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第三十話 ここからは、

『……サユリが、いた……』



 周平はすぐに振り返った。横断歩道を渡っている人たちがいた。だが、顔を知らないので誰がサユリなのか分からなかった。

「どれや!?」

「あの、帽子を被っている人。丈の長い、花柄の服を着てる人」


 それは、後ろ姿だった。友人といるのか、隣の女性と話しているが、顔は見えない。

 周平はゆいの腕をつかむと駆け出した。信号が赤に変わる前に渡りたかった。だが、彼女が渡っていた時既に点滅していた青が、長時間続くわけなかった。赤に変わった信号を前に、足を止める。サユリはそのまま歩き去って行く。


 突然走ったので、息が切れている。息を整える間もなく、ゆいに話しかける。

「なあ。あれホンマにサユリなんか?」

「はい。絶対にそうです」

 力強く言うゆいの瞳は、サユリを見つけたときのように見開いていた。再び、サユリの背中を見つめ、見えなくなるまで見ている。


 半ば諦めていた人物を見つけることができた。ゆいの言うとおり、この街にいたのだ。捜していた人物が見つかると、その人とは何の関わりもない周平まで、心臓が高鳴ってくる。見たことがないので、あれがサユリなのかは分からない。だが、ゆいの顔を見ると、本人で間違いないと思える。


 夏実に言わなければと思った。夏実は、ゆいが万引き犯だと疑っている。サユリが見つかったと聞けば、ゆいの言っていることは全て本当だと信じてくれる。ゆいは万引き犯でも、嘘つきでもないと、証明できる。


 信号が青に変わり、駆け足で渡る。サユリが消えていった方向へ足を進める。この方向だと、もしかしたら電車に乗るつもりなのかもしれない。この街にある専門学校に通っていても、この街に住んでいるという確証はない。急がなければ、また離れていってしまう。


 踏み切りの前で止まり、左右を確認する。

「周平さん、あっちに」

 左折した先に、先程サユリと一緒にいたであろう女性が歩いていた。だが、隣にサユリの姿はない。

「もしかしたら、ここでサユリと別れたのかもしれません」

 だとすると、サユリは直進か右折したことになる。だが、前の道にサユリの姿はない。ならば、サユリは右折したことになる。

「よし、右に行こ」


 右折し、左右の道を確認しながら早足で進む。先程見た女性との距離からして、サユリも同じほどしか離れていないことになる。もし駅に向かっているとしても、まだ着いていない。


 駅まで来たが、サユリの姿はなかった。

 左右の道も見たが、どれもしばらく歩かないと再び曲がることはないような道だ。真っ直ぐ行ったとしか考えられない。


「どこに行ったんや?」

 少し息を切らしながら言う周平。走ってきたのだから追い付いても可笑しくないのだが、少しも見なかった。

「踏み切りのところで、誰かに迎えに来て貰ったってことはないでしょうか?」

「あー……。彼氏とかおったら有り得るな」


 駅のホームも見てみようと、歩を進めたとき、ゆいが腕を引っ張った。

「あそこ、階段をのぼっているのって」

 ゆいの視線は、近くに建てられたマンションに向けられていた。下から順に見上げていくと、三階から四階へ上がる非常階段に、女性――サユリがいた。

「サユリやわ。何や、あんなマンションに住んでんのか?」

「専門学校に通っているのなら、アパートが普通だと思うんですが……」

「そやな。一人暮らしの専門学校生にマンションはなって感じかもんな。もしかしたら、サユリの引っ越し先があそこで家族と一緒に暮らとるか、彼氏の家かのどっちかやな」


 じゃあ早速入るか、と歩を進める周平だが、ゆいが止める。

「駄目です。ここからは、私一人で行きます」

「え?」

「手伝ってもらって失礼かもしれませんが、恐らく、サユリは周平さんも一緒にきたら困ると思うんです。もし今向かっているのが彼氏の家だとしたら尚更。だから、周平さんは、ここまでて結構です。話が終わったら、周平さんの家に行きます、絶対」


 突然幼馴染みが来るのは驚きだけだが、周平も行ったら驚きと困惑が生まれてしまう。幼馴染みの再会の邪魔になるようなことはしない方が良い。


「分かった」周平は少し首をかしげて微笑んだ。「じゃあ、行ってき」


 はい、と返事したゆいの背中を見送り、周平は家に戻った。

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