Ch.1『凍てつく世界の眠れる少女 ―誓約と契約と覚醒―』( 2)
2本立ての2本目!!
こちらは【中編】となっております。
本日、18時に【前編】がアップされているので、ぜひそちらからご覧になってくださると嬉しいです!
お読みいただきありがとうございます!
操野形人と申します。
本作は【SFファンタジー人形劇】と銘打った、凍てつく大地を舞台に熱血漢の修理屋とアンドロイドの少女が太陽を取り戻す物語です。
少し不器用な彼らの旅を、ぜひ楽しんでいってください!
【お願い】
実はボリュームが大きすぎて、第一話を3分割してのスタートとなってしまいました。
明日の21:00にアップされる(3)で第一話は完結となります。ぜひそこまでご覧ください…!
……警告灯のように赤いステンドグラスの光がキッドの顔を毒々しく染め上げる。
――その刹那だった。
『ケーコク!異常セッキン!ケーコク!脅威レベル――ソクテーフノウ!』
アイボーの甲高い合成音声が、神聖な静寂を切り裂いた。
――ガトリングガンの銃声がステンドグラスを粉砕し、砕け散った万華鏡のような破片に紛れて、黒い機体の肩装甲が覗く。
そこには『鎖に巻かれた電球』を模した技術復興省の紋章が黒ずんだ赤錆とともに刻まれていた。
それは、この世界から自由な技術を奪い去った支配者たちの刻印だ。キッドはその紋章を見ただけで胃の腑の奥が冷たくなるのを感じた。
「くそッ!技術復興省かッ!……最悪の連中に見つかった!」
狭い天窓を強引に広げながら、その鉄の侵入者頭部にそびえる鋭利な『角』を突き出した。
「しかもよりによってツノ付き!?隊長機かよッ!つくづくツイてねェ!」
その姿は、この神聖な洋館の美しさを踏みにじるための悪意そのものだった。
ダダダダダッ!という重低音と共に尚も銃弾の雨は降り注ぐ。
鉄の雨に晒された精巧な調度品や人形たちが粉々に粉砕されていく。
「こんなやり方しか出来ねェのかッ!!」
キッドは咄嗟に足元のアイボーを手に取り、ティールグリーンの少女を銃弾から庇うように覆い被さった。
――衝撃、というよりも、熱い何かが突き抜けた感覚だった。
腹部を食い破るような激痛が走り、視界がぐるりと回る。今にも倒れそうだが、その強固な意思と、目の前の女の子を守りたい――ただそんな見栄にも近い意地だけで両の足を踏ん張って、侵入者の前に立ちはだかる。
狭い工房内に無理矢理に突っ込んできたのは帝国軍の追撃機・チェイサーだった。
工業用重機に手足を生やしたような厳ついシルエットと、それを覆う無骨な装甲の隙間からは蒸気を噴き上げる動力炉が唸りを上げている。
霧深い山脈の寒さとは対照的な、焼けた鉄と排気ガスの熱気が工房内に流れ込んだ。
「……ビンゴだ。あの光の正体を確認しに来てみれば指名手配犯のキッド・バナードとはな。かつて世界を救った英雄・レオの末裔が、帝国を欺いてどんなゴミを拾い集めているかと思えば……そんなガラクタどもを庇ってそのザマとはつくづくバカな奴だ、恥知らずめ」
機体のスピーカーを通じて、意地の悪い嘲笑が響く。
キッドと亡き祖父の長年の夢を叶えたはずの希望の光は、どうやら皮肉にも敵を引きつけるための狼煙にもなっていたらしい。
「……はっ!じいちゃんが言ってたんだよ。困ってる奴がいりゃ助けろって」
震える手で腹部を押さえ、キッドはニヒルに笑った。
「特に美人は必ず助けろってな。それから……アイボーはガラクタじゃねぇ。俺の大切な相棒だ」
息も絶え絶えのその声には、冷たいこの世界では奇跡のような体温がまだ宿っていた。
「こんな辺境までご苦労なこった。わざわざチンケな指名手配犯ひとり捕まえに来たのか?それとも登山でもしに来たか?」
「いいや、それだけじゃあねぇ。ダブルビンゴだ。技術復興省の上層部がその古くさいアニマにえらくご執心でな。確保命令が下っている。まあ多少は壊れてたっていいそうだ。お前と一緒だな。生死問わず(デッドオアアライブ)」
「………そうかい、それを聞けてよかったよ。尚更死ねなくなった」
強がってはみたものの、
「――ッ、あ……」
喉から漏れたのは、声にならない呻き。
もう、限界だった。
必死に伸ばした指先が、彼女のドレスの裾をかすめる。
「俺たちは失われた技術を人類の手に取り戻す『正義の味方』だ。その崇高な理念に楯突く貴様は……生かしておく価値のない……そうだな、ただの悪役だ」
嘲笑いながら放たれる銃弾が、工房の床を削り取る。
「今度こそくたばりな!出来損ないのガラクタ野郎!」
視界の隅で、ゆりかごのレースが血飛沫で汚れていくのが見えた。
――壊れる。彼女が、俺のせいで。
意識が急速に遠ざかっていく。
理不尽なまでに暴力的な鉄の塊が、彼が守ろうとした聖域を容赦なく踏みにじっていた。
(……じいちゃん。俺、今日で廃業かもしれねェや)
そんな間抜けな思考とともに、キッドの瞳から力が失われていく。
――だが、その寸前だった。
凍てつくような寒さと燃えるような腹部の痛みの中に、あり得ないほどの「温もり」が広がったのは。
轟音のガトリングガンの音が、まるで深海へ沈みゆくように急速に遠ざかる。代わりにキッドを包み込んだのは、張り詰めたような静寂だった。視界が白く塗りつぶされ、現実の激痛が泡となって消えていく。
(……ここは、どこだ)
