Ch.2『10チップの依頼と野良猫に隠された秘密・4』
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操野形人と申します。
本作は【SFファンタジー人形劇】と銘打った、凍てつく大地を舞台に熱血漢のメカニックの少年とアンドロイドの少女が太陽を取り戻す物語となっております。少し不器用な彼らの旅をぜひ楽しんでいってください!
事情もよく分からぬまま、ミナに手を引かれてフリーランズの街を駆け抜ける。
狭い路地と喧騒を抜け、やがて景色が開けた場所へ辿り着いた。
リアは内部データと照らし合わせ、現在地を演算する。どうやらここは街の郊外にあたる場所のようだ。
「このような場所に、教会があるのですか?」
目を凝らすと、かつて舗装されていたであろう道路が、廃材と瓦礫の下にうっすらと浮かび上がっている。ミナはひび割れたコンクリートの上を慣れた足取りで進んでいく。
「そうだよ! キョーカイはおごそかなバショにないと、カチがないんだって!」
「……厳か、ですか」
静寂という点では確かにそうだが、ゴミと廃材で溢れたこの光景を『厳か』と呼ぶには、少し無理があるように思える。
リアはふと、自身の記憶に意識を沈めた。
150年もの間、精神世界の教会でただ祈り続けていたあの時間。あの場所での祈りは、お父様が憂えた世界のためだったのか。それとも、ただ誰かに自分を見つけて欲しかっただけなのか。
悠久とも思えた孤独な時間は、キッドや瑠美と出会って、騒がしい数日を過ごすうちに、もう遠い過去の出来事のように感じられていた。
「あそこだよ!」
ミナが指差した先には、寄せ集めの鉄板と古びたレンガで組み上げられた、無骨でいてどこか温かみのある建物があった。
「……あれが、教会。私のデータベースにある聖堂とは、随分と様相が異なりますね」
教会の塔を仰ぎ見ると、かつての工場から運び出されたのであろう、巨大な溶鉄炉の鋳型が鎮座していた。
誰かがその縁を鉄槌で叩いたのか、街の喧騒を切り裂くように、鈍く重い金属音が響き渡る。それがこの街の鐘の音だった。正午を告げる合図だ。
響き渡る音色の中、リアはミナに促されるまま重い鉄の門扉を開ける。
目に飛び込んできたのは、走り回る大勢の子供たちの姿と、その賑やかな声、そして古びた聖書の匂いだった。
窓にあたる部分にはステンドグラスの代わりに、色とりどりの廃ガラスがモルタルで埋め込まれている。差し込む日差しがそれらを透過し、教会の床に無数の宝石をぶちまけたような煌めきを投げかけていた。貧しくとも、それは確かに目を奪われる神聖さを放っている。
リアはその光景に胸を突かれた。どこか救われたような、不思議な感覚。
「どうしたの?」
「……いえ。少しだけ、私の『神様』が人間らしく見えた気がしただけです」
2.
二人が教会に足を踏み入れると、歪な十字架が飾られた聖壇の下で、修道女が困り果てた顔で立ち尽くしていた。
細身で背の高い、ブロンドの髪を眉上で一文字に切り揃えた修道女。
彼女はどこか頼りなさげだが、この教会の空気のようにとても優しそうな顔立ちをしていた。
「シスター! シスター・メアリー・ロバート!」
ミナが声を掛けると、呼ばれたメアリーはオロオロとしながら振り返る。
「あら……ミナ! おかえりなさい。今日は随分と早いのね?」
ミナはメアリーに駆け寄り、ぎゅっと抱きつくと人懐っこく微笑んだ。
「ちがうよ! かえってきたわけじゃなくて……シスター、イライだしたでしょ? ロンさんのところに」
「ああ……! じゃあミナ、もしかして貴方が」
シスター・メアリーは『助かった!』とばかりに、パァっと顔を明るくさせた。
「そうだよ! ミナとね、ここにいるリアおねーちゃん——ミナのデシなんだけど! ふたりでひきうけてきたんだ!」
ミナはシスターとリアを交互に見やり、得意げに胸を張る。
「まあ……! ありがとうございます! リアさん……と申されるのですね。初めまして。ミナがお世話になっているようで……」
「ちがうの! ミナがおねーちゃんのおせわをしてるの!」
ミナは頬を膨らませて抗議する。メアリーは「はいはい」と苦笑いで受け流すと、改めてリアに深く頭を下げた。
「それにしても、本当に助かりましたわ。困り果てていたのですが、アテも予算もなく……ダメ元でロンさんに相談したのですが、あんな低報酬では誰も引き受けてくれないのではないかと案じておりましたの」
