中編 クランマスターステラの希望と失望
ここはダンジョン都市カヴァーチ、第一ダンジョン「サカーイ深層迷宮」。
ダンジョン内に足を踏み入れたのは、「バフの魔術団」と「星屑の乙女」総勢40人。A級冒険者クラン「星屑の乙女」は、すべて女性ばかりのクランだ。
35人の女子に囲まれた、むさくるしい男5人。その鼻の下はだらしなく伸びきって、ずっとニヤニヤが止まらない。相変わらず女子の匂いを嗅ごうと、クンカクンカしている。
「ねえ、ステラ……こんな開けた場所で、匂いがわかるのかしら?」
「知らない、犬並みよね!」
呆れた表情のステラとミスティだが、もう相手にするのも面倒なのか、そのままダンジョンの奥へとずんずん進んでいく。
「サカーイ深層迷宮」は、石造りの通路からなるオーソドックスなダンジョンだ。
各階層にはセーフティルームがあり、10階層ごとに第1階層のセーフティルームへ戻る転移魔法陣が用意されている。同じく10階層ごとにボス部屋があり、中には当然ダンジョンボスが待機している。階層が進むにつれ、高ランクの魔物たちが出没する。このため「星屑の乙女」は、第45階層でやむなく敗走したのだった。
第1階層を進む40人の大所帯。「バフの魔術団」は、先頭を斥候のライト=ウッディー、巨大な団旗を持ったブルーノが殿を務める。すると、ヒーラーのグレイス=ローヴィルが太鼓を打ち鳴らし、その音に合わせて5人が団歌を大声で歌い始めた。
嗚呼 魔力の風よ 我らを満たせ
応 付与の誓いは 揺るがぬ力
一陣のバフを掲げて 進め赤き道を
星降る夜を越えて 仲間に祝福を捧ぐ
嗚呼 嗚呼 バフの魔術団
応 応 力を与えん
石造りの通路に、男たちの野太い歌声と太鼓の音が響き渡る。実はこの団歌にもバフがかかっており、雑魚敵が近寄らなくなるのだ。また、ブルーノの持つ団旗にも結界魔法陣が刺繍されている。それでもたまに近づいてくる強敵は、ライトとタンク役の副団長ファウストが瞬殺していく。
彼らの戦闘を見ていたステラが、驚いた様子で呟く。
「ねぇ、ミスティ……なんなの? あいつら、ちゃんと強いんじゃない……」
「そうね。それに殿の団長……あの重い旗をずっと持っているけど、よほどの身体強化魔法の使い手じゃないと出来ないことよ」
これには他の団員たちも驚きを隠せない。ステラも正直なところ、彼らを少し見直し始めていた。
……のだが。
魔物を倒すたびに「俺って凄い?」とでも言いたそうに、男たちがニヤニヤとしたドヤ顔を向けてくるのだ。さりげなく二の腕を出して力こぶを見せるに至っては、あまりのウザさに気分はドン引きだ。仕方なく愛想笑いを続けた彼女たちのSAN値が、どんどん削れていく。
結局、大きな戦闘もなく20階層のボス部屋前のセーフティルームに到達した。団員たちのSAN値を削ったことに対する不満はあるが、マスターたるステラはブルーノに対して大人の対応を見せる。
「ありがとう、随分こちらの体力を温存させてもらったわ。体力だけはね」
「なんのなんの」
「ダンジョンボスはこちらで引き受けようと思うのだけれど……」
「いや、20階層まではこちらの領分だ。最後まで責任は持つぜ。
……というか、ボクチンのカッコよさをステラちゃんとミスティちゃんにアピールするのねんのねんのねん! グフフ♡」
「どうでもいいけど、あなた……心の声がはっきりくっきり漏れちゃってるわよ」
「いやーーん! ボクチン恥ずかちぃ!!」
恥ずかしさのあまり、くねくねと体をよじらせながら、ブルーノはボス部屋へと入っていく。その後を残りの人間が慌てて追いかけ、次々とボス部屋へ入っていった。
20階層のボスは、ダンプカーほどもあろうかというタイラントボア。上下に生えた長い牙は鋭く尖り、口からは涎がダダ洩れている。右の前足で何度も地面を蹴り、今にも突進しそうな勢いだ。団旗を持ったまま前に進んだブルーノが、何ともしまらない顔で後ろを振り向く。
「んじゃ、ステラちゃーん! ミスティちゃーん! 見ててねぇ、ボクチンの強さ!!」
その無防備な後ろ姿を見たタイラントボアが、一気に地面を蹴った。ものすごいスピードで、その巨体がブルーノに肉薄する。慌てて声を上げるステラとミスティ。
「「危ない!!」」
しかし、ブルーノは慌てることなくタイラントボアに向き直ると、団旗を大きく振りかぶった。そして突進してくる巨体にタイミングを合わせ、団旗をその脳天に叩きつける。
「ちょんわっ!!」
ズンッ!!
