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第三十七話 面影

 一体、いつから騙されていたのか。答えは、『初めから』。

 ゆいは幼馴染みである藤田紗由理を殺害するために、この街を訪れた。親にも言わずに、紗由理を見つけ出し――殺した。


 警察署の休憩室を出た周平は、さ迷うような足取りで階を降りる。

 出会った日、ゆいが(かたく)なに周平からの協力を拒否したのは、その後、紗由理を殺すという目的があったからなのだろうか。そう考えると、その行動の訳を理解することができる。


 ――いや、理解なんてできない。

 失踪するまで電話で楽しそうに話していたと、家族が証言していた。会っていなくとも、彼女らは友人であり、幼馴染みだ。そんな子を殺すだなんて、誰が考えたシナリオだろうか? 考えた奴はきっと、ゆいと紗由理の微笑ましい関係に妬みを持っていたに違いない。


(そうや……ゆいじゃない。誰かが、ゆいを犯人にするために仕立てあげたんや……)


 だが、もしそうだとしたら、何故ゆいは周平からの協力を拒否したのか、それが残ってしまう。

 つまり、どうかんがえても、ゆいが犯人だという事実を覆すことができるような完璧な考えは出てこないのである。

 そもそも、捜していた人を見つけた数日後にその人物が殺されるだなんて、偶然にもほどがある。


 家族にも言わず、家を出て、幼馴染を殺した――。

 ゆいは紗由理に、どんな恨みを持っていたというのか。


 自動ドアから出ようとした時、肩に手が置かれた。ゆっくりと振り返ると、池脇が立っていた。

「よお周平」片手をあげて挨拶をする。「夏実にまた弁当か? 俺にくれたら渡しておくのに」

 相変わらず腹の出ている池脇は、破裂しそうなシャツにじんわりと汗をかいている。

「弁当じゃないんや。ねぇちゃんに呼ばれて」

「夏実に? 珍しいな。そういやさっき出て行ったところを見たが、仕事か?」

「……うん、そやと思う」

 池脇は今回の事件について、何も知らされていないのだろうか。犯人候補の奥村おくむら夜比ゆいと周平が接触していたという事を。事件の事はさすがに知っているが、そこだけ伝えられていないのだろうか。犯人確保に向かったことも――。


「まあ、忙しいやろうな。殺人事件があったから。ずっとここで仕事をしているが、その間、殺人事件が起きたことは一度もないからな。平和な街だった」

 懐かしむように言う。平和な街、それと共に、住民は平和ボケしていた。


 住民からすれば、犯人は今だ逃走中。無差別の可能性を考えると、外出は控えたいところだ。

 だが周平からすれば、その不安は微塵もない。もう犯人が誰なのか、信じたくないが知っているからだ。


 彼女が無差別殺人を行うためだけにこの街にきたとは思えない。無差別殺人なら、もっと都会でした方が、考えたくはないが、多くの被害者を出すことができる。


「どうや、久しぶりに飲みに行くか?」

「こんなところで堂々と未成年誘うなや」

 笑いながら突っ込む周平。だが、その突っ込みにいつもの元気がないことに池脇は気づいた。

 何があったか知らないが、おそらく夏実と話していたことが関係ありそうだ、と考える。

 だが、それは聞いてもいいことなのかと、じっと周平を見つめる。


 ――ぽん、と頭に手が置かれた。

「あまり、無理するなよ」

 池脇は、何も知らないはずなのに。まるで、周平のこと全てを知っているような物言いだ。

 その瞬間、周平の涙腺は急激に緩んだ。


 信じたくない事実。裏切り。

 それらは、気を許すこと無く次々と現れた。


 事件も、裏切りも、そして――。

 その全てを持ってくることになる、奥村夜比も。


 これは一部の者にだけだが、(なつめ)の面影も、ゆいは連れてきた。

 周平にとってこれ以上のものはないほど、棗は涙を誘うものだ。それを今の今まで我慢していた。泣いても、棗は戻ってこないから。


 でも、ゆいがやってきたことで、棗は、ただ涙を誘う思い出の人物ではなくなった。ゆいと一緒にいることでゆいは棗の代わりになり、周平の傷を埋めていたのだろう。そう言うと、周平はゆいを棗の代わりにしており、傷を癒すためだけに近付いたと思われそうだ。


 だが、そうではない。

 確かに、ゆいは棗の代わりになったのかもしれない。だからと言って、ゆいが棗になるわけではないし、棗といることができなかった時間を取り戻せるわけでもない。その事は十分、分かっている。


 周平がゆいに手を貸そうとしたのは、もう二度と後悔したくなかったから。

 棗を失ったときのあの気持ちを、二度と味わいたくなかったから。


 ゆいを見かけたあの日、あの子は泡になって消えてしまいそうだ、と思った。誰にも見つけられない、儚く光る六等星の星のように。ゆっくりと輝きを失い、そして、誰にも知られずに消えてしまう。他の明るい星に飲まれ、蟻に(むしば)まれるように居場所を失う。

 それが棗と重なって見えたことは、言うまでもない。



 溢れそうなほどの涙を拭うと、ぐっと顔をあげて池脇を見る。

「ありがとう。でも俺、行かなあかんところがあるから」


 自分から首を突っ込んだことだから、自分で、全てを解決したかった。

 棗の時のように、悪い結果にはしたくなかった。


 それでも、現実が上手くいくとは限らず――。



「ゆいちゃんが、ホテルに戻ってへん」

 そう連絡が入ったのは、池脇と別れてすぐのことだった。

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