シスターの言葉に、ミナが「げっ!」と青ざめ、慌ててリアから視線を逸らした。
リアは静かに、しかし逃げ場のない冷徹さでミナを見下ろす。
「……待ってください。ミナししょー……いえ、ミナさん。これはどういうことですか?」
「あー、うん……これは、そのー」
言葉を詰まらせるミナを前に、リアは険しい表情で、氷のように冷徹な声を突きつける。
「……聖具を持ち去った猫は、絶滅危惧種の希少種だったのではありませんか?」
ミナが答えに窮していると、隣でシスターが不思議そうに首を傾げた。
「いいえ、そんなことはありませんわ。どこにでもいる雑種のキジトラ猫です。よくここにも遊びに来ますので、みんなで可愛がっているのですよ」
リアの追及は止まらない。
「では、盗まれた聖具は……太古の昔から存在する伝説級の聖遺物というお話でしたが」
「そんな! 聖遺物だなんて滅相もありません! 盗まれたのは、ただ少し古いだけの祭衣ですわ」
信じられない、とリアはこめかみを強く押さえた。最後の一撃を加えるべく、静かな声音で問う。
「……では、この依頼【クエスト】の報酬は、おいくらなのですか?」
「10チップです」
「10チップ……」と呆れたように反芻するリアの感情回路は、憤りか悲しみか、静かに熱を帯びていた。
10チップ。このフリーランズにおいて、それは小さな小麦のバゲット一つを買える程度の、あまりに少額な価値だ。
「ミナ。……まさか、あなた」
シスターの視線がリアから、俯いて黙り込むミナへと移る。
その刺すような沈黙に耐えきれなくなったのか、ミナはついに瞳に涙を溜め、感情を剥き出しにして叫んだ。
「だって! あれはシスターのダイジなものなんだよ! シスターのおじいちゃんのころから、ずっとだいだいうけつがれてきたものなんだって! そんなのなくなったら、かなしいもん……!」
教会の静寂を破るように、ミナがわっと声を上げて泣き出した。
周囲にいた子供たちが驚いて振り返り、教会中の視線が二人に集中する。
リアは小さく、しかし深い溜め息を一つ吐いた。
シスターは泣きじゃくるミナを優しく抱きしめ、頭を撫でてやりながら、困惑したようにリアを見やる。
「リアさん、申し訳ありません。どうやらミナが貴女にとんでもないご迷惑を……。理由がどうあれ、嘘をつくのはいけないことだといつも言って聞かせているのですが……」
シスターが何度も深く頭を下げる。
「ですので、この依頼……どうかキャンセルしてください。私からロンさんには話を通しておきますから……」
その言葉を聞き、ミナが縋るような視線でリアを見上げた。
リアはもう一度、今度は少しだけ柔らかな溜め息を吐くと、いくつかの選択肢を脳内でシミュレートし、やがて決意を込めて頷いた。
「いいえ、シスター・メアリー・ロバート。初めてのクエストを途中で放棄しては、今後の信用に関わります。それに瑠美さんも仰っていました……この街で生きるには、名前と顔を売ることが重要だと」
そこまで告げると、ミナの表情がぱっと輝く。先ほどまでの泣き顔が嘘のように、嬉しそうにリアを見上げた。
「この依頼、謹んでお受けいたします」
リアはシスターに丁寧に頭を下げると、自らのステータス画面にクエストの詳細をインプットした。
「いいですか、ミナししょー。この依頼はもはやチップの多寡ではありません。この街で信用を得るための大切な第一歩、足がかりです。……今は、プライスレスな価値があるということで納得しておきましょう。その代わり、しっかり協力していただきますからね」
「うんっ!」
ミナは泣き腫らした顔で、力強く頷いた。
こうして凸凹コンビの何でも屋は、猫一匹を探すために、再びフリーランズの雑踏へと舞い戻る。
まさかこの初心者向けのクエストが、街一つを丸ごと巻き込む大冒険の始まりになろうとは、この時の二人はまだ知る由もなかった――。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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次回!猫を狙う意外なもう一つの勢力とは!?!?
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