろう。
そうすると、場所はかなり絞られてくる。
既に電車で遠くへ逃げてしまった、という可能性を除くと、駅周辺以外、そしてこの辺りからできるだけ離れた場所にゆいがいるという結論に至る。時間を考慮してもまだそれほど遠くへは行っていないはずだ。
更に言えば、建物内の人がたくさんいる場所に、木の葉を隠すなら森の中の考えで紛れ込む、ということも無い。いくら紛れ込んだとしても、最近の防犯カメラは性能が良いのですぐに見つかってしまうだろう。
なら、ゆいはどこへ向かうのか。――人のいないところに限る。
そうやって至るところに検討をつけながら走っているとき、スマートフォンが振動した。いそいで手に取ると、画面には『ゆい』の文字が写し出されていた。画面をスライドし、耳に当てる。
「もしもし、ゆい?」
『…………』
返事はない。ただ、微かに水の音がする。
「もしもし?」
もう一度言う。すると、今度は返事が来た。
『……周平さん』
「なんや? てかゆい、今どこにおるん?」
『ごめんなさい、本当に。迷惑を掛けます』
それだけの言葉で、周平は、全てを信じざるを得ないと思った。ゆいが犯人で、逃走し、周平だけでなく姉の夏実や街の警察にも迷惑をかけていると、それだけでそう考えたのだ。
「迷惑なんか掛けてへん。ゆい、どこにおるん?」
そう言ったところで、ゆいの言葉に違和感を覚えた。
――迷惑を、掛けます?
『教えたら、周平さん、絶対に来るでしょう? 教えませんよ』
周平は嫌な予感がした。以前、感じたことのある予感だったから、尚更、その予感を勘違いで終わらせることができなかった。
「――……ゆい」吸い込んだ息を吐き出すようにして呼ぶ。「今、川におるん?」
ゆいの声の背後から聞こえてくる水の音。それは、隣町とを掛ける橋の下にある川しかない。大雨になると必ず氾濫が予想される川で、時々花壇展が開かれる。鮭の稚魚を放流するときには近くの幼稚園に通っている園児が集まってくる。この辺りではいろんな意味で有名な川だ。
川自体はそれほど深くはない。だが、油断すると溺れる可能性は十分にある。
もし。もしゆいが―――しようと考えているのなら。
『……最後のお願いです。私のところへは、来ないで』