強烈な衝撃とともに土煙が舞い上がり、一瞬、両者の姿が見えなくなった。
やがて煙が晴れる。
そこには四肢を地面にめり込ませ、動かなくなったタイラントボアの姿があった。そして、その巨体は一瞬の後に光の粒となって消えていく。
「え、あの旗って武器だったの……?」
呆然とするステラたち。ブルーノは満面の笑みで、ウキウキとスキップしながら戻ってくる。
「くぇっくぇ!! みんなー! ボクチンの活躍見てたー!?」
あまりのギャップに、35人の女子は開いた口が塞がらない。
「あんのやろー、自分ばっかり!」
対照的に、4人の男たちは団長の強烈なアピールを苦々しい顔で睨みつけるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
20階層からの攻略は、三軍の10人が担当する。三軍とはいえ、さすがはA級クラン「星屑の乙女」のメンバー。「バフの魔術団」の手を借りるまでもなく、難なくダンジョンを進み、30階層のボス部屋へ到達する。ダンジョンボスはメタルゴーレム。ブルーノがステラに協力を申し込むが――
「大丈夫よ。30階層までは何度も攻略しているから。あなた達ばかりにいい格好はさせられないわ」
若干危なげな場面はあったが、メタルゴーレムは光の粒となって消えた。笑顔で帰還する三軍メンバーたち。
30階層以降は総勢30名で進んでいく。道中の魔物は二軍メンバーがこれまた危なげなく攻略し、40階層のボス部屋前のセーフティルームへ到達した。魔力温存のため「バフの魔術団」はバフを使っていない。
ここから先は、これまでとは魔物の強さが違う。息を整え、体力・魔力ポーションを飲んで回復を図る二軍メンバーの乙女10人。すでに40階層を踏破しているステラが、階層ボスについての説明を始める。
「ここのボスはフェンリル。相当手強い相手よ。油断しないで」
二軍メンバーの表情が一気に引き締まる。
「厄介なのはそのスピードと風魔法。ウインドカッターを食らわないように注意して」
「「「「ハイ!!」」」」
緊張の面持ちの二軍メンバーたちが、ボス部屋へと入っていく。ステラはその背中を見送りながら、わずかに不安そうな表情を浮かべた。前回攻略した時のフェンリルの強さは、嫌というほど知っている。そんなステラに、ブルーノが話しかける。
「ここまでの様子を見た限りじゃ、ギリギリ大丈夫かと思うが……まあ、俺たちにも仕事させてくれや」
ブルーノが団員たちの方を向き直り、号令をかける。
「整列!! ファウスト、団旗!」
「応!」
副団長のファウストが団旗を高々と掲げ、グレイスが太鼓を構える。残り二人はブルーノを中心に一列に整列する。
「星屑のぉ、乙女ぇ、二軍の勝利を祈念してぇ、戦闘の舞!!」
「奮ぇー、奮ぇー、に・ぐ・ん!!」
「「「「フレッフレッ! 二軍!! フレッフレッ! 二軍!!」」」」
ステラが叫ぶ。
「行けえぇ!!」
その掛け声に、一斉にフェンリルへ躍りかかる二軍の10人。「戦闘の舞」の掛け声には攻撃力アップのバフがかけてあり、普段の実力以上の力を発揮する。前衛の攻撃を受け、フェンリルの巨体がわずかによろめいた。
「効いてる!」
しかし、さすがはAランク魔獣のフェンリル。時間がたつにつれ、その素早い動きに翻弄され、鋭い爪やウインドカッターに傷つけられるメンバーが一人、また一人と増え始める。
「グレイス! 太鼓ヒール!!」
「おう!」
