第四十話 言うべきこと
周平は走った。ゆいを救うために。そして、会いたい人に会いに行くために。
ここから橋まではそれほど遠くはない。これから花壇展が行われる予定はないので、橋の下は殺風景としているだろう。その中にぽつんと佇む一人の少女が見えれば、それがゆいだろう。
久し振りに走るためか、すぐに横腹が痛くなった。足が止まりそうになりながらも、何とか止まらないように動かし続ける。
ゆいと出会った場所、遊んだ場所。それらを通りすぎる。
周平とゆいの出会いは、普通ではなかった。
一人で歩いている少女をみて、周平が勝手に付け回した。途中見失うこともあったが、再び見つけることを成功したときは、これが運命なのではと思ったほどだ。
あの時既に、周平はゆいが人探しのためにここに来たことを知っていた。周平の勝手な思いだが、どうにかしてそれを手助けしたいと思った。夏実は警察官だし、人数は一人でも多い方が捗る。
もう一つ理由を付け足すとしたら、それは、ゆいが棗に似ているということ。それは、どれだけ時間が経とうとも変わらない。
橋の上に到着した。手すりに手をかけて覗き込んでみるが、それらしい姿は見当たらない。人っこ一人いないように見える。
向こう側からしか降りられないので、周平は急いで向こうへ回る。
既にこの場を離れたのなら、ここにいなくて当然だろう。別に理由でこの場にいないのなら、もう手遅れだが。川の周辺に少なからず身を潜める場所はある。そこに姿を隠している可能性は十分にある。
取り付けられた専用の梯子があるが、それを無視して滑り降りる。子供の頃はここを滑って遊んでいたものだ。中程まで降りた辺りで、人の姿を確認した。帽子を被っている。
――ゆいだ。
直感的にそう思った。
「ゆい!」
飛び降りるようにして駆け降りる。膝を曲げて反動を出来るだけ無くし、すぐに走り出す。
ゆいは、川の反対側にいた。こちらから降りてきて、川を越えたのだろうか。しばらく上流の方へ歩けば、何とか渡れるほどの川幅になるが、わざわざ上流に行ってからここへ戻ってきたのだろうか。
周平の声に反応したゆいは下げていた顔を上げる。少し距離があるため、ゆいがどのような表情をしているのかは分からないが、何となく、その瞳に光はないのではと思う。
川を挟んでいるためか、ゆいは逃げようとしない。逃げようとしても、そちら側では道路まで登ることはほぼ不可能だ。石が積まれた九十度近くの壁を登ることができるのであれば、可能だが。
川の際まで来た周平は、もう一度ゆいの名を呼ぶ。
「何で……――っ」
“何で何にも言ってくれんかったんや”。
そう言おうとして、言葉を詰まらせる。いきなりそう聞いて、ゆいは答えてくれるだろうか。いきなり事件について問うて答えてくれるとは考えにくい。
何を、言うべきなのだろうか。
こめかみから流れる汗がこそばゆいが、それを拭えるほど余裕ではない。
何を言えば、ゆいは口を開いてくれるのだろうか。そればかりが頭の中を巡る。
だが、そう考えていることが時間の無駄ではないかとも思う。周平がここへ来た理由を、ゆいを捕まえるためだと、彼女は考えていたとしたら、口を閉ざすことは目に見えている。
だからと言って、言いたいこと聞きたいことを一方的に言っても、この距離を縮めることはできないだろう。
目的は、警察の元へ行ってしまう前に、話すこと。全てを、相手に伝えること。
周平は深呼吸してから、口を開く。
「……ゆい。俺には、大切な人がおった。もう、死んだけどな」