どれだけ時間が経ったかは分からない。意識が浮上すると、そこは温かな陽光が降り注ぐ古い教会の礼拝堂だった。
嵌め込まれたステンドグラスが教会の石畳を七色に染め上げている。埃一つないその空気はあまりに清潔で神聖だった。
この時代にあって、絶対にあり得ない景色。
「ははッ……本当にくたばったのか俺。ここって天国……?いや、柄にもねぇな。地獄にしては随分と趣味がいい」
聖壇の正面、巨大なパイプオルガンの前で一人の少女が祈りを捧げていた。漆黒から深海のようなティールグリーンへ流れる髪が光を浴びて艶やかに揺れている。
「――――――お父様?」
振り返った彼女の声は鈴を転がす透明感を持ちながらも、深海の底に響くような重厚な静寂を孕んでいた。その所作には一挙手一投足すべてに気品が漂っている。
「いいえ、違う。貴方は誰?」
「キッド。キッド・バナードだ。しがない何でも屋兼修理屋……あぁ、今はガトリングに撃たれて死にかけの指名手配犯かな。君は?」
キッドが返すと、彼女は眼鏡の奥の淡い蒼の瞳を細め、礼儀正しく一礼した。
「私――リアと申します。全てのアニマのプロトタイプ。お父様――レオ・ヴァレンティノが造った最後の発明品。愛されるためだけに生まれてきた機械の人形。ごきげんよう、キッド様」
「レオ……!稀代の発明家レオ・ヴァレンティノ!じゃあやっぱり君が……!ええと、色々聞きたいことは山積みだけど、まずはここがどこか教えてくれ。天国か地獄か、あるいは……」
「ここはレオ・ヴァレンティノが生きていた時代。当たり前に太陽が昇り、草木が芽吹き、人々が笑い合えた、優しい世界の残滓です」
彼女が指差すステンドグラスの向こう側には、見たこともないほど蒼く晴れ渡った空が投影されていた。幻影だと理解しても、キッドの心臓は熱を帯びる。いつかじいちゃんが話してくれた「かつての世界」が、ここにはあった。
「幻か……すげぇ技術だな」
驚きを隠せないキッドをよそにリアは一歩近づいてくる。その瞳には機械としての冷徹な解析能力と、何者かを待ちわびた少女の哀切が入り混じっていた。
「キッド様。私からも問いを。貴方はどうして、私を庇ったのです?単なる機械の人形であるこの私を」
その問いは、あまりに純粋で、だからこそキッドの胸を突いた。彼は照れ隠しに鼻の頭を擦り、いつもの軽口で誤魔化すように笑う。
「あー、言ったろ。困ってる奴がいたら助ける、ただそれだけだよ。……それに、美人は特に助けろって、じいちゃんが口うるさく言ってたんだ。ウチの家訓みたいなもんでね」
呆れたような沈黙が流れた。リアは眼鏡のブリッジを指先で押し上げると、心底不思議そうにキッドを見つめ返す。
「……失礼ですが、馬鹿なのでしょうか?」
「ははッ、こいつは手厳しいな。否定はしねぇよ。ガキの頃からよく言われるんだ。だけど、後先考えずに突っ込むことだけが俺の数少ない取り柄なんでね」
キッドが自嘲気味に肩をすくめるとリアの表情がわずかに綻んだ。
長い永劫の眠りの中で彼女はずっと演算し続けていたのだろう。何のために、誰のために、自分は造られたのかを。その答えを今、目の前にいる血と泥にまみれた修理屋の中に見たような気がした。
「やはり、馬鹿です」
先ほどまでの冷ややかな響きとは違う、どこか愛おしむような温かさがその声には混ざっていた。
リアは聖壇の階段をゆっくりと降りてくる。ステンドグラス越しの七色の光を纏う彼女の姿は、まるでこの世界に迷い込んだ本物の奇跡のようだった。
「ですが……もしかしたら私は150年の間、貴方のような人を待っていたのかもしれません」
リアはキッドの目の前で足を止め、まっすぐにその瞳を見据える。彼女の眼鏡の奥で、無数の蒼い光の粒子がデータの海となって渦を巻いていた。
「決めました」
静かな、しかし決して揺らぐことのない決意。その一言が、教会の空気を決定的に変えた。
「……私の全演算リソースを、これからの永劫、あなたのために使い切ると決めました」
リアはそのまま真っ直ぐにキッドを見つめ、静かに問いかける。
「――キッド様。いついかなる時も……病める時も健やかなる時も。私を愛してくださると誓ってくれますか?」
その言葉は、あまりにも重く、温かかった。
キッドは喉の奥が熱くなるのを感じた。ここで「誓う」と言えば、この少女の運命を一生背負うことになる。それは今の自分にはあまりに――
彼は言葉を返す代わりに、リアの手をぎゅっと力強く握りしめた。
言葉なんて安いものは要らない。今の俺にできる精一杯の答えは、これだ。
――それを合図にキッドとリアの指先に光の粒子が収束する。それは二つの銀の輪。ペアリングが指にはまった瞬間、凄まじい熱量――リアの演算データと感情の奔流がティールグリーン色の光の柱となって二人の全身を包み込みながら天へと駆け昇っていく。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
楽しんでいただけましたでしょうか?
ついに主人公とヒロインが出会い、覚醒…!
次回、決戦!ぜひ読んでほしいギミックもございますので、ぜひぜひ!明日の21:00をお楽しみに…!
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次回の更新もぜひ楽しみにしていてください!