グレイスが力強く太鼓を打ち鳴らす。その太鼓の音には遠隔ヒールが付与されており、響き渡る太鼓のリズムに合わせて、二軍メンバーたちの傷が癒えていく。しかし、ヒールで傷は癒えても、消費したスタミナまでは戻らない。次第に二軍メンバーの動きが鈍り始める。
「ステラ! みんなスピードで負けてる!!」
ミスティの指摘にブルーノが即座に反応する。
「三・三・七びょーーぉしっ!!」
ブルーノの掛け声で、ライトとファインが両腕を広げて三三七拍子の構えを取る。眼前で掌を打ち鳴らし、グレイスの太鼓に合わせて三三七拍子を繰り返す。速度上昇のバフである。すると、目に見えて二軍メンバーの動きが良くなった。それまで捉えきれなかったフェンリルの動きについていき、徐々にその体力を削っていく。
「とどめよ!!」
フェンリルが弱り切ったと見るや、ステラが攻撃の指示を出す。その言葉通りに、二軍メンバーが最後の攻撃を仕掛ける。すぐさまブルーノが新たなバフをかける。
「戦闘歌!!」
輝け乙女! 星を纏いし刃よ進め!
行け行け行け! 星屑の光で切り拓け!
オーオーオー! 乙女!乙女!乙女!
照らせ未来! 闇を払うは我らの一閃!
オーオーオー! 星屑の乙女、前へ!
勝利の瞬きを この戦場に刻め!
戦闘歌は全能力上昇のバフ。二軍の前衛5人がフェンリルの攻撃を素早い動きでかわしながら、一気に距離を詰めていく。そしてフェンリルの懐に入り込んだ5人が、最大規模の攻撃を一斉に叩き込んだ。フェンリルの巨体が大きく揺らぐ。次の瞬間、その体が光の粒となり、この場から消滅した。
「「「「「やった!!」」」」」
歓声がボス部屋に響き渡る。二軍のメンバーは互いの健闘を称え合い、全員無事に第1階層へ帰還することができた。これまでの二軍であれば、単独でのフェンリル討伐は不可能だっただろう。バフをかけるタイミングといい、その効果の高さといい、「バフの魔術団」の実力は本物だった。
ミスティがブルーノに駆け寄り、その両手を取る。
「ブルーノさん!! ありがとう!」
「いやぁ、ミスティちゃんのお手々ニギニギがもらえるなら、これくらいなんでもないのねんのねんのねん」
他の4人のところへも、女子団員たちが駆け寄って感謝を伝える。5人の男たちは思った。
(((((この仕事受けてよかった!!)))))
感動しているブルーノのもとへ、ミスティに連れられたステラがおずおずと近づいてくる。
「ほら! ステラ!!」
「……ありがとう、助かったわ」
ミスティに促され、ステラがブルーノに礼を述べる。正直、付与魔術にはまだ思うところがある。それでも、今まで抱いていた悪い印象が少しずつ薄らいでいるのを、ステラ自身も感じていた。認めるしかない。こいつらのバフは本物だ。
「いや、さすがA級クランの二軍だよ。鮮やかだったな」
「いえ、あなたたちのバフ……ううん、応援のお陰。本当にありがとう」
ステラの言葉に、ブルーノが真剣な眼差しで応える。
「ステラちゃん……感謝の気持ちはほっぺたにキッスで……」
すん……
ステラの目から一瞬で光が消えた。
「すんまそん……」
上がったと思えば、すぐに落ちる。ステラのブルーノに対する評価が、ジェットコースターのように乱高下する。
しかし――
「バフの魔術団」の協力があれば、必ず最下層を攻略できる。その思いだけは変わらなかった。
ステラは確かな手応えを胸に、15人プラス5人でのアタックを再開するのであった。
次回「クランマスターステラの揺心」
ステラの揺れる女心!?
明日もフレッフレッ、冒険者!




