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黒のシュナンと、超越者の依頼

キシアの天狗たちを束ねる長老が、ゆっくりと宴の席に姿を現した。


「おお……長老様!」


「シュナン様だ!」


天狗たちが道を開け、平伏する。


現れた長老『シュナン』は、クロベキアのビジン林にいた長老・かつ兵衛とよく似た、非常に小柄な体格をしていた。


天狗のお面やポンポンといった基本スタイルは同じだが、身につけている装束や装飾品はすべて『黒』を基調に統一されている。


「よくぞ参った、愛の旅人たちよ」


シュナンが口を開いた瞬間、はじめは耳を疑った。


小柄な体格や、かつ兵衛の可憐な少女声から勝手に高い声を想像していたのだが、シュナンの口から発せられたのは、まるでハードボイルド映画の主人公のような、信じられないほど渋くて深い『ダンディな声』だったのだ。


「歓迎しよう。……愛は海を越え、キーーッ! 運命の交差点でキーーッ!! 結びつくのだからな」


「……ん?」


ダンディな美声の合間に、突然猿が叫ぶような『キーーッ!』という甲高い奇声が混じった。


はじめが思わず顔をしかめていると、横から黄天狗がスッと顔を寄せ、小声で耳打ちしてきた。


「長老様は感情が高ぶると、時折ああしてキーキーと奇声が漏れてしまうのだ。……悪いが、気にしていないフリをしてやってくれ」


そんな内情を知る由もなく、シュナンははじめ達を真っ直ぐに見据えると、大げさな身振り手振りで謎めいたポエムを詠み始めた。


「黒き波涛に揺蕩たゆたうは、迷える子羊の愛。キーーッ! 刃は折れずとも、心は濡れる。キーーッ! ああ、月夜の導きよ……!」


「「「おおおおお!! 素晴らしい!!」」」


周囲の天狗たちが、涙を流さんばかりの勢いで立ち上がり、割れんばかりの拍手喝采を送っている。


「……ねぇ。あれ、何か深い意味があるのかい?」


アリスが呆れたように黄天狗に尋ねる。


「いや、私にも全くわからん」


黄天狗は爽やかな笑顔で即答した。


どうやら、ノリと勢いだけで拍手しているらしい。


そんな奇妙でシュールな空気が漂う中、宴は特に何事もなく(油を塗られたり柱に縛られたりすることもなく)無事に終わりを迎えた。


はじめは心の底から安堵の息を吐き下ろした。


宴が終わり、夜のとばりが下りたキシアの海岸線。


天狗たちが用意してくれたという宿泊用の巨大なテントへ向かう道すがら、はじめはアリスを引き止めた。


「悪い、クレア、カエデ。先に行っててくれ。少しアリスに聞きたい事があるんだ」


クレアは何かを察したようにコクリと頷き、カエデの手を引いて先へと歩いていった。


潮風が吹く夜の砂浜に、はじめ、マナ、そしてアリスの三人が残る。


「アリスちゃん。さっきの、一体なんだったの?」


先陣を切ってマナが尋ねた。


鍵を体内に取り込まれ、突如として全回復した理由が知りたいのだ。


「簡単な事さ」


アリスはクックックと喉を鳴らして笑った。


「あんたは神様と言いつつも、実態は『精神体』みたいなもんだからね。


『鍵』の力を使って、あんたの精神体に直接干渉したのさ。


今、鍵の力はあんたの精神体と完全に一体化している。


だから、信仰心とやらが無くても、自己完結して状態を維持できるってわけだ」


その説明を聞き、はじめの脳裏に一つの推測が閃いた。


「……となると。あの『アンナ』も、マナと同じような精神体なのか?」


「おや、察しがいいね。その通りさ」


アリスは不敵に笑い、さらに決定的な事実を口にした。


「そして私は、そのアンナから直々に『お前さん達を助けてやって欲しい』と、依頼されているのさ」


「なんだって……!?」


はじめは驚愕に目を見開いた。


アンナは一体何者で、どれだけ先の未来まで見通しているというのか。


「最初に会った時は、私もわけがわからなかったよ」


アリスは夜の海を見つめながら、かつての出来事を語り始めた。


「『町が崩壊した後、ある少年と関係が出来る。その時に、あなたの力を使って彼らを助けて欲しい』……そう言って、この鍵も一緒に渡されたんだ。


鍵の秘密と役割も、すべてその時に教わった」


「そんな胡散臭い話を、よく信じたな」


「胡散臭さしかなかったさ。でも、研究者としての好奇心に負けて、依頼を受ける事にしたのさ。……まあ、前金でたっぷりお金もくれたからね。クックック」


「現金な奴だな……」とはじめが呆れていると、マナが真剣な顔で問いかけた。


「ねえ。あんたがERageに呪いをかけられたのも……その頃の話なの?」


「あぁ、そうさ」


アリスの目が、スッと冷たく暗いものに変わった。


「依頼を受けたその日の夜、私の枕元に突然奴(ERage)が現れてね。この体を蝕む呪いをかけられた。


奴は『アンナめ! 忌々しい!』と吐き捨てて去っていったがね……ゴホッ、ゴホッ」


激しく咳き込むアリスの背中を、マナが慌ててさする。


「……さて。無駄話が長くなったねぇ」


咳が落ち着くと、アリスはいつもの飄々とした態度に戻り、テントの方を指差した。


「みんなも心配している頃だ。そろそろ合流しないか?」


先に歩き出すアリスの背中を見つめながら、はじめは波の音に耳を傾けていた。


(俺は自分の意志で親父を助けに来たつもりだったが……もしかして、最初から運命に翻弄されているのか? それとも、あのアンナっていう超越者の掌の上で弄ばれているだけなのか……?)


考えても答えの出ない疑問を胸の奥にしまい込み、はじめは夜の砂浜を歩き、皆の待つテントへと足を進めるのだった。

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