キシアの黄天狗と、役立たずの神様
眩い光の道を抜け、はじめ達はついに水平線の向こう側――敵国キシアの海岸線に無事到着した。
足元にあったポータルの光がふっと消え、波の音が鼓膜を打つ。
「兄弟! 兄弟!!」
「よくぞ愛の海を越えてきた!」
到着するや否や、待ち構えていたキシア側の天狗たちが熱烈な歓声と共に押し寄せてきた。
クロベキアのビジン林にいた天狗たちと基本的な格好(お面、ポンポン、ビキニパンツ、サイハイソックス)は同じだが
キシアの天狗たちはなぜか蛍光色やラメ入りなど、より「けばけばしい色彩」の装束を身に纏っている者が多い。
その中から、頭の先から足の先まで全身のコーディネートを眩しい黄色で統一した一人の天狗が、優雅なステップで進み出てきた。
「よくぞ参られた、愛の旅人たちよ!」
(……白、赤ときたから、こいつは黄天狗かな)
はじめが虚無の表情で内心そう呟くと、その黄色い天狗はビシッとポーズを決めた。
「いかにも! 私がこの地を束ねる『黄天狗』だ!」
「へぇー、黄色も似合うねー!」
カエデは相変わらずの驚異的な適応力を見せ、すでにけばけばしい天狗たちの中に混ざってすっかり打ち解けていた。
一方、クレアは油断なく周囲の地形や逃走ルートを確認し、静かに警戒を続けている。
アリスは「ここからはまた世話になるよ」と、空間収納から再び巨大な茄子のゴーレム・いらじを召喚し、コックピットに乗り込んでいた。
そんな中、はじめの背中から降りたマナは、目に見えてひどく疲弊した様子で砂浜にへたり込んでいた。
肩で息をし、顔色も優れない。
「おい、どうしたんだ?」
はじめが尋ねると、マナは恨めしそうにはじめを見上げ、ため息をついた。
「……キシアはね、私の存在を信仰している人が極端に少ないの。神様は信仰心がないと力が出ないから……この国にいる間は、魔力も体力もすっごく制限されちゃうのよ」
「はぁ? じゃあ、お前はキシアにいる間、今まで以上に『役立たず』になるってことか?」
昨夜の儀式のトラウマで精神がささくれ立っているはじめは、容赦なく辛辣な言葉を投げつけた。
「あのねぇ……! いくらなんでも、神様に対してその言い方はあんまりじゃない!?」
マナがムッとして言い返すが、はじめは一歩も引かない。
「こっちだって気が立ってるんだよ! お前の言う『因果』とやらに巻き込まれて、あんな変態どもにサンドイッチにされたんだからな!」
「うっ……。は、はいはい、わかったわよ。私が悪うございました……」
疲労困憊のマナは、はじめの凄まじい剣幕と正論に反論する気力もなく、面倒くさそうに話を打ち切った。
そこへ、天狗たちと談笑していたカエデが満面の笑みで駆け寄ってきた。
「ねぇねぇはじめちゃん! 天狗さんたちがね、私たちが無事に着いたお祝いで『歓迎のパーティ』をしてくれるってー!」
「パーティだと……?」
はじめは即座に身構え、かつてないほどの警戒レベルに達した。
あの狂気の「儀式」の記憶がまだ鮮明に残っているのだ。
また何か変な油を塗られたり、謎の柱に縛り付けられたりするのではないか。
「待て。むやみに断るべきではない」
断固拒否しようとしたはじめを、クレアが冷静な声で制止した。
「我々は今、敵国に足を踏み入れたばかりだ。状況を整理し、キシアの現状を探るためにも、ここは一度彼らと交流を深めて情報を集めておいた方がいい」
「……クレアがそういうなら、仕方ないか」
クレアの的確な戦術的判断には、はじめも渋々ながら納得するしかなかった。
「さあ、愛の宴の会場へ案内しよう! 着いてきたまえ!」
黄天狗がポンポンを揺らして歩き出し、一行はキシアの海岸近くにある彼らの拠点へと向かって歩き始める。
その後ろでは、すっかり力を失ったマナが、
「あー……だりぃ……」
と、まるで中年のくたびれたおじさんのような野太い声と前屈みのポーズで、とぼとぼと砂浜を引きずるように皆の後をついて行くのだった。




